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あの子の影がほしい


「オラ逃げんなって」

ベッドから降りてしまおうと思ったのに、掴まれた腕を強く引っ張られて彼の胸に背中が受け止められた。
振り向くとホルマジオの笑ってる顔が見えて、すぐに口付けられる。彼のキスは荒っぽくていつも苦しかったけど、それがどうにもわたしには心地良くて、余計に怖い気分にさせられた。

「イヤ、したくない」

「オレの事好きなんだろ?なんで逃げんだよ」

「好きだから逃げてるの!」

「ふーん……おまえと違って、生憎オレは素直な男だし、大したプライドもないんだぜ。覚悟決めろよそろそろ」

「あっ、やだ」

服の中に潜り込んだ彼の手に肩を揺らした。後ろから身体を抱く男の、かさかさとした硬い手のひらがわたしの肌に触れる。まざまざと、感覚を刻み込むみたいに撫でる。背中に染みるような彼の身体の熱も、わたしの脚を開かせようと膝の下に潜る彼の脚の感触も。
首にキスをしてから彼が不満げな声を上げた。

「なぁ〜ナマエよぉ……なんでオレじゃあねぇやつと先に寝たんだよ。オレがおまえを最初に抱きたかったぜ」

「その人はあなたが瓶に詰めて、クモが殺しちゃったじゃあないの」

「つまんねぇ男だったぜ。あんなやつの何がよかったんだよ?顔だってオレのがいいだろ?違うかよ。なぁ、ナマエ」

訴えかけるかのような彼の声は甘く耳に届いた。彼の声を聞いているとうっとりと酔うような妙な気分になってくる。
ここで素直になってしまえば、きっとわたしはもっと楽に生きられるのだろうなと思うのだけれど、しかしそれが簡単にできていれば、とっくの昔にこの男に抱かれているのだ。

「やめて、やっ、やだ!」

叫んだ拍子に、ほとんど無意識にスタンドで彼をぶん殴ってしまった。気がついたときにはホルマジオはわたしを膝に乗せたまんま、仰向けにベッドに倒れていた。

……またやってしまった。




「ごめん、ごめんねホルマジオ」

「へーへー。もう聞き飽きたっつーの」

「ごめんなさい、許して」

目を覚まし、後ろ手をついて身体を起こした彼の頭からわたしが慌ててビニール袋と氷で作ってきた氷嚢がごろっと落ちた。ぼうっとした表情をしている彼の首に抱きついて、何度も謝罪をした。さっきまでは逃げようとしていた彼へ、額や目蓋にこれでもかってほどにキスをする。
大人しくそれに応えるホルマジオは先程までの粗野な手つきではなく、わたしを宥めるみたいに硬い手のひらで頭やほっぺたを撫でた。彼の手はいつもちょっと、乾燥している。それが好きだ。

「なんで好きなやつとはやりたくねぇんだ?」

その手が頬を撫でたり、髪を撫でてくれる。子供じみたわたしの下手くそなキスを彼はやさしく受け入れて抱き寄せた。

「……あの人は好きじゃあなかった」

「そりゃあーオメェ興味なさそうだったしな。尚更オレでいいじゃあねえかよ」

「尚更やだ。試してみたけど、セックスしてる女も男も、気持ち悪かった」

「ふーん……」

「わ、」

また仰向けに倒れた彼によって引っ張られ、わたしも彼の胸の上に落ちてしまう。慌てて状態を起こして、警戒しながらじっと彼の顔を見つめる。しかしホルマジオはやさしく、ささくれだったわたしを落ち着けるように頭や背中を撫でるだけで、いやらしく肌に触ったりはしなかった。

「……怒ってる?」

「いや」

「あなたが好きなんだよ。本当に、他に人を好きになったことなんてないの」

「わかってるってーの。しょうがねぇやつ」

少しためらったけれど、不機嫌そうな彼の唇に同じようにキスをした。ホルマジオの手が腰に伸びたことが少し怖かったけど、反対の手が頭をやさしく撫でていてくれたし、彼の唇は柔らかにわたしの唇を食んだり、ゆったりと舌を交わらせた。

腰をやさしく彼が撫でる。背中に登ったごつごつした手のひらが、彼の頭の横に両手をついているわたしの身体を引っ張り寄せた。完全に重なり合って寝そべるような体制になって、自分の胸が彼の胸につぶされてしまう。その硬い身体に恐怖や嫌悪ではなく、安心を覚えるのは、どうしてだろう。この人の身体の匂いも好きだ。なんだか不思議な感覚だった。

しかしそれとは別のなんだか嫌な気づきもあった。唇を離して、シンプルに感じたことを口に出してしまう。

「……なんか当たる」

「そりゃー勘弁してくれ。我慢のしようがねぇんだよ」

太もものあたりに硬く触れるものがある。名前も覚えてない男の性器を自分の身に受け入れたのは、自分なりに向き合おうとした結果だった。あの男はわたしを散々好きだ好きだって言って優しく接してきたから、この男なら試してみていいかもなと思ったのだ。
だけど結局はそこに愛だとか、幸せみたいなものをみじんも感じられなかった。残ったのは嫌悪と、恐ろしさと、実感として得た自分自身の汚らしさだった。

しかし、わたしが少しの我慢をすれば、大好きな彼は良い思いをできるのだろうか?ソルベが言っていた。ホルマジオは最近めっきり女の子と遊ばなくなってしまったと。どうしてって訊いてみても彼は教えてくれなかった。ほんとはそれが、わたしへ向けられた何かしらの感情に起因するのだとはわかっている。

俯いて、浮き出た喉仏を見つめながら、ホルマジオに恐る恐る尋ねた。

「ちゃんとセックスできたら……わたしのこと好きになる?もしそうだったら、」

「そんなもん無くても好きだ」

至って真面目な声色でホルマジオが即答したものだから、わたしはびっくりして顔を上げ、彼の瞳をじっと見つめた。真っ直ぐに見つめ返されてしまうから彼の首に顔を埋める。涙が出てきそうで、見られたくなかった。

「おまえの言い分はまぁ、わからんでもねぇよ」

「……どんな?」

「動物みてぇなのが怖いんだろ」

「うん……。ごめんね」

「まあいい。おまえが好きだよ」

耳に届く低い声は甘い。背中を撫でる手のひらは優しい。耳の上のあたりに、柔らかにキスが落ちた。殴られてまだクラクラするから、このまま寝ようとホルマジオは言った。わたしはまた謝って、負担にならないように上から退こうとしたのに、離してはもらえなかった。

少なくともいつのまにか、そういうホルマジオとの密接な触れ合いの中に、彼の男性的な怖さや、自分自身の汚らしさを感じることはなかった。彼がとっても愛おしく、このまま眠ってしまうことがもったいなくすらも思えた。

まどろみに落ちながら、そう気がついた。

題名:徒野さま