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沈めさくらんぼ


🍒




「ミルクシェイク作ってあげる」
「あ?」
「アイスクリームがまだあったはずなの」


ナマエがそんなことを言い出したのは時計の針が午前を回った頃だった。仕事続きで久しく会っていなかったおれたちは気が済むまで動物みてぇにセックスをして、今は2人してぐったりとベッドの中で身を寄せて目を閉じていたり、本を読んだり音楽をかけたり、たまに思い出したように気まぐれにキスをして髪を触ったりして、そんなんで1時間ほど過ごしていた。

裸足で寝室から出て行ったナマエを見送って、おれもその辺に落ちてる服を何枚か適当に着てメガネも拾うとベッドから抜け出した。キッチンへ行くとナマエのやつが灯りもつけないままにごそごそと冷蔵庫の引き出しを漁っているのが見えた。薄暗いキッチンに彼女の下着だけの青白く光る下半身と、冷凍室から漏れる冷気がうっすらと見える。この空間は悪くなかった。

「あった、最後の一個」

立ち上がったナマエが笑って掲げるのはバニラアイスクリームのバケツみたいな容器だった。こんなでかいもんが少し探さないと出てこないほどに、彼女の冷凍庫の中は甘いもんで溢れ返っているらしい。冷凍ワッフルだとか、食い残したアイスケーキとかだろうどうせ。
ナマエはアイスクリームの容器をドカンとキッチンテーブルに置いた。テーブルの上にもチョコレートや甘いパンが既に並ぶ。

「蓋開けて」

そう言い捨てて、今度はシンクのある方に向いた彼女は引き出しを漁り何かを取り出した。その間におれは凍って硬い蓋を乱暴に引っ剥がして、中を覗く。食いかけじゃあねえか。

「見て!」

カシャカシャとなんとなく不穏な音がして顔を上げた。得意げに彼女が手にするもんは、銀色のアイスクリームディッシャーであった。それが窓の外の通りの、車のライトに照らされて鈍く光る。こんなものがあるとは、さすが甘ったるいもんを好む人間のキッチンだ。
それを容器の中のアイスクリームにグサリと刺す、はずであったが、中身は未だ溶けずにカチコチのままである。眉をしかめた彼女が不満げに唇を開いた。

「ギアッチョ溶かして」
「できるかよ」

なんつー自分勝手なやつだ。いつも食いかけの溶けたアイスクリームを凍らせるために、このおれにスタンド能力を使わせているくせに。
コンロであぶれ、とでも適当に言おうと思ったが口をつぐんだ。おれが言うのもなんだが短気なこいつはまじでやりそうだし、容器を燃やしかねない。片付けをさせられるのはゴメンだ。おれは黙ったまま彼女の手からアイスクリームディッシャーを奪う。畜生まじにカテェじゃあねぇかと思いつつ、アイスクリームの表面に、半球を象る器具の縁を強引に深く埋めた。
それを見たナマエが笑っておれの腕に触れる。指先は冷たい。

「すごいギアッチョ!わたしたちアイスクリーム屋になれる!」
「アホか!」
「殺しなんてやめて始めようか」
「やんねぇよボケ」
「なんで?ほんとはあなたの力はアイスクリーム屋さんになるためにあるのかも。そうだとしたら天職だね」

彼女が背伸びしておれの頭を引っ張り寄せる。唇の横にキスが落とされて、至近距離で彼女の機嫌のいい笑顔を見た。こんなのを見ていると、なんとなく色んなもんがどうでもよくなってくる。

おれのホワイト・アルバムは凶暴な能力だ。威力は強大な上に精密なことはできねえし、見境なく大勢の人間を、一息に殺すことだってできる。真夏に人間を凍死をさせられるんだ、敵になるスタンドだってそういない。この能力は昔っからだし、本体のおれが激情家である自覚は一応にある。おれは長らく、生物兵器みてぇに生きてきた。

だのにこいつは、そんなもんで溶けたアイスクリームを凍らせろと宣う。果てにはアイスクリーム屋になれだと?アホかこいつはと、そう思いつつもしかし、どうしようもなく目の前の女が愛おしい。

アイスクリームディッシャーを受け取って、そのバニラアイスをじっと真剣に見つめている横顔を見ていると、おれはこいつといられればそれでいいかもしれないとさえ思えてくる。

ナマエはテーブルに置いてあるミキサーの蓋を開けると、ディッシャーに乗る抉り取ったアイスクリームを中へぶち込んだ。カシャっと軽快な音が鳴る。おれにもう何度か同じことをさせて、ミキサーの中は不格好に丸っこいアイスクリームが重なる。閉めた蓋を押さえつつ、彼女の整った爪を持つ指先がスイッチを押すと派手な音が鳴った。寝室でかけていたバラードが掻き消されるくらいに情緒のないでかい音が終わると、ぐちゃぐちゃに形を保てなく成り果てたアイスクリームが中で揺れていた。

分厚くて底の深いグラス二つに中身を注ぎ込み、いつのまにか用意されていたさくらんぼを上に乗せ、彼女がパッと明るい表情をおれに向けた。晴れやかな声がキッチンに響く。

「できたよ!」

ぱちぱちと自分で手を叩いてから、ナマエがグラスを掲げる。おれも笑ってそれを真似、滑稽な乾杯の音が響いた。この音は寝室から届くバラードにもよく似合った。
口の中に流し込む液体、というか半固体のドロドロしたもんは狂ったように甘く、絡みついてくるようだった。しかし喉を抜ける時にはその冷たさが心地よい。この満足げな女のようだ。

「おいしい?」
「甘ェな」

当たり前であるが味はやはり、なんの捻りもないアイスクリームであった。舌触りはなめらかだが。

「たまには悪くねぇなこういうのも」
「ほんと?」
「虫歯になりそーだけどな。なんで突然作ってくれたんだよ」
「んー……なんとなくかな」

それからナマエは黙り、やけに静かだなと思ったが気にしなかった。子ども向けのアニメやアメリカのドラマを見ている時、彼女はよくそうなったから。たまに1人の世界に入っちまう。しかし不思議なことに、そういう彼女の隣にいるのは決して居心地悪くないのだ。
グラスがテーブルに置かれる鈍い音が聞こえた。隣、下の方からおれを呼ぶ声。

「ね、ギアッチョ」

左腕を掴まれてそちらを向くと、突然ナマエが甘えるように身を寄せてきた。思わずグラスをテーブルに置いてその身体を引き寄せる。今度は寄せられた唇にゆったりとキスをして、舌を交えた。
やはり甘えるようなキスだ。実際おれたちの舌はミルクシェイクで冷たく甘くなっていたし。
ナマエの手はおれの腕を強く掴んでいたが、その両腕はゆるりと首に回った。唇を離しても、ナマエはまるで離れがたいと思っているかのように抱きついて、柔らかな身体を密着させる。しがみついてくるだなんて珍しくてどうにも可愛い。

「どうしたいきなり」
「わかんない。したくなった」

耳元でそう言われる。甘えた声色であった。我慢できずに彼女を力づくで抱き上げると小さな悲鳴が上がったが、首に回る腕は変わらずおれにしがみつく。頬に唇が寄せられた。

「ん、ギアッチョ、もっとキス」
「……まだベッドにもついてねぇぞ」
「いっぱいしたいんだもん」

よそ見運転だなと思いつつ、抱えたナマエに何度も口付けながら寝室へ戻る。ナマエが好きだと言って流しているこのアルバムだが、実はおれも好きなアーティストのものであった。甘ったるい舌のまんまおれたちはまたベッドへと沈む。飽きるほどしたっていうのに、我ながら若いと思う。

飲みかけのミルクシェイクだけがキッチンに二つ取り残された。

ナマエはおれの腕の中、また後で一緒に飲もうと言った。きっと終わってまたキッチンに戻る頃には、上に乗ったさくらんぼは沈んでしまっているだろう。まるでおれがこの女にどっぷりと沈んでゆくように。