ハニームーンはとっておき
わけもわからないままに、明日この時間に迎えに行くから、白以外の色でドレスアップして待っててくれと電話で言われた。
そして翌日、正装したジョルノが時間通りにわたしのアパートまで迎えに来た。いつもに増して麗しいジョルノはわたしのドレスを絶賛して、熱烈なキスをくれた。彼はわたしの手を取って階段を降り、アパートの前の通りに停められた車の扉を開いて乗せてくれた。乗り込んだわたしを前の運転席から見やる男、ミスタも珍しくスーツでビシッと決めている。わたしの格好を軽い調子で褒めてから、彼はすぐに車を発進させた。どこへ行くんだろう。そんなわたしの漠然とした疑問にはジョルノが答えてくれた。
「ぼくらの敬愛する女性を祝福しに」
「敬愛する女性?」
「タフで魅力的な女の子なんだ。きみみたいに」
その言葉は不思議だったけれど、ジョルノはなんだか穏やかな空気を纏っており、わたしの唇にご機嫌にキスをくれた。彼は車に乗る前からずっと優しくわたしの手を握ってくれている。
たどり着いた先は有名な教会だった。華やかな音楽と白い建物。わたしたちは裏口から入り、楽しげな喧騒に身を潜めて比較的少人数のゲスト達の中に紛れた。そこから我々三人は、ロマンチック且つセクシーな白いドレスを纏いながら教会の広い階段を降りて来る眩しき花嫁を見た。
わたしは息を呑んだ。彼女の魔法をかけられたかのような美しさにもだが、何より驚いたのはわたしが彼女の顔をよく知っていたということだ。だって彼女は、小鳥のような声で力強い詩を歌う、わたしの憧れのディーバなのだから。
声も出ないままに自分の左右に立つミスタとジョルノを交互に見上げてみると、彼らは俄かに微笑んで彼女を見つめていた。敬愛、まさにその言葉がぴったりと当てはまるような、そういう表情をこの二人にさせてしまう不思議な女の子が、ふとこちらへ視線を投げた。目があった気がするって思ったら、途端にドレスを引きずって駆け寄って来る、燦爛と輝く白い花嫁。
「ミスタ!ジョルノ!」
「よぉ!おめでとうトリッシュ!」
「トリッシュ。ここで話すなんて目立ちすぎだ。……ああ、しかしとても綺麗ですよ」
人目を気にするジョルノの牽制もよそにミスタと花嫁の、トリッシュは嬉しそうにハグをしていた。そりゃあそうだ、こんな有名な歌手と組織が関わってるだなんて知られるのは彼女の沽券にかかわかもしれない。だから我々はお忍びでここまで来たのだろうから。
けれど結局はジョルノもトリッシュを胸に抱いて笑ってしまっていた。周囲で騒めいている新郎やらゲストやらをよそに、彼らは親しげに、懐かしげに言葉を交わした。わたしもなんだか妙にしあわせな気分になってきて、三人の様子をうっとりと眺めていた。
そんな中でふいに、トリッシュはわたしの方を向いた。繊細なレースのグローブに指輪が光る手がわたしの手を力強く握る。既に夢の中にいるような気分不思議だったわたしは、お姫様みたいな彼女に触れられついに御伽の国に引きずり込まれてしまったのかと思った。
「ナマエ!来てくれてとっても嬉しいわ!」
「……わたしを知ってるの?」
「勿論よ!あなたに会いたかったの。そのドレス決まってるわね」
彼女は呆然とするわたしに、有無を言わさぬ手つきで自分が持っていたブーケを握らせた。彼女はブーケトスなどに興味はないらしい。
教会はブーケの花と同じピンクの花で所狭しと彩られ、階段に伸びる長いバージンロードも眩しいピンク色だった。そしてそんな場所に誰よりも相応しい彼女が、顔を近づけてわたしに内緒話をする。ジョルノとミスタを追い払うみたいに少し離れさせるトリッシュのジェスチャーには笑ってしまった。夢みたいだ。毎晩聴いてる歌声がわたしに向かって囁いている。
「よく話に聞いていたのよ。あなたのことを話す時のジョルノの顔ったら、もう……笑っちゃうんだから」
「ジョルノが?どんな風にわたしのことを?」
「あとでこっそりミスタにきいてみて」
「二人とも、とってもあなたが好きみたい」
「あたしだってあなたが好きよ。あたしたち、きっと仲良くなれるわ」
彼女の言葉には心から同感であった。初めて会うというのに、彼女のことを何年も前から親しく知っているような気がした。
「トリッシュ、あなたって本当に素敵……」
「そっくりそのまま返すわ」
トリッシュの微笑みはとても柔らかだった。
なんとなく聞いていたラジオで彼女の曲を初めて耳にしたとき、その力強い歌声の奥に潜む孤独に、自分の中の何か核心めいた部分を癒されたのをよく覚えている。わたしは気がつけば毎日彼女の歌声を聴くようになっていた。いつの間にか彼女の熱烈なファンになっていたのだ。
だけど今のわたしは遠い歌声に憧れて想いを馳せているわけではない。目の前の彼女の華やかでタフな振る舞いに、一人の人間として、心からの敬愛を感じた。まるで血生臭い世界を共に生き抜いてきた戦友かのように。
彼女は曲からのイメージ通り、紛れもなく、わたしが知る限りで最も魅力的な女の子だった。
わたしたちは再開したみたいに熱い抱擁を交わした。耳元で彼女が尋ねる。
「ナマエ。次はあなたとジョルノの式で会えるかしら?」
瞬きをして聞き返してしまった。わたしとジョルノの式、とはいかに?
トリッシュはわたしに悪戯っぽく笑いかけると、後ろで待ちぼうけのハンサムな新婦の腕を掴んだ。彼を引っぱりながら我々に手を振り、キスを投げて、彼女は教会の前に停められたベンツへと乗り込んだ。レセプションに向かうのか、はたまたハネムーンへ直行するのか。
それを未だ夢うつつに眺めていたわたしはミスタに肩を抱かれ、ジョルノに腰を抱かれ手を握られ、会場を後にする。なんとなく振り返った先で、同じく車の中から振り返ったトリッシュと開かれたウィンドウから目があった。
わたしたちは笑いあい、彼女は春の風のように去った。
また前を向くと、ジョルノがわたしの顔を熱っぽく見つめていた。尋ねたい疑問は山ほどあったが、しかし、今は彼とキスがしたいと、強く思った。
「おい!オレが横にいんのにいちゃつき始めるなよな〜!」
「きみも早く相手を見つけるべきだ」
「そーだよ、ミスタは遊んでばかりじゃない」
わたしたちのキスを見て喚くミスタが可笑しい。彼の頬にもキスをすると、ミスタは笑ってわたしのおでこにお返しをくれた。それを見て微笑むジョルノも今日はとても穏やかな空気をまとっている。ああ、良い時間だ。まるでトリッシュという女の子が、わたしたちの時間を柔らかなものに変えてしまったみたい。
「ねぇ、二人のどちらかが、彼女と恋人だったの?」
「「まさか!」」
揃って答える彼らに笑ってしまった。本当はわかってて聞いたのだ。恋人なんかじゃない、もっと深い部分で彼らは過去を分かち合っている。自分がそこに介入しない寂しさよりも、そんな関係を築ける彼らへの尊敬と愛情が圧倒的に勝った。
わたしたちははしゃいだ気分で、逃げるみたいに車へと急いだ。あまりにも目立ってしまったが、きっと実力だけでタフに生きる彼女にはなんの問題もないのだろう。
「きれいなブーケ」
また車にジョルノと並んで揺られながらわたしは腕の中のブーケを眺める。ピンクは華やかだが他の色使いは抑えられた、とても上品な印象の花たちはあの彼女にぴったりなものに思える。ジョルノはすぐ隣からそれを見下ろしていた。
「きみはピンクというよりは青かな」
「そうだね、わたしは寒色が好き。淡い紫とかも」
「なら、明日にでも選びに行こうか。ついでにブーケに合わせたドレスも。奇妙な順番ですがね」
「……なに?ジョルノ、どういうこと?」
運転席でわたしたちの会話を聞いていたミスタは囃し立てるように口笛を吹いた。またもや呆然と彼らを交互に見やるわたしって、きっと間抜けな顔をしている。
「なんならこのままお連れしますぜ〜?お二人さんよォ〜」
「ああ、それも良いですね」
「まって、どこへ!?」
はっきりとした言葉が無いので、勘違いを恐れる野暮なわたしは慌てて彼らへそう尋ねた。思わずブーケを握りしめていると、その手をジョルノに上から握られる。彼の瞳を見てうっとりとしていたら、引力に寄せられるように自然とキスをしてしまう。ミスタは今度は文句を言わずに、豪快に笑った声が聞こえた。
ジョルノは上手なキスを終えると、小さく囁くようわたしの名前を呼んだ。それから握られていた方の薬指に通される固い何か。さっきトリッシュの左手に見た類のものがそこに芳しく光るのだろうか。未だ彼の顔を見つめるわたしにはまだ知り得ない。
ミスタはご機嫌にアクセルを踏んで車を飛ばした。またきっと、わたしたちは近いうちにトリッシュに会うことが出来るだろう。それだけが確かにわかった。
題名:徒野さま