×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
ゆくとしもくるとしも


※何やら妙な設定、時系列は謎



下のラウンジで患者が集まって紅白歌合戦を見ている声がここまで聞こえて来た。
しかしじーさんばーさんをはじめとする顔色の悪い人間たち混ざってそこに参加する気にもなれず、おれはベッドに踏ん反り返ってこの忌々しい怪我たちがさっさと治ることを、信じてもいない神に祈った。

年末に街でとんでもねぇスタンド使いが暴れたせいで、おれは今こうして一人で新しい年を迎えようとしている。別に普段だっておふくろと二人だったり、もしくはその辺で遊びまわっているおれだが、白い壁に囲まれて消毒液臭いこんな場所で一年を終えるなんざ初めてのことだった。

思えば今年は妙なことばかりだった。自分の父親と甥にあたる男達が突然現れたり、とんでもねぇ事件に毎週のように巻き込まれて何度も死にかけたり。大事な人間も失った。それが一番でかい。

だから余計に、得たものは際立つ。つるんでるとなんとなく楽しくて、くだらない話ができるような仲間、離したくもねぇ嫌いなやつ、ああ、そうだ、それから、彼女に出会えた。この怒涛の出来事の中、彼女も彼らと同じくぽっと現れてくれた。

ぼんやり考えつつ、眠気に抗わずにうとうととし始めていたが、なにやらごっそりと荷物を抱えた彼女が病室を訪ねて来たのはもう今年も残り1時間てところだった。勿論髪もセットしねえで寝っ転がっていたおれは慌てて起き上がり、ぼさぼさの頭を振り乱しでかい声で狼狽えた。

「なまえさん!」

なんと彼女は窓から現れた。スタンドを使ったのだろうが、いつも通りのなんともなさそうな顔をしたまま寒さに鼻だけ赤くして窓ガラスを叩く。慌てて窓を開けてやれば派手な音を立てて荷物が先に部屋へと投げ込まれた。見た目に似合わず結構ガサツなところがある人だ。マフラーは巻いてるくせに剥き出しの脚を持ち上げて窓枠を乗り越えて、彼女は北風とともに病室へ入って来た。

「いやー登ってくるのしんどかった」
「……スタンド使ったんすよね?」
「うん。でもわたしのはパワーないから、もう必死だったよ」

ぎゅっと首の後ろで巻かれていたマフラーを外し、着ている服についた汚れをぱっぱと手で払いながらなんでもないようにそう言う。彼女はその辺のパイプ椅子を掴むと中途半端に身体を起こしてるおれがいるベッドのすぐ横に引っ張り、そこに座った。そしてよく大学からの帰り道に持っているでかい鞄の中からいくつも本を取り出して白い布団の上に並べてゆく。見たことがある表紙であった。

「これは……」
「病床の暇つぶしにと思って、露伴くんの本を持ってきたよ」

おれはその単行本を見て明らかに苦虫でも噛み潰したかのような顔をしたのだろう、彼女はそんなおれを見て笑いながら嘘だよと言った。

「ごめん、これは揶揄う為に持って来ただけ。本命はこっちの、なにも考えなくていい面白い漫画たち」

天敵の男が描いた漫画をしまいつつ、彼女はシボのでかく柔らかそうな革素材のバッグから別の本を順に置いていった。名前は知ってるが読んだことがないような漫画が1〜5巻くらいまとめて重ねられてゆき、そして最後に申し訳程度に置かれたりんごが三つ。簡素だった病室はまるで小さな子供が突然本屋さんごっこを始めたような奇妙で華やかな様相となった。

「面白いのあったら教えてよ、全巻持ってくるからね。わたしはこの不条理ギャグ漫画がオススメだけど……」
「なんでんなこと、してくれるんすか?大晦日に、一人でこんなつまんねぇところに来てまで……」

彼女が顔を上げて、きょとんとオレを見つめた。

「つまらないかどうか決めるのはわたしだよ」

怒った調子でも諌めるって調子でもなく、彼女はいつもの落ち着いた喋り方でそう言い放ち、また顔を下ろすと自分の持ってきた漫画をパラパラ覗く。文学部に通ってる本好きだとは知っていたが、どうやら漫画もかなり収集しているらしい。

初めはツンケンした女だと思った。矢に打たれてスタンドが発現した彼女と偶然にもこの杜王町で出会ったおれであったが、最近のある事件を通して親しくなるまで他のスタンド使い達とも露骨に関わりを避けているように見えた。

山岸由花子って女をよく知っている俺たちにとってみたらそう珍しいタイプでもなかったが、何故か最近では少しずつおれを含む周りの人間に親しげな態度を向けるようになってきていた。カフェで由花子と真剣な顔を突き合わせ、二人して熱心に何か喋ってるとこを見かけたときはびっくりしたものだ。

そしてこんな風に寒空の中大きなマフラーを巻いて、重たいカバンを抱えて訪ねてきてくれたことは、彼女にとってどんな意味があるのだろうか。
おれはこの女がずっと不思議だった。彼女は器用にどこにでも入り込んでしまう。どんな気持ちでいつもそれを行うのだろうか。どういう感情でこの病室を訪れたのだろうか。

「おれ、右手怪我しちまってて。りんご剥いてほしいんすけど」
「うーん……がんばってみるよ」

なまえさんは少し悩むような顔をしてから立ち上がると、まるで勝手知ったるかのように病室を抜け、戻ってきた時には片手に小さなナイフを握っていた。どこからそんなもんくすねて来たんだろうか。

なんでもこなしてしまう彼女のことだ、きっと綺麗にりんごの皮を剥いてくれるのだろう、うさぎ型に切ってくれるかもしれない。
そう思いながら漫画を読むふりしつつ彼女を横目に見たが、その手つきはまるで小さな子どものように危なっかしく、ちょうど目の前でその親指をサクッと切ったところであった。

「いて」
「ちょ、指怪我しますよ!悪かったよ、そのままかじるからいいって!」
「いや最後までやりたい…なにごとも挑戦だと思う」

おれが治すために伸ばした手を拒む彼女を見てため息を漏らす。なぜ入院してるおれのほうが心配しなきゃならねぇんだ。結局彼女は時間をかけて三つともりんごの皮を剥いてから漸く治療をさせてくれた。一つ目と二つ目は皮と一緒に果実まで抉られて小さく不恰好な酷い出来であったが、三つ目が終わる頃には繋がった皮が彼女の膝に落ちていた。三つ目のものだけは、おれがやっても同じくらいになりそうに思えた。そうか、こういう風に彼女はさまざまなものごとをこなしてきたんだと、密かに思う。

そして、彼女への敬愛を密かに感じる頃、下の階から細やかな喧騒が聞こえた。ああ年が明けたのか、そう思って窓の外に視線を移すと彼女も全く同じことをしていた。

「明けたね仗助くん」
「ああ…おめでとうございます。なんか変な感じっすね」
「今年、仲良くしてね」
「へ?もちろん…」

目を細めて笑う彼女を見つめていると除夜の鐘が聞こえてくる。
恥ずかしながら、その笑顔を向けられた時にもうだめだった。限られたものだけに向けられるそこに、そんな顔に至る彼女のこれまでの人生に、おれは心底関わりたいと思ってしまった。
ねぇ抜け出して甘酒飲み行こうか。そんな提案に乗って、彼女と共に窓から新しい年へと抜けだすのであった。