僕を君のテディベアにして
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部屋に入った途端に後ろから抱き上げられて、笑ってたらそのまんま熱烈なキスを受けた。
「きゃーっ!」
早足に部屋に運び込まれながら思わず叫んで、わたしはフカフカのソファーにおっことされた。スプリングに弾かれながらひらりとコートの前が開き、仰向けに倒れる。すぐに笑ってる彼がわたしの上に覆いかぶさったから、片手でネクタイを緩める姿を見つめていたら、唇を塞がれた。今日は編まれず、低い位置で結われているだけの彼の髪の留め具へ手を伸ばしてそっと外した。手櫛で簡単に解けるつやつやのブロンドに触れるのは久々に思えた。
「食べられそうだわ」
「取って食ってやる」
「こわいなぁ」
「ナマエ、たった一週間君に会えないだけで、とても長く感じたよ」
ふとももにジョルノの、グローブをしたままの手が這った。こんなに早急な彼は珍しくて胸が高鳴る。解けた髪が重力に逆らわず落ちてきて、枝垂れの木に咲く花の中にいるようだ。見上げる彼の姿があまりに綺麗で見惚れてしまった。うっとりとした気分で、彼によって既に緩められたネクタイを外しながら、今度は自分からキスをした。
それぞれ仕事とフライトを終えてきたばかりだというのに、わたしたちはとっても元気だった。
☆
「ん、なあに?」
伸びてきた手に頭を撫でられて、輪郭をなぞりつつ降りる指先が顎を捉える。じっと見つめてくる、酔ったみたいな熱っぽい目つきのジョルノ。
わたしはすこし前まで目を閉じてうつ伏せに枕に埋もれて、もうほとんど眠ってしまいそうだったから、なんだか少しびっくりした。
「まだ眠らないで」
甘えたような声色で紡がれる言葉に胸がじんわりと熱くなる。わたしはごろりと仰向けになって、瞬きをして、夢見心地で彼を見た。曝け出される胸板が、最近また厚くなったきがする。彼は神秘的な美しさを少しも損なわないままに、その肉体は大人の男へと変わりつつあった。
「ジョルノ、もう一度する?」
覆いかぶさる彼がわたしの首に顔を埋めて口付けたので、そう尋ねてみた。既に立て続けに何度も彼は抱いてくれていたけれど、彼が望むのならば、わたしは朝までだって構わない。ジョルノと余すことなく時間を過ごせるこの今を、わたしは大切にしたいから。
だけど彼は少し身体を起こして、じっと微笑み、わたしを見つめる。だからわたしも笑って起き上がり、解いてしまった金糸に指を通す。
「お土産買ってきたんだよ」
「ああ、ぼくもだ。お互いここまで持ってくるのに苦労しましたね」
かすれた声と共に、ちゅ、と唇が耳を掠めた。それからジョルノは上等なナイトガウンを着て、わたしはふわふわの毛布をかぶって、寝室の入り口に2人して捨てて来たお土産をベッドまで持って来るつもりだったが、しかしお互いに旅先からショップバッグやらプレゼントボックスやらをたんまり買って帰って来てしまったものだから、結局わたしたちは近くに敷かれたラグの上にそれらを引きずってきて、ぺたりと座ってお互いへのお土産を開封する運びとなった。
隣にいる彼のあぐらをかく太ももに自分の脚をくっつける。暖房がきいてるけどひっそりと寒いフリをするのだ。
わたしはひとまず手前にあった小さなショップバッグを開けることにした。フランス語のロゴの、わたしの好きなブランド。だけど彼にそれを教えたことなんか無い。中にベルベッドの細長いジュエリーケースが入っており、そっと開いて、目を見張った。
「わ……びっくりした。なんでわたしがこれ欲しがってたの知ってるの?」
「きみが雑誌読んでるのを見てたらわかるよ」
中にはシンプルでモードなネックレスが静かに寝かされていた。思わず引っ張り出して、裸の首元に当ててみる。そういうわたしを彼は穏やかな顔で見つめながら、伸ばしてきた手でそれを取り上げて、金具を外すとそっとわたしの首に巻いた。ひんやりする金属を撫でて、嬉しくて膝立ちになり彼に口付ける。肩から毛布が落ちたが、甘いキスをしながら彼がやさしく直してくれた。
ジョルノは自分に物欲が無いくせにわたしが欲しがっているものをよく当ててしまう。わたしは彼が欲しがってるものなんて、甘いもの以外なんにもわからないのに。
「ぼくの番だ」
「どうぞ」
次にジョルノがベージュの箱を自分の前に引っ張り寄せた。イギリスの老舗ブランドの本店でわたしが買ってきたやつだ。彼の綺麗な指が箱を開け、ガサガサと音を立てて、畳まれた包装紙を開いた。
「……マフラーだ」
「あなたはチェックもよく似合うよ」
彼を真似て、取り出されたストールを首にゆったりと巻いてあげた。肌触りがいいそれを身につけた彼を、やっぱり上品に似合うなぁと見つめていると、わたしもお礼のキスをもらった。
そんな風にふざけながらお互いのお土産を順々に開封した。2人とも子供みたいで楽しくて、笑ってばかりだった。
最後に大きな箱が一つ残った。わたしが買ってきたものだ。エルメス巻きをされたレースのリボンをくるくると外して彼の美しい指先が箱を開く。中から現れたものに目を見張って、彼は呆れたように、しかし子供みたいにわたしを見て笑った。
「ぼくを幼児か何かだと?」
言葉は怒ってるのにくつくつと耐えきれずに笑っている。目の前の男の子を笑わせるそれをわたしが箱から乱雑に取り出して、彼の腕に抱かせる。ジョルノはそれこそ小さな子みたいに受け取ったそれをしげしげと眺めていた。シンプルで大きな、クマのぬいぐるみである。そんな彼を見て笑っていたら、何故だか腕が伸びて来て、ぎゅうとクマと一緒に抱きしめられた。
「きみはボスの部屋にテディベアを置かせる気なの?」
「だって寂しがりやだから」
「そんなことするのはきみくらいなものだよ」
結構前にもそんなことを言われたなと思い出す。
彼のふわふわの髪をよしよしと撫でて、ふわふわのテディベアを肌に感じる。彼は肌触りのいいマフラーを巻いたまんまだし、わたしの首元にあるネックレスすらも、今ではわたしと彼の体温で温かくなっている。テディベアめ、これからわたしがいない間、これを1人きりで享受するってのか?自分で買ってきたくせにずるいなぁと思った。
だってこんな感触ばかり味わってたら、まるっきり甘えた気分になってしまう。たとえテディベアでも。
「……ジョルノもわたしにぬいぐるみを頂戴よ」
ふ、と彼が小さく笑った。
「新しいのはあげないよ」
「うわっ」
いきなり鼻をつままれて目を閉じる。機嫌のいいジョルノが指を離したから目を開くと、額にキスをくれた。
「ぼくをきみのテディベアにして」
そんなことを宣う、世界一かわいいテディベアを抱きしめた。わたしも寂しかったよと、そういう気持ちを目一杯に込めながら彼の首に。苦しいよ、だなんて言わせない。テディベアになりたがったのはきみなんだから、享受してもらわないと。
題名:エルビスの「(Let Me Be Your) Teddy Bear」より