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深淵の子らよ


※近親相姦



彼とともにベッドへしなだれこみ、息ができないくらいにキスを繰り返した。ここの色だけは同じねと、母親から子供の頃に優しく見つめられながら言われたのを思い出す。そんな、わたしと唯一同じ瞳がわたしを見つめて、息を荒げた唇が子供の頃と同じように名前を呼ぶ。一度箍を外してしまえばもう止まらなかった。

彼はどんな女の子たちとこういう風に過ごしてきたのだろうか。その子たちはきっと彼を愛していたのだろう。わたしは分からなかった。今わたしの身体の中に自分の身体の一部を埋め込んだこの男が、血を分けたとは思えないほど偉大なる優しさを持つこの男が、どんな風に愛おしいのか形容できなかった。

身も心もぐったりとしてしまった。荒々しさと優しさが同居する行為の末に待っていたのは体験したことのが無いような絶頂と、彼の愛の言葉であった。確かに耳に届いたそれに、浅ましいわたしは聞こえないふりをした。昔も眠る前だとかに、彼が額にキスをくれてそう呟いたことを思い出す。あの頃わたしたちは普通の、お互いを家族として慕い合う兄妹だったはずだ。少なくともわたしが母親について家を出たあの日までは。

父が死ぬ日に兄と再会した。わたしはもう母には会えない。自分がそれを許さない。わたしと兄は、この期に及んで二人きりだった。人生において心と身体が大きく成長する時期をともにできなかったわたしたちは今更きちんと再会したところで既にほとんど赤の他人で、自然に抱きしめたり頬にキスをすることもままならなければ、まともな話し方すらもわからなかった。
たまに街で会って、彼と口を利く。顔見知り程度の人たちが無理やり世間話をするような、違和感しかない互いの現状報告だ。わたしたちは立ち話しかしなかった。レストランやカフェに入ることは殆どない。

だけどわたしはそのわずかな時間を密かに愛した。兄は煩わしく思ったかもしれない。大抵彼のそばにはあちら側に属しているであろう男の子がいて、わたしと同い歳くらいのその少年は離れたところから静かにこちらを見つめていた。兄はわたしと彼を接触させたがらなかった。
突然現れた逃げ出した妹なんて憎いか、もしくはなんの感情も抱かない筈だと思っていたが、こんな世界に身を置いてまで、やはり彼が優しい男であることに変わりはなかった。だから絶対に、せっかく便利な能力を持っているわたしを彼の世界へ引き入れてはくれない。

芳しくないところで遊んでいた今夜のわたしは、身体を触って話しかけてきた男にうちに来ないかと誘われ、軽い気持ちでその話に乗った。黒髪で、背が高くてスレンダーなその姿には重なるものがあったから。その男のアパートの部屋に連れ込まれて、服を脱がされながらベッドでキスをする。セックスは特別好きじゃあなかったけれど、薄っぺらい嘘でも、好きだとか愛してるだとか言われるのは悪くなかった。

しかし、突然男はわたしの身体の上にまるで糸が切れたように倒れこんだ。鈍くのしかかる男の肩越しに、じっと暗闇からわたしを見下ろす兄の姿が見えた。兄は意識を失った男をベッドの下へと蹴り落とす。なにも着てなかったわたしを趣味の悪い香水の匂いがするシーツに包むと外に停められた車へと押し込み、一言も口をきかないままに車は彼の家へ向かった。

初めて訪れた、かつての子供部屋とは似ても似つかぬそこでベッドの側へ立たされて、シーツを剥ぎ取られる。薄暗い部屋で彼の目の前に自分の身体が晒された。羞恥心でどうにかなりそうだというのに、わたしは身を隠すどころか少しも動けない。そしてわたしは兄に抱かれた。わたしもずっと切望していたかのように彼を必死に求めた。

もう身体を起こすことも煩わしく、逃げる術もなく、わたしは持ち主の匂いがするベッドの隅っこで彼に背中をむけて目を閉じていた。知らない匂いがした。心地よい、男の匂い。

「ナマエ」

後ろから名前を呼ばれる。腕が伸びてきて、わたしの身体を彼が背中から抱きしめる。うなじに、それはもう優しくキスが落とされて、恐怖がわたしを襲う。どうしてこんな女を許すんだと、そう頭の中で問い続けた。どうしてあなたはそんなに優しいんだ。どうして、こんな最低な妹を咎めてはくれないのだ。
いつしか嗚咽が漏れて、わたしは必死で彼の腕から逃れようともがいた。こんなに優しさを貰ってはいけない。それなのにしなやかな腕はビクともしない。

「や、やめ…」
「聞いてくれ」
「離して、おねがい、兄さん、離して…ッ!」
「お前にまた会えた時、オレは本当に…」
「やめて、言わないで!」
「ナマエ、頼むから聞いてくれ」
「聞きたくない!イヤ!おねがい…ッ…う、うぅ…っ」

喚き散らして子供のように彼の言葉を遮る。いよいよ涙は止まらなかった。身体に巻き付いていた彼の腕がするりと離れてゆく。そして身体を起こした彼が強い力でわたしの肩を掴み、ベッドへ仰向けになるように縫い止めた。涙越しに自分と同じ瞳が見える。怖かった。

「…誰もおまえを責めたりしない。何がおまえをそんなに苛むんだ?オレは父さんを、おまえは母さんを守ったんだ」
「違う、ちがうわ…!あの人はわたし無しでも生きられた!ママもパパもあなたを、優しい兄さんを一番に愛してた」

そしてそれは、わたしじゃあない。最後の声は小さくフェードアウトしてしまう。
醜い表情も声も心も彼の前に晒してわたしは泣き叫んだ。

「わたしは、ママの愛が欲しかった…。兄さんがいなければ、独り占めできると……ただわたしはそんな、…汚い、気持ちで…ッああ、うっ……」

両手で顔を隠して泣きじゃくる愚かな妹を、兄は、兄さんは変わらず肩を掴んでじっと見下ろしていた。わたしの彼への愛は羨望だ。この人の心が、兄としても、一人の男としても、心底羨ましい。今更それを自覚した。だからわたしが彼に恋人のように抱かれるだなんて許されるはずがなく、裏切り者は一人きりで生きていかなければならない。それは紛れもなくわたしが享受すべき罰だ。
ベッドの前で肌を晒されたあの瞬間、わたしは漸く罰を与えてもらえるのかと思ったというのに。

彼はわたしの両手首をきつく掴むと顔からひっぺがした。彼の瞳を見る前に、深くキスをされる。荒々しい獣みたいなそれの息苦しさに酔いしれた。お願いだ、償わさせてくれ。容赦なく物みたいにめちゃくちゃに扱ってくれ。そう願いながら。



それなのにこの優しい男はどこまでも寛大にわたしを許す。



「…わかっているよ。ごめんな、辛い思いばかりをさせた。かわいいオレのナマエ。やさしいおまえを、昔からいちばんに愛してるよ」

彼の言葉は昔のように変わらず優しく紡がれた。美しい黒髪も、決して揺るがぬ燦爛たる優しさも、わたしは何一つとして手にすることはできなかった。それなのになぜ、此の期に及んでそんな言葉を。

なにも解決には至らなかった。わたしたちの情事は燻った感情をさらに渦巻かせ、互いの逃げ道を塞いだ。しかしそれしかわたしたちはできなかった。今のわたしたちの間には衣服も、シーツも、なにもない。わたしたちはただただ、同じ人間から与えられた互いの名前を呼び合う、愚かな男と女であった。

題名:徒野さま