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「#幼馴染」のBL小説を読む
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中有の旅は終わる


〈ある少女の独白〉


「リゾット。みんながまだかよって言ってる」
「ああ、今行く」

そう伝えてすぐにドアから離れようとしたところ、手招きされたので椅子に座る彼のそばへ歩み寄った。彼を見てると思わず笑顔になってしまう。わたしにとってはこの男を中心に、至極狭い範囲の安楽というものが、この世に唯一存在するのだ。

「15になったろう」
「覚えてたの?」

座った彼がわたしの手を痛いくらいに強く握り、親指の腹で撫でる。彼しか知らない誕生日を、彼だけが覚えていてくれるのが嬉しかった。

「なにが欲しい」
「うーん……思い浮かばないなあ。この間欲しかったコートも、食べたかったチョコレートも買っちゃった」

彼の片膝に座って見上げた。すぐそばにある、わたしの人生の中で最も恩を持っている人間の顔を見つめる。リゾットはいつもわたしを子供扱いした。でも、ある種の信頼と尊敬を伴った上でのそういう扱いは心地よかった。
みんなそうだ。みんな、ここの人たちはわたしを女よりも子供よりも先に、人間として扱った。

「そうだなぁ。わたしの手にちょうどいいナイフが欲しい。リゾット、メタリカで作ってよ」
「なら、今はちょうどいいな。ここに生傷がある」

服の上から脇腹のあたりを指差してそう言う彼。驚いて少し口を開けてしまった。そんな傷があるだなんて少しも知らなかったし、涼しい顔をした彼はいつも通り、二人になったときとおんなじように微笑んでいるのだ。

「血を使わなくたって、その辺の鉄分使えばいいのに!」
「この方が特別だ」
「ねぇその傷は……大丈夫なの?」
「問題ない。なぁ、悪くないだろう」
「……悪くないどころじゃあ、ないよ。うれしい」

感謝の気持ちが溢れそうでリゾットに力いっぱい抱きつきたかったけれど、彼のお腹にある傷を考えてやめた。代わりに彼の両耳の下あたりに手を添えて、額に口付ける。リゾットは笑っていたのに、わたしが身を離して顔を見下ろす頃には、彼の掌にシンプルな装飾の小さなナイフが握られていた。草の模様が柄の部分に彫られているそれが鈍く光る。あまりに美しくてきれいで、握るとわたしの手に馴染むのだ。わたしは温かな気持ちのままに、大切に右足のブーツにしまった。

わたしの挙動を全て見届けると、彼はわたしを膝から下ろして立ち上がり、腹が減ったな、だなんて言いながら部屋を出る。心配なのに笑ってしまった。レバーでも食べてもらわないとならない。呆れるほどに強い人だ。彼も、みんなも。
階段を降りたらメンバーの何人かが早く飲みに行こうと喚いていた。今日も今日とて、人を殺す仕事を終えた我々は、美味しいワインにご飯でお腹を満たすのだ。


なつかしい記憶の深海を、毎晩のように泳いだ。


大切なナイフはいつもわたしのバッグや服のどこかに、口紅よりも大切にしまわれていた。どこに行く時もわたしはそれを持っていた。だけど彼が死んでから、美しく銀色に光るナイフは突然に錆びてしまったのだった。今のわたしにはそれが何よりも必要なのに、もうそんなものを持つなと言われているような気がした。

だが死者の言葉を勝手に決めつけるだなんて、意味がない。すべては遺された者の自慰だ。
ずっと昔に約束したのだ。わたしはわたしの心を生きなければならない。

ジョルノはどうだったのだろうか。最近、彼が失った人たちについて考える。彼らが殺したわたしの仲間たちや、我々が今までに奪ってきた多くの命。一つとして後悔はなかったが、彼は、ジョルノはどうだろうか。

決断しよう。わたしはほんとうは弱くないのだから。





〈ある少年の独白〉


数日間姿を見せなかった。ついに消えてしまったのだろうか、そう思い始めた矢先のことである。

ベッドのそばに佇む何かと目があった。薄暗い部屋の中、目を覚ましたばかりの覚束ない視界でとらえたそれは数日間この家からいなくなっていた少女であった。ほとんど倒れ込むように、ナマエはぼくの上に覆いかぶさった。彼女の細い指先が首に触れて、ぼくの脈を確かめるみたいに撫でた。小さく、囁くようにぼくは尋ねる。

「……殺すつもりかい?」

少しずつ視界は闇に慣れ、ナマエの肌は光を放っているかのようにはっきりと見えてくる。
ぼくの質問に答えないまま、彼女は青白い顔を涙に濡らすことも、無理に作った笑顔を浮かべるでもなく、ただぼくを見下ろした。手を伸ばして髪を撫でてみる。いつも指通りの良いそこがどうしてか、乾いた何かで汚れている。
そして、ぼくの何も身につけていない腹に流れ落ちる熱い液体があった。手を伸ばしてみると冷たい無機質なものに手が触れる。ナマエが呻き声を上げたことと、触ったところから滴る液体がぼくの手にひらにまで流れて来たことで、それがナマエの腹に刺さった凶器であることがわかった。生温い液体越しに触った柄には何か模様が彫られている。初めて彼女がここへやって来た時に手にしていた、錆びた小さなナイフだろう。

ぼくは殆ど無意識に自分の能力を発動させた。ナマエは痛みに呻きながらぼくの胸の上に伏せったが、それはあのナイフが彼女の血肉となってゆく証拠でもあった。
ほっと息を吐きながら、自分の中でこんな焦燥が生まれたことに驚く。

「自分で……そのナイフを?」
「……」

やはり答えはしないまま、肩で呼吸をしながらナマエはくたりとぼくの上に乗ったままだ。もし、彼女が自分の腹にそれを突き立てたのだとして、そして彼女はそんなものを腹に刺したまま、なぜ眠るぼくの寝台へとやって来たのだろうか。ナマエはどこかで、ぼくの能力について知っていたのだろうか。だが知らなかったとしたら、一体、どうなろうとしたというのか。
ナマエの傷があった場所に掌で触れてみると、そこには既に彼女の手があてがわれていた。小さな手を握る。彼女のぬるついた血に染まった手を。

「……ジョルノ」

よく通るアルトがぼくの名前を呼んだのは初めてだった。ほくはこの声を永遠に、忘れられないという確信があった。

ナマエは身を少し起こし、自分から唇を寄せた。頭の後ろを撫でてそのキスを深める。ただでさえ息を乱しているというのに、彼女は自分から口づけを激しくしているかのように思えた。
彼女の、握っていない方の手のひらがぼくの胸のあたりを撫でた。まるで愛おしげに求めてくるかのように錯覚してしまい心臓が激しく脈打つ。目の前の彼女が、欲しくてたまらない。

しかし生傷を無理に塞いだばかりの身体に自分の欲をぶつけるなんてことをすれば、ナマエが苦しむことになる。そう考えて、不意に腹の内で自分を嘲る。傷ついて爛れた心を引きずりまわすこの少女を、散々に抱いて来たのは一体誰だというんだ。

「触って」

甘い声に誘われて、その頬を撫でた。ナマエは目を細めるとまた身を寄せてぼくに口付けて、ぼくが握る手のひらを自分の胸に導いた。夢見心地でナマエの柔らかな肌に触れて、形を確かめるように全身を撫でた。

「まだ、治したところが痛むだろう」
「この痛みを忘れたく、ありません」
「……そうかい」

自分から腰を沈め、ナマエは初めて男の楔を自ら受け入れた。彼女の柔い尻や両脚が身体に密着する頃、ぼくしか受け入れたことが無い場所はやはりぴたりと、形を覚えているかのように隙間なく吸い付く。ナマエは荒く、苦しげに息を乱しているが、ぼくの左手を固く握っていた。
ぼくたちは出会ってからというもの、その肉体はいつも他の誰よりも近くにいた。だけど気持ちが触れ合うことは未だない。それでも、今までよりは一番近くにいると思った。

ナマエの肌が淡く赤色に染まってくる。あのナイフは彼女の血液にもなって巡っているのだろう。目を細めて、声を上げて、彼女は自ら腰を動かした。揺れる乾いた血のつく髪に触ると自分から顔を寄せ唇を重ねる。彼女は今までのどんな姿よりも悲壮に満ち、哀れで、しかしそんなのを全て、自分の魅力へと変えてしまっていた。見惚れるほどにナマエは美しかった。

「ナマエ……きみにしか、ぼくは満たされないんだ」
「……あなたって、かわいそうだな」

その通りかもしれない。ぼくを哀れむ彼女は、もう自傷のためにぼくに抱かれることなんてないのだろう。

上体を起こして、ナマエの背中をやさしくシーツに沈めた。息も絶え絶えの彼女の、髪に隠れた額を指先で覗かせる。肌は汗ばんでいた。ナマエの身体はとても高い熱を持ち、そしてその熱は紛うことなき人間のそれだった。
ナマエは声を放つ。

「ジョルノ、わたしはあなたといるわ」

彼女の双眸。その奥に見える強い意志から、彼女の身のうちに横たわる覚悟がよく見えた。声には、押しに押されぬ牢固たる響きがあった。

「ずっといてくれるのかい?」
「そう決めたの」
「きみはどこにでも行けるっていうのに」
「うん」

あの幽霊みたいな女の子はもう戻ってこないらしい。

ぼくらは何度も身体を交わらせた。必死になって、悲しみに、劣情に任せて。
日が昇る頃、腕の中で彼女が呟くように喋り出した。それまでぼくらは殆ど口をきいていなかった。

「あなたが死んだら、あなたの能力は消えてしまうのかな」
「どうかな。死んで消えるか、あるいは強まるか」
「……いつか、殺して。最期はその手で」
「誓うよ。きみを愛してるから」
「約束よ」

そう言ってから黙り、ナマエはすこし泣いた。しかし、その涙はいつも見せるような底知れぬ絶望から溢れるものではなく、静かで穏やかなものだった。それは美しくて、豊かで、ぼくの足りない心を浮き彫りにした。

ナマエは愛されていたのだと、明確にそう思うことができた。蝶よ花よってわけじゃあない。血生臭い中で、その誰とも対等に、上下もなく、ただ人間として。
ぼくも知っている。その場所の、どうしようもなく心地よい熱さを。しかしこの握り合う手の温もりは、初めて知った。

ぼくは彼女を愛していた。それから、今では熱烈な恋情すらも胸の内にあった。
もう泣かないナマエに口付けながら、ようやく、ぼくはそれを思い知った。