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朝が僕らを探しにくる前に逃げなくちゃ


ベッドの上で馬乗りに蹂躙されて、殴られて鼻血まで出た。使えることを隠していたスタンドでわたしが男を殴り返して気絶させる頃に、別行動だったギアッチョがこの部屋へやってきた。彼は始め鼻血を手の甲で拭ってるわたしの顔を見てじっと開け放ったドアから動かなかった。

無様なところを、他でもないこの人にみられたなぁと思いながら視線を落としてみると、ベッドの下に転がった男の身体には霜がついていた。ああ、色々と聞き出さなければいけなかったのに、彼は眠ったままに凍死したらしい。いつの間にかわたしが吐き出す息は白くなっていた。ギアッチョの側にある花瓶の花が凍ってる。わたしは服がはだけてて寒くて仕方がないのに、さっき殴られた頬にだけはその酷い低温がひんやりと気持ちよかった。

それから戻ってきたアジトで、イルーゾォの壁掛けの鏡を覗いて驚いた。頬がやけに熱を持っているなとは思っていたが、そこは酷い色に変色していた。ギアッチョが帰り道にやけにやさしかった理由が少しわかる。彼はなんというか、気の使い方が世界で一番なんじゃあないかってくらいに下手くそであったが。

「痛い」
「このくらい我慢しろ」
「ん〜……」

ほっぺたに粗暴な手つきで貼られた湿布を、隙間ができないように上から指先で撫で付けられた。鼻をつく匂いは嫌いだった。でもこの男はきっと嗅ぎ慣れているのだろうな。

「キスしてほしい」
「……なんでそーなる」
「痛いんだもん。いたいのいたいの飛んで行けって、やってよ」

ほっぺたにあった手を掴んで言ってみる。彼の手はわたしの両手に掴まれて、わたしの膝に抵抗せずに乗った。硬い手のひらを親指でなぞってみるとざらりとしていた。物や人をよく殴る関節の上の皮膚はなおさら硬く、そしてその手はとても温かかった。低温を操る彼の能力はなんでも凍らせてしまうのに。

「凍死ってどんな気分かな?」
「したことねぇよ」
「だけどきっとあなたほど、凍死した人を見たことがある人っていないよ。あとはアルピニストくらいかも」

彼の手が動いた。硬い手のひらに右手を握られる。わたしがやったみたいに、彼はわたしの右の手のひらを親指でなぞった。くすぐったいけれど、ギアッチョにはわたしの手がどんな感じがするかな。
彼から見たわたしって、どんなだろう。

「ねぇ、一度でいいの」

呟くみたいに言った。そうすると、触れていた手をぎゅうと潰されるみたいに握られる。彼が顔を寄せてきたから、左手で縁の太い眼鏡をそっと外した。唇を合わせると胸の内側がじんわりと温かくなる不思議な感覚がある。それは心地よいだけではなくて、どこか痛みを伴うようなものだ。とても苦しかった。

肩を押されてラグの上に倒された。彼の硬い手のひらが服の中に入ってくる感覚に、目を細めて神経を研ぎ澄ましていた。どうしてか、彼の肌に触れる感覚を一つも逃したく無いと思うのだ。

「一度で済むと思ってるおまえは浅はかすぎねぇか」
「そこまでバカじゃあないわ」
「……」
「あっ」
「バカみてえな声だぜ」
「や、色っぽい声って、言ってよ」

言い返したら、笑ったギアッチョが湿布の上から頬にキスをした。湿布の匂いってぜんぜん色っぽくないけれど、彼の行動はとても優しくて胸の奥が疼くような気がした。こんなことができる人だと知らなかった。
そんな彼の手が胸や脇腹を撫で上げるだけでとろけてしまいそうになる。初めて感じる、泣きたくなるようなこの甘い気持ちはなんだろう。

「女の人と、たくさん寝たことあるの?」
「たりめーだろ。オメーはどうなんだよ。男の経験は?」
「普通」
「好きな男と寝たことは?」
「わたし、好きとかわかんな、ん、んむ」

ギアッチョはあるのかって訊きたかったのにキスをされた。その間に彼の手のひらが太腿を撫でて、上り詰めて付け根に下着の上から触れた。
彼は恋をしたことがあるんだろうか。その相手を抱いたことはあるのかな。好きな人と寝るのってどんな気分なんだろう。だれかに教えて欲しかった。

わたしの中に彼が全て収まった頃に下を見ると、わたしたちの下半身がぴたりと触れていた。全部入ってるんだ、と視覚からもまざまざと実感する。圧迫感や、支配されているような感覚があった。

「はぁ、はー……」
「なぁオイ、オメーはおれのことが好きなのか」
「わ……わかんない」

息苦しさに慣れるためになんとか深く呼吸をしていた。ギアッチョはゆったりと動き始めている。早く、慣れないといけない。そうしないと彼についてゆけなくなってしまう。わたしだけ置いていかれるなんて嫌なのに。

「そんなやつに抱かれてていいのかよ」

迷わず頷いて、彼の首に腕を回す。素直にしがみつくとギアッチョは気を良くするらしかった。誰かによりかかるように甘えたり、弱みを見せるのって自分には縁遠いものだと思ってたけど、今はどうしてこんなに簡単に出来ているのだろう。ぼうっとする頭で考えてみてもわからない。

「……起きて」

彼の首から腕を離して、肩をやんわり押した。ギアッチョは大人しく上体を持ち上げてくれたから、わたしも起きあがろうと、そのために一度抜くことを試みた。しかしわたしが後ろ手を付いて腰を引こうとすると彼の腕に強く抱き寄せられ、我々は離れることなく体勢を変えた。中にある彼の身体の一部が奥にあたって、甘く苦しい痺れが全身に駆け巡る。

ラグに座ってわたしを抱えるギアッチョを、涙で少しぼやける視界でじっと見下ろした。レンズ越しじゃあない三白眼から目を離せない。彼の首の後ろを撫でてみた。
膝をつき、抜き差しするようにわたしが腰を動かし始めると、バカみたいな声が自分の口から漏れ出た。彼のところからはわたしの顔も肌も、全てが見えてしまっている。

この人にわたしの全てを知って欲しかった。いいや、でも、見られたくない。今日の仕事であんなところを見られてしまったのと関係しているのかもしれない。別に犯されたわけでもないけど、純粋な力で男に勝てない証拠みたいに頬を腫らして鼻血を出したわたしは、仲間に必死で隠してきた女としての弱い部分を見られてしまったような気がしていた。
だけど、彼にそれを見られるのは、あんまり嫌じゃあなかった。

わたしの汚いところも、たぶんほんの少しくらいはある(と信じたい)美しいところも、全部その瞳に収めてもらいたい。できればそれから、わたしはこの人に殺されたかった。たぶん、わたしはあの男に捕まって服を破かれて殴られてからずっと、どこか興奮していた。
ギアッチョはさっきまで撫でていたわたしの腰を強く掴んだ。大きな両手の親指が、臍の少し下のところをなぜだか撫でている。なんだろうこの変な感覚。

「ギアッチョ……っ、あっ、は……それ、それイヤ」
「……凍死の気分がどうだときいていたな」

いよいよ自分で動けなくなってしまって、彼に一方的に身体を揺さぶられる。奥にぶつかって、わたしは苦しくて声を上げているのに、彼は荒げた呼吸の中で淡々と話し始めた。気がついたらわたしはまた、ラグに背中を沈められていた。腰が打ち付けられるたびに彼の両手の親指が下腹部を押し、妙な声が出た。少し身体が震える。

「望んで死ぬやつなんか、おれは殺したことがねぇ」
「それ、くるしいの……!やっ、」
「おれをテメーの死に場所にするな。好きな女の安楽死を手伝ってやるほどロマンチストでもねぇんだよ」
「だめ、ああっ、あ、ごめんなさ、ギアッチョ、くるしい、くるしいよ」
「苦しんでろ。おれも一緒になってやる」

だめだなんて言ってしまったけれど、苦しさの中に恐ろしいほどの快楽があった。頭がおかしくなりそうなのに、この律動や、臍の下を親指の腹で撫でるのをやめて欲しくない。言葉とは裏腹に彼の服を掴み、期待を込めて見つめた。鎖骨を噛まれる痛みすらもわたしを追い詰めた。

恥ずかしいほど簡単に達してしまった。そしてそれをすっかり見られてしまった。結局は彼についてゆくなんてできずに、達してもなお続くセックスに、もう正常な意識ではいられなくなってしまっていた。こんな姿見ないでと叫びたい。
どれくらい経ってからなのかわからないけど、ようやくギアッチョの限界が来た。彼はわたしの腰を掴む手に力を込めると、耳元で低く唸った。その頃にはわたしは縋り付くみたいにぐったりとラグに手をついて、後ろに彼が覆いかぶさっていた。

「まっ、なかに、あ、あ……」

あたたかなものが広がってゆく感覚でおなかの中がいっぱいになる。熱いもので満たされて、初めての体験に身体も頭もどうにかなりそうだった。
ぐったりと震える身体から力が抜けてしまう。ギアッチョはそんなわたしを抱きしめた。もはやどんな触られ方をしても身体が反応してしまう。息を乱して振り向いてみると、唇にキスをくれ、ほっぺたを撫でられる。まだ抜いてはくれなかった。

わたしはこの男をどうしたいのかな。どうしてこの人とセックスしてるんだっけ。だけどわたしの傷へ下手くそな優しさをくれる彼に、わたしから目を逸らさずに見つめる彼に、今までの誰よりも熱い気持ちを覚える。それだけで理由は十分なのかも。

部屋は寒いのに触れる肌があたたかくて、何度目かの絶頂にわたしは限りなく惚けていた。
だけどわたしはまた、彼の腕によって身体をぐるりと仰向けにさせられた。

「オイ、まだ終わってねぇぞ」
「……え?」
「最後まで付き合えよ、誘ったのはテメーからだろ。覚悟してんだろうなァ?」
「まってまって!あ、あ」

また彼が腰を動かし始めるものだから、さっき以上に声を抑えられずに喘いだ。達したばかりだから身体が震えてる。大きな波が絶えずに襲ってきているみたいだった。わけがわからなくなって来て、ギアッチョの名前を呼び、彼の首に縋り付くことくらいしかできない。ああ、そんな顔で見ないで。でも見てほしい。ギアッチョ。

酷い音が聞こえる。中に出されたものがわたしのと混ざって、ふとももやお尻だけではなく、きっとラグまで汚している。

意識が朦朧としていた。ただきもちよくて、苦しくて、たくさんキスをしてくれる目の前の彼へ、やはりなにか特別な感情を覚えた。
これは忘れなきゃいけないものだろうか。でもずっと前からあったような気もする。だって誰かに傷の手当てを人にしてもらおうと思ったことなんて、触れて欲しいと思うなんて、初めてだったのだ。

それから何度セックスしたのかわからない。アジトに誰もいないからって共有の場所で散々調子に乗りすぎた我々は、終わってからも未だにぐったりとラグの上にいた。
いつの間にか裸にされてしまっていたわたしの上にシャツを脱いだ彼の身体があったので寒くない。どうしよう、ふかふかのラグを汚しちゃった。洗わなければ。いや、燃やして証拠隠滅して、新しいのを買った方が早い気もする。

「今日はもう勘弁してやる」
「怖いこと言わないでよ……もう死にそう」

また湿布の上に口付ける彼の顔を片手で押し除けた。今までの人生で初めてってくらいに絶頂を味わったせいで力なんて入らないけど、彼は大人しくキスをやめた。しかしそれでも大きな猫みたいに甘えてくる。

「起きてギアッチョ。片付けようよ」

わたしの首元に顔を埋めていた彼にそう言って背中を撫でると、筋肉質な身体が持ち上がった。わたしもなんとか上体を起こす。いつぶりだ?というくらいに彼のものが体液とともにわたし中から出てゆくのを見届けた。もうどろどろで、お互いにひどい有様だった。

「きもちかったけど苦しかったな」
「最後の方変になってたぜおまえ」
「……ギアッチョだって。たくさんキスして、わたしのこと好き好きってしてるみたいだったよ」
「そうしてんだよ」
「え?なに、んむ」

またキスをされた。もう唇の皮が剥けそうである。しかしどうにも不思議なことに、彼の荒々しいキスはどこか甘ったるくてわたしを変な気分にさせるのだ。

「ひとまずおれの部屋の風呂だ」
「うん。あっ……!待ってギアッチョ」
「なんだよ」

身を離したギアッチョは立ち上がり、少し離れたところに落ちてたメガネをかける。ラグを床から引っ剥がして待とうとする彼に慌てて声を荒げた。怪訝な顔を向けられる。

「脚に、力入んなくなっちゃった……」

目を丸くした彼から、なんだか情けなくて恥ずかしいわたしは視線を逸らした。ずかずかとギアッチョはスニーカーで歩み寄って、身をかがめた。
そして驚いたことに、わたしはラグを片手で掴んでいる彼に、空いた方の腕のみで抱き寄せられるように持ち上げられた。びっくりして首にしがみついた。

「怖い!なんでそんなに力持ちなの!ゴリラかよ!」
「るっせェな誰がゴリラだ!黙って大人しくしておけ!」

抱き上げてもらってるのに騒ぐわたしを彼はなんだかんだで二階まで運んでくれた。こんなにヘトヘトなのに満たされてしまっているのはなんでだろう。ギアッチョがやさしいから?こんなに情けないところまで彼に見られてしまっているから?

軽くシャワーを浴びてから、2人してギアッチョの部屋で眠ってしまった。わたしは最低限しか来ないこのアジトにはまともな部屋を持っていないから、しょうがないよねって、まだ熱を持つほっぺたを撫でてくれる彼の腕の中で言い訳をして、深い眠りに落ちた。

題名:徒野さま