昼下がり
一緒にでかけようって家まで迎えに来てくれた露伴くんに体調が悪いから出られないと伝えた。少し考えるそぶりを見せた彼であったが、いいから行こうとわたしを家から引きずり出した。手をつないで引っ張られてやって来たのは霊園の方の小さなレストランであった。下腹部の痛みが辛く情緒も不安定だから家から出たくなかったのに。この人のこういうところが嫌いだ。やっぱりこの人に口説かれて少しその気になりつつあったわたしはバカだったのかもしれない。そこまで考えて、レストランで出されたサラダを食べた。
あまりのおいしさに言葉を失った。そして驚いたことに、すっごく重かった下腹部の痛みや身体中のだるさ、頭痛吐き気が気づいた時には全部消えてしまっていた。気分まですっきりして、12歳からずっと続いてきた苦しみから解放されたような気がした。びっくりして顔を上げて微笑むシェフと、わたしと違う料理を上品に食べている露伴くんを交互に見てぽかんとしてしまった。
「ねぇ、本当にありがとう」
「トニオさんに十分お礼してたじゃないか」
「連れて行ってくれたのはあなただわ」
わたしの生理痛がひどいことにちゃんと気づいててくれた彼に言い様のない感動を覚えた。ちゃんと見ててくれたのだ。
少し前を歩く露伴くんは振り向いて微笑んだ。それは穏やかな笑顔であった。この人は元からこんなにやさしかっただろうか?いつも強引で自分のことしか考えてなくて、言い寄ってくるのもわたしの過去やスタンドに対するただの好奇心や興味本位からだと思ってた。今思えばそれはとても彼に対して失礼な評価である。人をきちんと見つめていなかったのはこちらの方だ。
「きみをどうしたら大事にできるのか僕にはわからなかったから、今日やっと成功できてよかったよ」
突然花畑に連れて行かれたり、生理的にきもちわるい描写の多い(でも内容はすごく面白かった)漫画を読まされたり、迷惑だなあと思っていた彼の行動もわたしを想ってくれて迷走した結果だったのかもしれない。いままで煩わしい人間関係を避け続けて来たが故のこの人の不器用さが途端に愛おしく感じられた。
「何度も言うけれど、僕はきみが好きだ。尊敬しているし、誰より仲良くなりたいんだ。前に助けてもらった恩もあるしな」
「…わたしの方こそ、とても大切な恩ができたわ」
頬に柔らかく触れる手。精密な絵を一瞬で書いてしまう神様の手だ。見つめてた彼の顔が近づいてくる。うっとりとしてしまっている自分に気づき、今ならキスされてもいいと思えた。
思えばいつまでも他人を拒絶し続けて拗らせていたのは私の方だろう。上辺で取り繕うことばかり上手くなっていくばかりの私と相反して、この岸辺露伴という男は他人をどのように思いやるべきか日々考えていたのだ。この人は純粋だ。
「おっ、露伴先生じゃないっすかぁ?」
露伴くんの後ろの方から聞こえてきた声。煩わしそうに振り向いた彼の横から、手を振っている仗助くんと億泰くんがいた。
「全く…アホどものせいで台無しじゃないか」
「高校が終わった時間かな」
こちらに歩いてくる仗助くん達を眺めながらそう言ったら、わたしの顔を黙って凝視している彼に気がついた。なに?ときくと突然左手を握られる。
「…初めてだ」
「え?」
「きみの笑う顔さ」
大きな手に力がこもり、露伴くんはわたしにキスをした。唇を食まれて、もっと深くなりそうだったから慌てて彼から体を離す。高校生たちの方を見ると、強面の彼らも驚いて固まっている。だけど露伴くんはこちらをじっと見つめて柔らかに笑っていたので、わたしも自然と口元が緩んでしまった。