×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
A sleepy head...


コツコツというよりもゴツゴツと、むしろドシドシと、わたしの精神状況を体現するかのようにブーツの踵を鳴らして薄汚いアジトの廊下を歩いた。ドアを蹴り開けて、並べられたソファーの一つにくつろいでる男の元へ相変わらず粗暴な動作で真っ直ぐ向かう。文字通りテーブルを踏みつけて。

「プロシュート!!」

怒鳴り散らしながら目の前を通ったわたしを見て心底嫌そ〜な顔をしたイルーゾォはそそくさと側の鏡の中に消えた。
そちらは気にすることなく、わたしは眼前の男に向き合った。ソファーに踏ん反り返って煙をふかすそいつの襟を両手で掴み上げて脚の間に膝をつくも、彼は特に表情も変えずに煙を吐き出した。ムカつくのでその煙草を色っぽい唇から指先で乱暴に取り上げる。この銘柄は嫌いだ。

「腹立つ男ね……何度言えばわかるの!?わたしの女と寝るんじゃあないわよ!」

「オメーだってこの前オレの栗毛の女を寝取っただろ」

「ふん。あの子はわたしのこと好きになっちゃったんだからしょうがないじゃない」

「そうだぜ、しょうがねぇよなぁ?あの赤毛のバンビーナもオレに夢中だぜ」

目を細めて美しく笑う彼。襟から手を離し、わたしは前のめりだった身体を起こして彼をじっと見下ろす。余裕たっぷりな態度に思わず眉間にシワが寄る。
唇に咥えたそれから、好きでもない風味の煙を深く吸い込み、フィルターから唇を離すと腹いせのように吐き出した。この煙はほとんどため息だ。

「こんなの最低……始めたのはあなただからね」

何もかも嫌でぐったりと座り込むと、彼はわたしの身体を支えてくれた。そうしてくれるのをわかってやったのだ。
力の抜けたわたしの指に挟まれた煙草が彼のスーツを焦がしそうだったので、するりと奪われる。フィルターにジバンシィの秋の新色がついた煙草を、取り返してまた彼の唇が咥えた。うんざりと呟く。

「わたし、今回の子は結構マジだったのよ」

太ももやお尻や胸から、硬い筋肉や骨を感じた。男の身体ってどうしてこんなに柔らかくないの?全然やさしくない。しかしあのかわいく笑うセクシーな赤毛の女の子も彼の上にこんな風にしなだれかかったのだろうか。不服だ。そう考えつつ目の前の男の憎らしい首に額を押し付ける。
元々、この同僚とは気の合うとても近しい友人だったのに、どうしてこんな風にお互いの恋人にちょっかいを出するような関係になってしまったのか。もうそんなのが何年も続いてる。

かつて、かわいい黒髪の恋人と、尊敬する友人を同時に失った時には頭を撃ち抜かれたような気分になった。そして怨みったらしいわたしは泣くことも、女を取り返すことも、こんなこともあるさと割り切ることもできず、当時の彼の恋人を寝取った。そこからこのくだらぬ応酬は始まったのだ。
そういえば、プロシュートが当時付き合っていた子は髪も瞳もわたしと同じ色だったな。それを口実に近づいて、どうしようもない台詞と態度で口説いたことを思い出す。あの子はあんまり、わたしのタイプではなかった。

「泣いてるのかよ」

「泣いてない。ほんとに最低……」

わたしの好きになるような、かわいくてちょっと頭が悪くてエロい感じの女の子って、この男の趣味じゃあないはずなのに。
というかこんなことになる以前、プロシュートはきちんと付き合ってる一人がいる時には決して他に手を出したりはしない男だった。
わたしたち二人の燻った事情を最も詳しく知るホルマジオも不思議そうに言っていた。あいつは今まで、仲間の女にちょっかい出したりするようなやつじゃあなかったけどなぁ、と。わたしもそう思ってたから、初めて人に自分の恋人を紹介したのに。

「わたしはもうやめる。あなたとこんな風になるだなんて……わたしたち元々、仲良しだったじゃない」

彼は膝からわたしが落ちないように背中に片手を回して体を起こした。もう片方の腕を伸ばしてテーブルの灰皿で煙草の火を消す。そしてまた背中をソファーに預けて、未だ膝の上にいるわたしに視線を向けた。綺麗な顔が何よりもそばにあった。彼に対してだけは、この人が女の子だったらな、と思わないのはどうしてだろうか。可愛い顔したメローネやイルーゾォにはよく思うのだけど。

「それはオレの求めるナカヨシじゃあねぇ」

「なによそれ……」

顔をしかめて、変なことを言い出すブロンドの男の顔を見やる。この唇があの赤毛の子の肌に口付けるだなんてむかつく、寂しい、あんまりだ。
しかし、二人の人間のどちらに自分が嫉妬しているのか、たまにわからなくなった。

「わたし……あなたのこと兄みたいに思ってたのよ?なのにある日家に帰ったらあなたと自分の恋人がベッドで寝てるって、こんな最低なことある?」

思い出すと頭が痛くなる。あの日の絶望感たるや、筆舌に尽くしがたい。とにかくわたしはショックを受けて飛び出して、自分の住んでたアパートを燃やしたことだけは覚えている。ただひたすらに、この恨み晴らさでおくべきかと念じつつ。

「このアジトを燃やしてやろうかしら」

「……言っておくけどな、ナマエ。オレはあの性根の腐った黒髪に興味はなかった。他のやつらも、今回の赤毛も。そしてオレはおまえが好きだ。妹のようにではなく、だ。わかるか?」

顎を強く掴まれたまま言い聞かせるようにそう言って、口付けられる。相手が彼なので抵抗するほどのことじゃあないけれど、怒っている今のわたしは彼の肩を押して、顔を背けて唇を離した。恨みったらしく睨みつける。

「まだそれ言ってるの?わたしが男嫌いって知ってるでしょう……あなたたちはみんな同僚として好きだけど、」

「その中でも、オレは特別だと前に話してただろ」

「……だから、兄みたいに慕ってたって言ってるじゃない。今はもう違うけどね、残念ながら」

言い合いの終わりは見えなかったし、この話をするのは嫌だった。まだ単純に親しかった頃、酔った勢いでぽろっと話してしまったことを後悔している本音だ。自分でもよく分かっていないその気持ちを突かれるのは気まずい。……ので、逃げたい。しかし彼の膝から降りようとした時にはもうすでに腰を掴まれていた。

「離してよ!死ね!」

「あんな女たちよりオレにしろ」

「イヤ!あなたも男もみんな最低」

「女だって最低なやつはいるだろ。おまえが表層だけで選んでる女がそういうやつらだ。」

「男よりはマシよ……」

「世の中はおまえを傷つける男ばかりでもねぇ」

そんなことはわかっていた。でも女の子はみんな柔らかくて、少なくともわたしに肉体的な危害を加えない。眉を寄せて、暴れるのを止めた。

わかっているのだ。わたしが女の子に対してするのと同じくらいに、むしろそれ以上に甘えられるのがこの男であることも事実だ。散々傷つけられはしたが、わたしもこの人を散々傷つけた。

ずっと前からたまに気が向いたようにされるキスだって、プロシュートのなら悪くないって密かに思ってたから抵抗しない。その理由が、この男が女みたいに美しいからなのか、それとも兄のように気兼ねないからなのか、わからない。そもそもわたしに家族はいないので兄がどんなものなのかも実は知らない。
彼の指の背中が、わたしの顔の輪郭を耳の下からするっと、顎まで撫でた。

「おまえを愛してる。女だからじゃあねぇ。例えおまえが男でも変わらない」

プロシュートの声色には静かな凄みがあった。

またキスをされた。ふざけたようなものでも、気まぐれな感じでもない。熱っぽくて野生的な、男を感じさせるものだというのに、わたしは初めてされる種類のそれに甘んじて応えてしまっていた。男の匂いがわたしを包む。
唇を離す頃にプロシュートは少しだけ、ほんのりと笑っていた。そしてわたしの髪をやさしく撫でる。彼を見てるといつも安心した。それは家族みたいな、そういう気持ちだとずっと思っていたのに、今は何故か甘い胸の痛みを伴う。どんな女の子にもこんな気分にはならないのに。

「……男とのセックスは怖いの」

「無理にしようとは思わねぇよ。今はこれでいい」

ぎゅうと彼の腕に抱きしめられた。この腕はわたしが好きになった女の子たちを抱いてきた腕だし、抱きしめられるわたしの身体は彼の恋人たちを慈しんだものだ。今更何してるんだろうか、わたしたち。
こんなハグだって、数年前は普通にしていたじゃあないか。あの頃と、セックスができないのに一緒にいることと、何が違うっていうのだ。
しかし、硬い腕の中は少しも柔らかくないのにいつでも心地よい。

「プロシュート、あなたはわたし以外の人に行かない?」

「行かねぇって知ってるだろ」

「……そうね」

わたしの負けなのかもしれない。まだ気持ちの整理もつかぬままに。しかしそんなのを言い訳にしてきたことのツケだろうか?

たくさん怒って疲れた。とにかく今日は甘んじて、この腕の中にいることにした。明日になってみたら、また女の子にキスをしたくなるかもしれない。
つまり、今は目の前の男とキスがしたかった。