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「#溺愛」のBL小説を読む
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地獄にも春よ来たれ


過去に死んでいったものたちについて考えてみた。
両親、きょうだい、犬、友人、恋人。
どれもとても悲しかった。しかし、今も尚その実感が湧かないのも事実だ。自分の人生に起きた出来事というよりは、読んでいる小説の登場人物が死んでしまったかのような気分。喪失感はあったが、それを感じているはずの自分すらも俯瞰して見つめているかのような、なんだか変な感覚の中でわたしはずっと生きてきた。

何をしてもそうだ。美味しいものを食べたって、怪我をしたって、セックスしたって、人を殺したって、わたしはいつでも誰かの小説の中での行いを読んでるみたいな感じだった。たぶんそれがわたしの強みなのだ。少なくともこんな組織に属してこんな日々を送っているうちは。
たぶん、きっと。じゃなきゃ、死んだ方がマシだから。



「ん……だれ?」

伸びてきた腕がわたしを引き寄せた。横を向いて半分眠っていたわたしは反対側に頭を向けて、すぐそばに来た顔をぼんやり見つめる。その間に身体の下にも腕が潜り込んでわたしを抱いた。
ここにいるはずのない男が隣に寝そべっていて、静かにわたしを眺めていた。身体を抱く腕があたたかく、わたしはまた今にも眠ってしまいそうだった。不思議な気分だ。今はわたしは確かにあたたかな彼の腕の中にいて、確かに一人の男と目を合わせているという実感があるのだ。

「……夢なのかな」

「馬鹿なこと言うな」

妙だ。唇を重ねられた感触はわたし自身に起きた出来事として直接的に脳に伝わって、舌が入り込むと甘く酔うような感覚がわたしを襲う。キスってこんなに気持ちよかっただろうか。少なくともわたしは知らなかった。
どうしてここにいるんだろう。肌を撫でられる感覚が非常に心地よい。

「ギアッチョ?」

肩を掴まれて、仰向けにさせられた。やはりまだぼんやりとした頭のままに彼を見上げる。外の街灯の明かりがカーテンの隙間から入り込んできてかれを後ろから照らす。ギアッチョはあたたかな布団をわたしと一緒に被っている。
わたしは手を伸ばして、ギアッチョの眼鏡を外した。彼の顔をきちんと見たかった。夢でないことを確かめたい。

「ナマエ。オメー撃たれたんだろ……。どこだ?」

「脇腹を掠っただけだよ。熱が出たけど、もう下がってきてる」

わたしがそう言うと無遠慮にキャミソールが捲り上げられる。冷たい空気に胸が晒され、ガーゼが貼られた傷の上に彼の大きな手が触れた。鋭い痛みが走る。おかしい、撃たれた時だってこんな痛みは感じなかったというのに。

「……痛いわ」

「それでいい」

何かを確かめ終わったかのように彼の手のひらは脇腹から離れてゆき、わたしの頭を乱暴に撫でた。痛みが心地よい感触に変わる。

「ずっとそのままでいろ」

「……そのままって、何が?」

返事はないまままた深く口付けられた。いつもだったら、ある程度男の人にこういうことをされても気に留めなかった。いつでも冷静な自分がどこか他にいて、その行為をぼんやり眺めてれば終わるのだから。抵抗して痛い目を見るよりはマシだ。
しかし、なんだか今日は違った。冷静な自分などどこにもいなかった。わたしは彼の熱いキスに酔い、それが怖くて細やかに抵抗するために腕を掴んだ。だけどギアッチョはそんなの気に留めることもなくことを進める。怪我人になにをするんだこの男は。

与えられる感覚に必死になっているうちに、ギアッチョの指が脚の付け根に挿し込まれた。指が曲げられたり指が増えたりするたびにわたしは強い快感を逃したくて身体をよじるのだが、その都度脇腹が痛んだ。

「やだっ、痛いの、ギアッチョ……」

彼のシャツを握りしめた。呼吸を乱すと鳩尾が上下して、やはり傷口が痛い。自分の体温は熱が振り返したみたいにひどく高く思えた。どうして超低温を操るこの男に、わたしはこんなにも熱を与えられているのだ。

ギアッチョはわたしが喚いたって気にしなかった。だけどわたしも段々とこの痛みと快感に恍惚とした気分になってきていて、拒否する言葉は減り、口からは上ずって甘えたような声が漏れ出てきていた。
彼はそういうわたしを時折強く抱きしめたり荒々しくキスをしたりして、いよいよわたしの脚の間に割り入ると自身を挿し込もうとしていた。熱を持った先がわたしの性器の表面と触れ合う。それがたまらなくじれったい。

「っあ……ギアッチョ、はやくして」

「言われなくとも」

「……う、」

ギアッチョは笑っていた。首を仰け反らせてシーツを握りしめる。ゆっくりと入られる感覚に震えるような、こんな感じ初めてだ。しかし、一体全体どうしてわたしたちはこんなことをしてるんだろうか。ギアッチョ、わたしのことなんてどうとも思ってないだろうに。わたしだって、彼のことなんかほとんど何も知らない。

だが今のわたしに彼を求める以外に何ができたろうか。こんな風に過敏に働く五感のおかげでわたしは冷静さを欠いていた。もっとたくさん知りたかった。脇腹をまた撫でるように触られたり、腰を打ち付けられたり、キスをされたり、硬い腕に抱きしめられたりするような、激しい波のような感覚を、感情を、この粗暴なギアッチョという男を、わたしは知らないから。
きっとまだ、熱があるせいだ。だからこの男に妙な感情を覚える。そうに決まってる。



汗をかいて、ひどい脱力感に苛まれた。猛々しい筋肉に覆われた背中に掴まっていた腕がシーツに落ちる。お互いの荒い呼吸を治せぬままに未だギアッチョがわたしの中にいた。ゴムもないのに、こいつ、一体全体どういうつもりだ。

「……色々と最低。わたし、傷が開いた気がする」

「悪ィな。手当てし直してやる」

あんまり悪いと思ってなさそうな彼がわたしを抱きしめた。だから痛いって言ってるのに。
いつもだったらセックスし終えた男女って滑稽だなとか他人事のように考えてるくせに、突然当事者となってしまったわたしの中には不思議な感情があった。
寝室のドレッサーに置いたままのガーゼだとか包帯だとかを取って戻ってきた彼に問いかける

「ねぇギアッチョ……」

「なんだ」

「わたしに何をしたの?」

「愛してるだけだ」

たぶんいつものわたしだったら、こいつ頭おかしくなったんじゃあないのかとか、何が目的なんだと冷静に考えたことだろう。しかしその言葉は不思議と、わたしの胸を荒れ狂う波で満たした。

こんな風に、感情の嵐の中に引き摺り込まれてしまったわたしは一体どうなるのだろうか。過去について考えても、未来について考えてみても恐ろしく思える。わたしはたぶんもう、小説を読んでるみたいなあの感覚には戻れない。しかし、普通の人間っていうのはみんながみんな、常にそういう恐ろしいものと闘っているのかもしれない。わたしは世の中の人間に敬意を覚えた。

ひとまず、不器用な指先で頑張ってガーゼを張り替えてくれているこのギアッチョに身を任せて今夜は眠ろう。色々と考えるのはそれからでいいかもしれない。わたしはもうどうせ、この男へ対して芽生えた妙な感情を手放せないのだから。

題名:徒野さま