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「#甘甘」のBL小説を読む
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妄執する科学


口を開けて見下ろした先、ベッドに寝そべって悠々とした態度で画面を眺める男の姿があった。彼はいつもの、冷たげにも見える何か観察するかのような目つきで白い壁へと映し出される映像に意識を注いでいる。
灯のない寝室はスピーカーから流れる、女のうるさい嬌声で支配されていた。


「……なにこれ」


メローネはわたしの問いかけを無視して相変わらず画面を注視している。彼の視線の先を辿って画面を見やれば、そこには肌を晒してくんずほぐれつな男女の姿。さっきまでは女が上だったのだが、今は女が四つん這いになって、その後ろに男が獣みたいに覆いかぶさっている。
女は泣いているんじゃあないかって感じの声を絶え間なくあげ、男の名前を読んでいた。なぜそれが男の名前だとわかるかといえば、プロジェクターに映し出される画面の中で今女の首に噛み付いた男は現在も画面に登場しているのと同じベッドに寝そべる目の前の男で、映像の中酷い痴態を晒している女は、他でもないわたしであったからだ。

愕然とするわたしへ漸く首をもたげた彼は、身体を起こしてヘッドボードに背を凭れた。黙ってわたしを手招いて、自分の隣をポンポンと叩く。犬か何かだと思われているのか。一発殴りたかったので彼の希望に沿ってベッドへ乗ってやったが、腕を振り上げる前に引っ張られて、先ほど彼の叩いたシーツの上にきちんと座らされた。怪訝な視線を向けていることもお構いなしに彼に肩を抱かれる。
そして我々はなぜか、ラブロマンスの映画を観る恋人たちのようなスタイルでその最低なテープに向き合うことになった。


「いつ撮ったのよ」

「これは一月前だな」

「……これは=H」

「たまに撮って見返すことにしたんだ」

「あなたって大概……」


今日の天気は?と尋ねたら晴れだぜ!と返ってきたみたいな返答だ。彼の何気ない調子に頭が痛かった。メローネはこの最低な観賞会を、わたしへの嫌がらせだとか、我々の娯楽として楽しんでいるセックスを盛り上げるためにやっているわけでもないらしい。

彼の状況は大変滑稽なのだけれど、しかし、例えば研究者があるひとつの実験に向き合っているみたいな、そういう直向きさが彼の姿勢に認められた。あまりにおかしな状況であるが、実直さってのが無いわたしは、メローネのこういうところに密かに感心を抱いていた。だからまあ、なかなか無い体験ではあるかもなぁと思い始め、大人しくその画面を彼のように真剣に観察することにした。

こうやって見てみると、わたしたちのセックスってのは結構激しいなと、他人事のように思う。


「うわ、メローネ。また噛んでるよあなた」

「不思議なことに無意識でやっちまうんだよ」

「いっつも次の日、修道女みたいな服しか着れなくなるのよ」

「いいなそれ、今度厳粛な修道女と神父サマ設定のプレイでもしようぜ」

「生憎厳粛を演じられるほどの教養が無い」

「ならセクシーで愚かな修道女を演じてくれよ」


くだらない軽口だけど、そんな提案は意外だった。彼とわたしがなんとなく寝るようになってから結構経つ。たぶん顔を合わせる機会が多い同僚だから続いているってだけだし、お互いに不特定多数の相手がいることは知っている。わたしたちは割り切った関係だ。お互いの素性を知っていることは我々のような人間にはとても便利だから、話しやすい相手とお酒を飲み交わす感覚でセックスをしている。それだけ。だからその内容にも拘りがなく衝動的で、シンプルに気持ち良ければそれでいいはずなのだ。
だけど今日はなんだかイレギュラーだな。


「わたしっていつもこんな、悲鳴みたいな声出してんの……?」

「イくときにすげぇ抵抗するしな。おかげでオレはレイプでもしてる気分にさせられるぜ」

「そういうの好きなんじゃあないの?」

「べつにきみにそうしたいと思ったことは無い」


さっきから意外な返答ばかりだ。
我々は時折喋りつつも、真面目に鑑賞していた。自分の本能的な性行為を側から見るってのは本当に妙な気分だけど、発見も多かった。画面の中で馬鹿みたいに喘いでる自分は思ってたよりも余裕が無く、意外なほどにメローネに甘えていたし、さらに意外なことに、メローネはそれに満更でもなく応じているように見えた。

彼の言う通り、たしかにわたしはオーガズムの寸前に必死で逃げようとしていた。そんなわたしの腰をメローネが強く掴んで引き寄せる。まさか人生において、自分が達するところを客観的に見ることになるなんて思いもしなかった。あんな惚けた顔をしてるのだなぁと自覚したら、さすがに目を逸らしたくなってくる。

ようやく訪れてきた恥ずかしさでわたしは彼に肩を抱かれたまま縮こまる。メローネは毎回わたしのそういう姿を見て、今もこうして映像で見て、なにを考えているんだろうか。
そんな折に、何故だかメローネがわたしのスカートの中に突然手を突っ込んできた。


「おわっ!?」


奇怪な叫び声を上げてしまった。何故なら彼の指先が迷いなく下着を避けて、直に脚の間に触れてきたからである。あんまり驚いたものだから、思わず彼の腕を退かそうと画策してみるが、そんなのも虚しく指が中に滑り込んでくる。あんな映像を見ていたから当たり前だけれど、彼の指はわたしの身体のどこから出てくるのかもよくわからないぬるついた体液のおかげですんなりと根元まで入った。


「やっ、メローネ!」

「なぁオレは最近ずっと不思議なんだよ」

「な、なにがっ……あっ、うう」


指が曲げられて、彼のよく知るいい部分を強く擦られる。出し入れをされたり、親指が外側の突起に触れたり、あまりに気持ち良くて彼に身を任せてしまう。いつのまにか目の前に回った彼の顔がすぐそばにあって、わたしをじっと見下ろしていた。
そして、気がついたときにはわたしの声が良質なスピーカーから聞こえる声と重なっている。ひどい水音も一緒に。大きな波が近づいてきていた。


「……きみとのセックスはどうにも最高なんだ」

「メローネ……。きもちい、あ、あ……っ」

「だから、撮影して観察してみたんだが、その理由がわからねぇ」

「まっ、あっ、やだ、いや……ッ!」


腰を引こうとしても背中を硬いヘッドボード阻まれて逃げられない。指の出し入れが激しくなり、太ももが痙攣して、爪先がまるまる。あっけなく、彼の肩にしがみついて達してしまった。そしてそんな頃にはスピーカーから聞こえてた嬌声だとか卑猥な水音は止んでいた。
胸を上下させて呼吸を乱し、マスクをしてないせいで顔にかかった髪を耳にかけ直す彼を見つめた。息が乱れたわたしの唇に軽く口付けると、やはり顔色一つ変えずに喋り続ける彼。


「きみが他の男と寝てるって考えると、どうしようもない気分になる」

「はぁ、は……ど、どういう、こと?」


そう言いながら彼がわたしの腰を両手で掴んで引き寄せる。ずるりとベッドに落ち、枕に頭を乗せることになったわたしの脚から下着が抜かれた。はやく、と思った直後に彼が入り込んでくる。
悲鳴みたいな声を上げ彼を受け止めた。メローネも息を吐き出して、わたしの額にかかった髪を指先で退かした。


「でも、きみを閉じ込めたいとも思わない」

「あっ、なに……どうしたい、のよっ」

「オレにもわからねぇ」

「い、今も撮ってるの……?」

「気づくのが遅いぜ」

「いたっ」


がぶりと首を噛まれた。気持ち良くて苦しくて、どうにかなりそうだった。お互いほとんど服も脱がず、こんなふうに焦って行うのなんて初めてだった。
今日の彼はなんだか変だ。まず前提がおかしいのだが、自家製ポルノを二人で寄り添って見て、喋っている途中でこんな風に始まるなんて、いくらメローネでもおかしい。

いつもだったらお互いの空いてる時間にどちらかの家に行って、お互い勝手に服を脱いで恥じらいも情緒もなくセックスして、気が済んだその後は少し休んだり何か食べたら訪ねてきた方が帰ってゆく。
しかし今日の彼は何度かのセックスを終えたのちも、わたしを腕に閉じ込めて返さなかった。閉じ込めたいなんて思わないって言ってなかっただろうか。

結局我々は一緒に風呂に入って、ご飯を食べて、二人で眠り、朝を迎えた。朝起きて、最初に見たのは目を擦った時に見えた自分の腕にある歯形で、次に見たのはわたしの身体を抱いたまんまのメローネの顔だった。先に起きていたらしい。そんな彼がいつもよりは少し嬉しそうな調子で話しかけてくる。そしてやはり、部屋には馬鹿みたいなわたしの喘ぎ声が流れていた。もはや白い壁に映し出される映像を見るのが嫌だ。


「わかったぜ、ナマエ」

「んん?なにが」

「どうやらオレはきみに恋しているらしい」


隣から降ってくる彼の言葉を、どうにかねむたい脳で処理しようと試みる。ぼさぼさの髪のまんま仰向けのわたしは頬杖をついて、目を細めて見つめてくる彼をぼんやりと見上げた。さすがメローネだ。こんなにすてきな空気感をぶち壊すのは他でもなく、出演者の許可無く上映されているあられもない喘ぎ声なのだから。

でも、そんなわたしの嬌声の中に、メローネの声が聞こえた。画面の中のわたしは必死で気がついていないけれど、今のわたしには囁くようなその声が聞きとれた。笑った彼にキスをされて、掬い取られた左手にまた噛みつかれる。薬指に歯形が残った。目の前の彼は言う。


「ナマエ。今日はデートしてくれないかい?楽しませるぜ」