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シュガーゴースト


腕の中のナマエがもぞもぞと動いたことで目を覚ました。

眠たい頭でぼんやりうごめく体温を確かめてみたが、するりと腕の中から抜け出て行った。暫くしてから戻ってきて、また温かな羽毛布団と抱擁で迎え入れると、その肌がカシミヤのニットに覆われていることに気がつく。

「寒かったのか?」

「うん」

「裸にセーター?」

「手近にあった」

眠たげに答える声に、俄かに笑ってその身体を逃さぬように抱きしめた。裾から腕を突っ込むと肌触りの良いカシミヤが手の甲に柔らかくあたり、あたたかな肌が手のひら触れてすべすべしている。腹や背中を撫でて、小ぶりな胸の片方を包むように触れると彼女が肩を揺らして笑った。

「寝る前に散々したのに」

「おまえに触るのが好きだ」

「触るだけで終わるといいんだけど」

「勘弁してくれ」

のそりと身体を起こして、ナマエの上に覆いかぶさった。隙間が大きくできた羽毛布団の中に冷たい空気が流れ込む。ハイネックの分厚いニットをまくり上げるとナマエの白い肌は非常に寒そうに見えた。

「暖房をつけるか?」

「ううん。いらない」

ゆったりとしたサイズのニットに覆われた腕がオレの首に伸びる。引き寄せられるがままに口付けて、寝る前にもすでに何度も味わった彼女の唇を楽しむ。自分たちがいつ眠ったのか思い出せなかった。呆れるほどに繰り返した行為の果てに疲れてぐったりと目を閉じ、二人で喋っていたところまでは覚えている。ひどいもんだ。互いに動物みたいなありさまに笑えてくる。

「なんだかご機嫌だね」

「まあ、そうだな」

「あなたが楽しそうだとうれしいな……ん、」

脚の付け根に指を這わせるとあたたかな粘液が指に触れた。少しそこを往復して、指を根本までゆっくりと差し込んでみると、彼女が悩ましげに息を吐いた。ぎゅうと指に絡みつく熱い襞。

確かに暖房はいらず、セーター1枚すらも彼女は脱いでしまった。





「あなたのせいで変に目が覚めちゃったよ」

ネコ科の動物みたいに伸びをして、オレの隣で身体を起こしたナマエがそう言った。セックスを終えたのちにお互い妙に覚醒したまま、ベッドの上でぼんやりとしていたところだ。未だ朝は遠い。いつもだったら時間を持て余すと二人で映画でもみるところだが、彼女は今日は違う気分のようだった。

「腹が減ったな」

「アイスクリーム食べちゃおっか」

「夜8時以降は死んでも食べないと豪語していたやつはどこへ行ったんだ?」

「うーん。あいつは今眠ってるみたい」

「よく眠るやつだ」

いたずらを企む子供のように笑ってオレの唇の横にキスをすると、再びカシミヤのニットだけを頭から被りつつキッチンへと消えた。ナマエがまた寝室に戻ってきた時、やはり片手は大きなアイスクリームの容器が抱えられていた。反対の手には2本のスプーン。ご機嫌な足取りのおかげで、裾のリブから伸びる太ももが灯りをつけたままのキッチンから漏れた光を後ろから受けて淡く光る。

ナマエは少し高いベッドに乗り上げたので、オレも起き上がってあぐらをかく。そのあぐらの上に当然のようによいしょ、と言いながら座ってくる彼女の腹に腕を回して抱いた。スプーンを1本手渡される。

「新しいアイスクリームの一口目は特別だから、リゾットが食べていいよ」

これを買ってきたのはだれだと思ってんだと言いたいが、しかしご機嫌に蓋を開けて、ひとさじすくいとったまだ固いアイスクリームをオレの口元へ運ぶ彼女をどうしようもなく可愛く思う。

舌に広がる暴力的な冷たい甘さは、彼女といる時くらいしか味わうことがない。この銘柄の濃厚なバニラの味が一番好きなのだと彼女はいつも言っていた。一口目の特別さってのはこのほんのりと舌に当たるシャリっとした感触のことだろうか。オレにはとくになにも感じられないが、ナマエはこれを大変気に入っているようだ。

ナマエはよく甘いものをオレに食べさせた。甘いものに限らず、自分の食べたうまいものを全てオレに食わせるようにしているように思える。なにか、彼女の中での努力があるようだ。
口の中のアイスクリームが溶け切る前に、ナマエの顎を引っ掴んで振り向かせ、口付けた。やっぱり一口目はおいしいなあ、だなんて笑う顔がオレンジの間接照明に照らされてよく見える。

ナマエは絶え間なく、アイスクリームをあまり大きくない口へと運んだ。オレもたまに彼女が抱えてる容器の中のそれを運んでみる。合間合間で彼女がもっと食えと、オレの口に自分のスプーンでアイスクリームを押し込んでくる。こう言う時の彼女の顔を見ているのが好きだ。そしてふと思う、彼女もオレが何か食っているところが好きなのかもしれない。

「どっちがたくさん食べれるか勝負しようよ」

「やめておけ」

「なによ。つまんないなぁ」

「また寒くなるぞ」

「そしたらまたセックスすればいいじゃない」

甘えるようにオレの胸にナマエが寄りかかり、機嫌よく揺れる爪先を見た。いつも綺麗に色が塗られている爪先は触ると大抵冷たい。寒がりのくせにアイスクリームを腹いっぱいに食べようとするこの少女が、どうにも愛おしい。

二人でバニラの味をこれでもかと言うほどに堪能して、結局途中で飽きてベッドのそばの、電気スタンドが置かれる棚に半分以上を残して容器は放置された。ナマエは手を伸ばしてそれを置くとこちらへ戻ってきて、オレの膝に、今度は向かい合って乗り上げた。ぎゅうと抱きしめてくる柔肌と、カシミヤのセーター。そして耳元で自分勝手なことを宣う唇。

「もうアイスクリームなんて一生食べたくなくなっちゃった」

「どうせまた明日食うんだろう」

「ふふ」

犬が頭を擦り付けてくるみたいに、彼女が首に頬擦りをする。そして紡がれる柔らかな口調。

「だって、あなたと食べるのがいいんだもん」

オレが黙ったので、腕を緩めたナマエが顔を覗き込んでくる。答えてよと、じっと不安げに見つめてくる揺れる光をたたえた双眸。いつも答えを求めた。直接的な言葉を使わないくせに、抽象的な言い回しの答えをこちらへ期待する。

「オレはおまえが好きだ」

そんな期待から大きく跳び出したであろう、直接的な言葉にナマエの肩が揺れる。こういう言葉を彼女は嫌がったが、オレは伝えたくなる。この女の前でくらいは、自分に正直でありたい。

「……わたし、寒くなっちゃった」

見つめ合い、沈黙ののちに彼女が殆ど呟く調子でそう言った。彼女としては最大級の言葉での愛情表現を、格別に思う。

「オレもだ。誰かに冷たいもんを食わされたからな」

「うーむ。誰だろうか」

自分でふざけて返したくせに耐えきれずにクスクス笑い出す唇にキスをした。どこまでも柔らかく甘く、そしてオレに触れる指先は冷たい。これをあたためてやるのが、オレは好きだ。

題名:徒野さま