While My Guitar Gently Weeps
肩に触られて思わず声を上げた。ぼんやりする頭で目の前にある、黒いシルエットから伸びる手がわたしの肩をぎゅっと握っていることをゆっくりと認識する。小さな手なのにすごい力だった。その持ち主が誰なのかはすぐにわかる。
「……どうしたの?」
「……」
声をかけてみても返事はなく、小さく嗚咽が聞こえた。最近チームに入ってきた未だ12歳くらいの少年は、どうやら必死の思いで自分の寝床からここまで来たみたいだった。そう考えてみたらもう、わたしには自分の被ってた毛布をまくり上げる他はなかった。
少年、もといギアッチョは飛び込むみたいにそこへ入ってきた。胸元に寄せられた頭に驚きつつ幼い身体をぎゅうと抱いて、わたしは目を閉じた。あたたかな少年だ。胸に染みる涙さえも。
もう泣かなくていいんだよ、と言葉にはしなかったけれどそう念じて強い癖毛を撫でた。自分にできる精一杯のやさしさで。
まあしかし、年下のかわいい彼はそれから本当にすぐに、涙など見せない鋼のような男になってしまった。あれからもう何年も経った。今じゃあ身体もわたしよりとっくに大きくなって、声も低くなっちゃって、気性の荒さや神経質さは日々増してゆく一方だ。それでもやはりわたしにとっては、いくつか年下の男の子であることに変わりはないが。
「ん、おかえり」
部屋のソファーの端に縮こまって座ってるわたしが本から顔を上げて迎える言葉を放つ頃には、彼は既にずかずかと目の前にまで来ていた。手元の本を奪われて、ぽいっと床へ投げ捨てられる。抗議の言葉を言う間も無く、彼はソファーに乗り上げて目の前へやってきた。
「ギアッチョ、どこも怪我しなかった?」
無視されると分かりつつもそう尋ねながら、腰を掴まれたわたしは覆いかぶさる彼にものすごい力で引っ張られて、ソファーに仰向けに寝そべることになった。その過程で頭をぶつけて痛い。もう一度名前を呼ぼうとうっすら開いた唇へ、彼のキスが落とされる。やさしいものじゃあなく激しく息苦しくて、情緒的とは言い難いものだ。
そのまんま、履いていたデニムのベルトとボタン、ファスナーを手早く外されて、下着と一緒に太ももまでずり下ろされた。腰を浮かせてないのに、ゆったりしたデニムだったから脱がせるのは簡単のようだ。というか、これはギアッチョのジーンズの裾を何度か太く折ってウエストをきつくベルトで閉めて、わたしが履いているんだった。忘れていた。
唇が離れる。強引にデニムは脚から抜かれて、それもやはり、床へと投げられた。下半身が突然心許なくひんやりしてしまう。足首を掴まれて、明るい部屋の下に脚の間へと彼が割り込んだ。
「はえーなぁ、オイ」
脚の付け根に無遠慮に触れた彼が咎めるみたいにそう言う。早いのはお互い様だ。彼の指先が表面を撫でて、そこへ絡みつくぬるついた体液。突起を撫でられるとさらに容赦なく、分泌される液は増えた。そこばかり押し潰すみたいに執拗に触られて、喉の奥から高い声が洩れる。唯一残された衣服であるローゲージの、ぶあついケーブルニットのお腹の辺りを必死で握りしめる。
ギアッチョはすぐにわたしの中へと押し入ってきた。指で慣らされていないそこに与えられるあまりの圧迫に首をのけぞらせると、息を乱した彼がわたしの喉仏を唇で食んだりした。
「は、ぁ……ギアッチョ、まだ、うごかないで」
「……そう言わなければ、もっと待ってやったんだがな」
「うそ、まって」
凶悪に笑った彼が腰を引いて、先の方まで抜いてしまったかと思えば一息に、強い衝撃で打ち付けた。思わず首を横へ向けて、ニットを握りしめる。彼の手が無理やりそれを引き剥がしてしまったが。
ぎゅうと固く大きな手に自分の手を包むように握られながら、子どもの頃に同じようにされたのを思い出す。彼は優しく人の手を握るなんてできない子だし、やり方をろくに知らない。わたしはそういうのを彼に教えられなかった。だって教える資格がないのだ。
「う、あ、あ、…くるし、よ……!」
「すげえ音だぜ」
たしかにひどい音が、我々の繋がってるところから聞こえていた。圧迫感も、奥に叩きつけられる感覚も涙が出るくらいに苦しいのに、白い肌を染めて、わたしの膝裏を掴んでこちらを見下ろすギアッチョからねっとりとしたキスを受けると、やはりぎゅうと締め付けてしまう。
ギアッチョはいつでも衝動的で激しかった。これでも、加減を覚えた方だと思う。
「あいつらにバレたくねぇんだろ。でけぇ声出すなって」
「誰のせい、だよっ、ぅ、んん〜……!」
そんなことを言うのはわたしが声を我慢しようとする姿を面白がっているからだ。震える脚の爪先を丸めて、息を荒げるギアッチョの手をつよく握り返す。
わたしは弱い人間だ。いつの間にかずるずると、この子とこんな関係になってしまった。一番初めの頃、きちんと教授できるほどのまともな経験もなかったわたしは、求めてくる彼をろくに拒めないままに、彼の心に突き上げてくるものの全てをこの身で受け入れてしまった。たぶんわたしのそのだらしなさのせいで、彼に妙な執着を植え付けてしまった。まるで刷り込みだ。
今のギアッチョはたぶん、わたし以外の人とも寝てるのだろう。時折胸元や首に唇で吸いつかれたような痕があった。
こんなのは全て間違っていると、きちんと頭ではわかっている。彼は、彼を幸せにしてくれる唯一無二の女の子を見つけるべきだ。あんなふうにベッドに潜り込んできて縋り付いて、泣いてた男の子なんだから。それをわたしと履き違えていたら大変なことだ。わたしは彼をとても好きだけれど、聖母のような優しさはない。
唇を塞がれれば声は抑えられたが、ぐちゅぐちゅとうるさい水音や肌がぶつかる音は容赦なく部屋に響く。
今、このアジトには誰がいたろうか。わたしの使ってる部屋の近くをチームの誰かが通ったりしないことを、祈ることしかできない。
だめだ、ふとももががくがくと震えてきたってのに、彼が唇を離してしまった。
「あっ、まって……ギアッチョ、いく、いっちゃう、ぅ、んっ……!」
「はぁ、は、ナマエ……」
身体が痙攣して、どこかへ意識を引っ張り上げられるような強烈な感覚に身を委ねた。強い締め付けに苦しげに呻いて、何度か抜き差しを繰り返したのち、ギアッチョも一番奥で吐き出した。腹の内に広がる温かな感触にすらわたしの身体は震えてしまう。
排卵を薬で管理しているから問題ないのだけれど、それでもやはりゾッとするものがあった。だって彼はわたしがその薬を飲んでるだなんて知らないのだ。以前は避妊具をつけたり、外に出したりしてたのに、ここ最近はこうすることに拘ってるみたいに思える。これじゃあ、まるで。
どうするつもりなの。一体、わたしになにを求めるの。
わたしはきっと応えられないよ、ギアッチョ。
ウールのニットを着ているせいで余計にあつい。汗をかいた背中の下に、ニットの裾から彼の腕が割り込み、直に湿った肌を触ってわたしを抱いた。
わたしはどうするべきかと、いつまでわたしはこんなことを許してしまうのかと、ぼんやり考えながら、胸に顔を埋める彼の頭を抱く。そこにあの泣いていた男の子の面影を垣間見た。やはりわたしは強い癖毛を撫でて、温かな体温に身を任せてしまった。