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- ナノ -
ドレスコードを解読せよ


急いでたから指の腹でアイシャドウを塗った。中にシルバーのラメが煌めくそれは昨日もらったドレスと同じ色だ。アイラインをつるんと引き、マスカラを塗って、黒いケースをひねって出てきた鮮やかなボルドーの口紅をこれまた指で唇に少しずつ乗せて、そして漸く愚かなわたしは気がついて青ざめる。ネイル!ネイル塗るの忘れてた!!


「なんだ、どうしたっていうんですか」


思わず叫んだせいで寝室のドアが勢いよく開かれた。慌てて入ってきたジョルノは振り返ったわたしを見て突如動きを止める。わたしも間抜けに口を開いたまま、いつのまにかわたしの部屋の居間に来ていたらしき彼を見つめた。

黒い仕立ての良いスーツをきっちりと着ている彼は本当に綺麗だった。うっすらと穏やかに光を反射する細かいストライプや深い紫のタイが、彼の男性らしからぬ生まれ持った色香を尚一層引き立てている。わたしは本当に今夜この人の隣に立つのだろうか?
そんな彼はゆったりとした足取りでわたしの側へと歩み寄り、自然と立ち上がったわたしも伸ばされた腕に触れる。


「…ナマエ。なんて綺麗なんだ」


じっと彼が穴があきそうなほどにわたしを見下ろす。わたしが化粧するために纏めていた髪を、甘い言葉をつぶやく彼の指先がほどき、肩にするりと、先程巻いたそれが落ちた。キスをゆったりと、唇を重ねて何度も受ける。ああよかったなぁ頑張って準備して。
こういう二人きりで向かい合ってる時の彼の動作の、なにもかもにいつもうっとりとしてしまった。わたしが怒ってる時だって、泣いてる時だって、笑ってる時だって、いつだって彼の時間に巻き込まれて酔わされてしまう。

ゆっくりとした動作で、彼の唇についたわたしの口紅を親指で拭っていると、そこでまた間抜けなわたしは大切なことを思い出して大声を上げる。ムードをぶち壊すのはわたしの特技の一つであり、たまに彼をちょっと怒らせる要因の一つでもある。まあ、たまに怒ってる顔が見たくてわざとやるけど、今は本当に焦ってるのだ。


「ネイル!!まだ塗ってないの!パーティが!」

「ネイル?そういえばさっきも騒いでましたね」


わたしは何よりも爪にポリッシュを塗る作業が嫌いで苦手で仕方がなくていつでもずっと後回しにしていた。そしてこんな時間になって、失念していたことに気がつく。まるで脳が意図的に嫌なことを選んで忘れていたかのようだ。
呻くわたしを見て彼はそんなことかよって顔をしたけど、すぐに何の問題もないよと髪を撫でた。彼はわたしをベッドへ座らせると、背中を向けて化粧品が転がりまくるドレッサーへと向かう。引き出しを開け、液体が入った小さな瓶を手にしてすぐにまたこちらへと戻ってきた。ジョルノは隣に座ると脚を少しベッドへ乗せてわたしへ身体を向け、視線を伏せたまま唇を開く。


「指を出して」


言われるがままに右手を差し出した。わたしよりも綺麗な指先が蓋を回して持ち上げ、たっぷり液体をつけた刷毛を容器の口でしごく。彼はもう片方の手でわたしの差し出した手を柔く支えて、この日のために少し伸ばしておいた爪に、ルージュと同じ色のエナメルをそっと塗っていく。
またもやうっとりと、ただそれを見つめた。

できたよという言葉によって夢から覚まされる。目の前に自分の両手の指を広げ、部屋の明かりを綺麗に反射するほどに完璧に塗られたまだ乾かない半液体を見つめた。


「初めてのわりには上出来でしょう」

「どうしてわたしより上手なのよ」


どうしていつもわたしに似合う色がわかるのよ。言葉にはしなかったが、そう考えると思わず微笑んでしまう。彼もまた笑ったが、それはかわいい悪巧みをしている子供のようなものであった。

彼は彼自身で選んだ背中の空いたドレスを着ているわたしの腰から背中を撫であげて、肩を掴むとベッドへと倒した。思わずコラてめぇ!と口汚く罵りがらもペンキ塗りたてならぬネイル塗りたてのわたしは一緒に倒れこんだ彼の肩にそっと手の平を乗せるくらいしかできない。
視界に映る天井と、スーツをきちんと着た我らが美しき、愛しきボス。


「抵抗できないきみを組み敷くのも楽しいですね」

「…悪趣味な」

「きみは怒るとすぐにぶったり殴ったりしようとしてくるんだから、たまには良いでしょう」

「そんなことない。いつもわたしはあなたのペースだよ」

「どうだか。」


いや、絶対いつだって彼のペースだ。そしてこの人はほんとうに悪趣味な男だ。先週になって突然、こんな教養も清らかさも無い女を隣に引き連れて格式高い催しに出席するだなんて言い出したのだから。
わたしは自分の好きな種類の服や化粧品で着飾るのは好きだったけど、そういう場所には全く興味も縁もなかった。自分のために服を選んで着るのが、わたしはなによりも好きなのだ。

でも今夜は彼のためだけに着飾った。彼の選んだイブニングドレスと靴を身につけて、それに合わせて全ての化粧をして髪を巻いた。普段使わない色やデザインばかりを選んで。だって先週の彼は嫌がるわたしの手をとっておねがいですと、ただただ無邪気な顔でそう言ったのだ。

たまに現れる甘えた態度や、細やかに怒ったときの少し拗ねた感じ。彼のそういう単純な感情を垣間見ることがわたしはとても好きだった。限られた人間にしか見せないであろうそれを受け取ると、こんなひねくれた女に至るまでの自分の過去すらも肯定できた。

だからジョルノ、あなたのためならどこにでも行こう。


「本当に今夜のきみは一層魅力的だ……。ぼくのガッティーナ、今すぐきみを抱きたい」

「やー!やめて〜…その気にさせないで〜〜っ…今はダメ!困るのはあなただから」

「ふ、わかってるさ。でもキスくらいはいいだろう?今度は口紅を塗ってあげるから」


今度は戯れるようにキスをされて、わたしの口紅はせっかくさっき拭ってあげた彼の唇へと再び移った。もう爪は乾いただろうか。シャネルのポリッシュはすぐに乾くから良い。恐る恐る、彼の柔らかな唇を撫でた。そろそろ行かなくてはいけないじゃあないの?ジョルノ。主役はあなただよ。どこでも。

彼は部屋を出る前にわたしの首に新しいネックレスをつけてくれた。それはあんまり自分では選ばないゴージャスなデザインだったけど、わたしの首によく馴染んだ。
彼のためになんて言ったものの、今夜のドレスも、それに合わせた靴やバッグも、わたしは結構気に入ってる。彼が気まぐれに選ぶものはみんなわたしに良く似合い、その周りのものも、わたし自身も引き立ててくれるのであった。そういうものをわたしは愛していた。

題名:徒野さま