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冷たいバスルーム


彼の住むアパートメントの部屋の扉を叩いてみたがなにも反応がなかった。呼び鈴は始めから壊れていたと、この間彼は鍵を回しながら教えてくれた。その日はイタリアにしては珍しく信じられないくらい雨が降った10月の終わりだった。今日は快晴だが、わたしは雨の方が好きだ。


出直すことにしよう。そう思い踵を返すと、首や肩に何かがくっついた。正確には感触はなかったが、声が聞こえたのだ。
小さな身体にそぐわない大きな声で、彼らはわたしの名前を呼んだ。彼らはミスタのスタンドである。
ミスタは寝てるぜ、俺が起こしてくるよ!と言ってこちらが止める前にドアを擦り抜けて行ってしまったのはNo.6。No.5は髪にぶら下がっていて、No.2はわたしの名前を呼んで何か食べ物をくれとせがんでくる。愉快で可愛らしいやつらだ。どうやら部屋から出てきたのはこの3人らしい。

しばらくすると眠そうな顔のミスタがドアから顔を覗かせた。ウエストに銃を挟んでいたが、いつもの帽子はかぶっていない。悪いことをしてしまった。


「よおー…わりぃな爆睡してた」

「出直そうと思ったんだけど」

「いいよ入っていけよ」


頭を掻く彼に続いて部屋に入ると、ソファーテーブルにクリーナーだとか黒く汚れた布が乱雑に置かれているのが見えた。彼がそこで銃の手入れをして、そのままソファーで眠ったであろうことが推測できる。今日はのんびり過ごしているのだろうか。

彼はわたしが訪ねてきた理由を言及することもなく、キッチンから栓を開けたコーラの瓶を三つ持って来てわたしがいるソファに並んで座った。一本は6人のスタンドのためである。テーブルにそれらを置くとこちらへ身を寄せて少し長いキスをしてくれた。自然に唇が離れた時、ミスタは少し笑いながらわたしの頬を指の背中で撫でる。


「なぁんか今日は眠いんだよなぁ。となりのクソ野郎が夜中にギターかき鳴らしやがるから俺はいつも寝不足だぜ」

「引っ越せばいいのに」

「嫌だね絶対にあいつが出て行くべきだ」


文句を言っているのに、両腕を広げてソファーへ沈む彼はリラックスして見えた。
コーラは生ぬるい。わたしはそんなに炭酸飲料が好きではないが、前にもここで飲んだなと思い出した。
彼の胸によりかかると、腕が伸びてきてわたしの反対側の肩を抱いた。彼の体温はいつも少し高い。


「映画見ようぜ映画」

「プリティ・ウーマン以外ね」

「なんだよー」


結局ミスタはマディソン郡の橋のビデオをデッキにいれた。何度も見たことがある映画だったが、彼と一緒に見るのは新鮮に感じる。この主演の女優がわたしはとても好きだった。わたしたちは身を寄せ合い、静かにエンディングまで見届けた。もう窓の外で夜は更けている。


「なんで泣かねえんだ?」


エンドロールで彼は画面をみたままそう言った。あかりをつけないままの部屋で光るのは、テレビ画面を登ってゆく白い名前の羅列だけ。肩を抱かれたまま彼の喋る振動がわたしの耳へと伝わる。彼の心臓の音はとても力強い。いつだってそうなのだ。


「メリルのラスト間近の演技は圧巻だろ?涙を流すのは自然なことだぜ」

「うん。そうだね、きみの言うとおりだよ」


わたしは泣かなかったけど、その晩をミスタと過ごした。

あんなこと言ってたのに眠ってる彼の腕の中からぼんやりと隣の部屋のギターを聞いていたが、いつのまにか音は止み空はほんのりと明るくなっていた。彼の髪を撫でて腕から抜けだす。ふらふらとたどり着いたバスルームの浴槽の淵に座ってノズルから出る水が温まるのを待った。足にかかる水はまだまだ温まらない。このシャワーはあの呼び鈴と同じように少し壊れているのかも。
わたしは愛しい妹の名前を呟いた。その声はシャワーから出る水の音が流してくれる。目から零れ落ちた涙も一緒に。

後ろから抱きすくめられた。彼はわたしがベッドを出たから起きたのか、ずっと起きていたのかはわからなかったが、いつもはすぐに胸やお尻を触る手がその時はただただきつく抱きしめてくれた。


「寒いよなこのバスルーム」

「うん」

「もうすぐ熱いお湯になるぜ。おれも入るよ」


ありがとうと言おうとするとまた深いキスをくれた。ミスタの言う通り、少しずつ水は熱くなり体を温めた。彼とシャワーを浴びながらわたしはもうすでに暗く冷たい棺の中にいる妹を想った。重い病から解放された優しく幼い彼女のことを、ミスタは知らない。