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膿んでゆく季節


殺した男の部屋を漁っている時、クローゼットの中にいたのが彼女だった。14かそこらに見えるその美しい少女はダクトテープで口や手足の自由を奪われて、掛けられたスーツやシャツ達の間からオレをじっと見つめていた。絶望的なそんな状況下にいるっていうのに、少女は震えたり暴れることもなく、印象的な眼には確かに強い意志を灯していた。


「終わったよ」


街灯が照らす石畳を蹴る踵の高いヒール。揺れるカクテルドレスの裾。少しレトロなデザインのそれは彼女の身体のラインを美しく見せている。深く吸った煙を吐き出し、凭れていた車から腰を上げた。

「オレが出るまでもなかったな」

「簡単だったね。立場ある人間ってみんな色欲だけが娯楽になるのかな」

そんなことを言いながら彼女は助手席へと乗り込んだ。オレも運転席に座り、キーを差し込む。エンジンのかかった車体が走り出すといつもナマエは決まって窓を開けて外の景色を眺めた。

「……ヤられなかったかよ」

「変なこと気にするね。すぐに教えてくれたから、殺したよ」

仕事がうまくいけばそんなことどうでもいいって風に彼女は答えた。実際ガキの頃から散々な目にあってきた彼女が今更男に犯されたところでもうなにも感じないのだろう。それよりも怯えたりよがったふりをしつつ、どう相手の隙をついて殺してやろうか、そんなことを冷静に考えることができる女だ。出会った頃からすでにこの女はそういう能力を備えもっていた。
問題はこちらの方にある。

オレの吐く煙と、彼女の香水の匂いが車内でまじり、外へ流れていった。オレがいつだかやった香りを彼女は気に入って長らく愛用している。

「…もう次からこういう仕事は無しだ」

灰皿に火のついた先を押し付ける。火が消える頃、彼女は窓枠についていた頬杖をやめ、こちらを向いた。眼は普段よりも少し大きく開かれてじっと迷いなくオレ俺を見つめる。

「なによ突然」

「俺からリゾットに話す」

驚きから訝しげな視線に変わったが構わずタバコをふかしながら片手でハンドルを切る。彼女もオレから視線を外し、フロントガラスを見遣った。車体は海沿いの道に合わせて緩やかにカーブしてゆく。

「……わたしの得意分野よ」

「おまえのスタンドはドンパチもできるだろ」

「こっちのが確実よ。あなたたちにはできない仕事だってできる。役に立てるの。………最近のあなたはどうかしてるよプロシュート」

そんなことは自分自身が一番わかっていた。ナマエはため息をつくと徐ろに小さな黒いバッグの中からシガレットケースを取り出し一本咥える。細い指に似合わない無骨なジッポで火をつけると深く吸い込み、そしてゆっくりと吐き出されたそれはおそらく窓の外へ消えていった。オレはもうフロントガラスに視線を戻していた。普段のこいつは喫煙者ではないが、出会った頃から稀に気がつくと吸っている。
しばらく車内には沈黙が続いた。まだかなり残ってるであろうタバコの火を消すと、ナマエは車を止めてくれと言った。黙って道路の脇に沿って停車する。田舎の車も人通りも無い海沿いの道には、街灯と少し遠くに見える灯台だけが唯一の光だった。
彼女と視線がぶつかる。訝しむというよりは、それはオレのことを心配している目つきだ。彼女はもう既に一人の仲間として俺の隣に立ち、こちらを気にかけることができるような自立した女だった。
まとめられた髪が煩わしかったのか派手な色が塗られた指先が片手でそれを解く。彼女の肩や鎖骨にウェーブした髪が落ち、そしてまたオレへと視線を戻した。

「あなたが教えたんじゃない。殺しも、セックスも」

落ち着いた声色が車内に響く。
その言葉に答えずに右腕を伸ばして彼女の首の後ろを掴んだ。身を乗り出しながら引き寄せても抵抗はなく、アイシャドウが映える眼はあの日と同じようにオレを見つめる。いつからか彼女は化粧を覚え幼い顔つきを隠すようになった。
うなじから離した手で助手席の椅子を倒した。それと一緒に後ろに倒れまいと肘をついた彼女の上に乱暴に乗り上げる。至近距離にある顔は眉をひそめて俺を睨み、ゆっくりと慎重に言葉を吐き出す。

「……わたしを、あなたのものとでも思ってるの?」

ワンピースの裾を捲り上げた。ドレスのラインのためだろう、下着はつけていなかった。ナマエは抵抗しない。オレとのセックスでそんなことしたことなかったからなのか、それともこの状況でどうしてか気の立った目の前の男を諌めるためには大人しくしているしかないと思っているのか。
その動機がどちらにしたって、オレたちの関係はあまりに爛れ過ぎている。



強引に入ったナマエの中はあたたかく、狭く、よく濡れていた。胸に自分の脚を押し付けられながら彼女は眼を細めてオレの動向を見つめている。肌を上気させ、たまに眼を閉じ、なぜだか声を必死に我慢していた。誘うように喘ぐんだと教えたはずだったが、必死に自分を抑え込む彼女にどうにも駆り立てられるものを感じる。快感に耐え理性に必死に縋り付くも、時折首を仰け反らせる。演技もできず、そんな顔をする程に気持ちいいのかナマエ、オレもだぜ。

元より年齢に不相応な精神力と判断力持っている女だった。オレはそこを気に入って様々なことを教え込み、そして彼女は期待以上に応え、リーダーからも仲間たちからも認められるに至っている。上から彼女単体へ依頼が降りてくることも良くあった。オレは元々、そういう自分が手塩にかけて育てた少女が成長していくのを喜んでいるような、そんな立場だったはずだ。
しかし最近ではチームの他の奴らや組織のものが彼女の話をしていると薄汚い感情に支配された。いつから俺はどうしようもねぇ支配欲を、この自由な女に対して持つようになってしまったのか。

車内は窓を開けてるというのにひどく暑かった。彼女と俺の荒い息やら厭らしい水音やらが響く。やはり彼女の膣は俺のために誂えられたかのようにぴたりとはまった。当然だ。オレが一番この女を抱いたのだから。

「オメー…、どっかの幹部のやつと寝たろ」

「……だったら、ッなんだって、いうのよ…うっ……あっ、あなたにっ、関係なんて…ッ!」

「ああ、関係ねぇな。……なぁ、良かったかよ、あいつとのセックスはよォー…。オレの癖が染み込んだここに突っ込んで、あいつはよさそうにしてたかよォ……なぁ、ナマエ」

彼女の瞳に怒りの色が滲む様子が窺えた。我ながら最低なセリフだが、これが見たくてオレは彼女を侮辱した。



もう何年も前のことだ。誰もいない田舎のビーチで、ナマエはガキ臭いワンピースを揺らして裸足のまま、波打ち際で遊んでいた。前の晩にオレはちょっとしたことで珍しく彼女の怒りを買い、その埋め合わせに車を出したのだ。ジリジリと夏の日差しが照りつける日だったが、道中車の窓を開けて外を眺めるナマエの様子は涼しげだった。窓から海を見て笑う横顔も、波にはしゃぐ後ろ姿も、その前の晩の怒った顔にも、彼女の心の揺れにオレは愛おしさを感じた。

ナマエが何かを言おうとしているのがわかった。言葉を吐き出したいが、ぴたりと咥え込んだそこの最奥部を突かれて喃語しか出てこない、そんな感じに見えたが、中断してやる気もさらさら無かった。快感に抗い、必死に彼女が言葉を紡ぐ。

「わたしは、あなたのものじゃあッ、ないわっ……」

怒りと快楽に震えた声で彼女はそう言った。その声がオレの心臓を殴る。口紅が落ちかけたそこに深く噛み付いた。そのまま彼女は達して、オレの身体の下で声にならぬ声を上げてふるえたが、酸欠になりそうな彼女の口内すらも蹂躙する。ターゲットと寝る時、おまえはこんな風にはならないだろナマエ。オレだっておまえだって、一番気持ちいいのはお互いなんだ。それは変えようがない。おまえが一番、わかってるだろう。

ぐったりと、倒した助手席に身を横たえる姿を見下ろす。解かれた髪は乱れ散らばり、美しいドレスも皺だらけになっている。息も絶え絶えになりながらも、尚もこちらをじっと見上げる半分しか開かない双眸。薄暗い車内でもまるでうっすらと光を発しているうわばみのようなそこにある意思が鈍ることはない。また唇が開かれる。

「……でも、わたしはあなたを愛してる」

発された声は弱々しくも、震えてはいなかった。無意識に指の背中で彼女の頬に触れる。汗ばんでいた。今こいつはなんて言ったんだ。ナマエはオレから眼をそらさず、じっと見つめ合う。強い覚悟がそこに宿っている。いや、ずっとあのクローゼットの中から、こいつは覚悟を決めている。彼女の双眸はずっと、先も見えない暗闇を見つめているのだ。
覆い被さりキスをする。首に細い腕が回った。この女を真っ直ぐに愛す覚悟を決められてないのは、オレの方だ。

いつからかなんてわかりきっている。オレはクローゼットを開けた瞬間に既にこの女に惚れてしまっていた。こんな生業のオレたちには互いを幸せにできる確証など少しもないというのに、もう後戻りはできなかった。しかし彼女はそんな現実をもぺろりと飲み込んで、腹のなかに収めてしまっている。

最近怖いくらいに魅力的になった、だなんて彼女を知る者が言っていたのを耳にした。聞いて呆れる。この女は始めから、そしてこれからも、恐ろしいほどに魅力的じゃあないか。既にオレに逃げ場はない。もちろん彼女にも。

題名:徒野さま