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僕ら銀幕の切れ端を追ってゆく


まだチームの形も無い頃のことだ。

ブチャラティがたまに街で喋ってる女の子がいた。いつもゆったりした太いジーンズにタイトなタンクトップを着てるようなラフな格好なものだから、てっきりこの街の中学校だか高校だかに通っていて、彼へ常に何かしらの相談事がある子なのかと思っていた。あの男の人格だ。そういうのは珍しくなかった。しかしそれでも彼女は印象的だった。

「彼女はスタンド使いだ」

ある日、話を終えて別れた彼女の後ろ姿を見つつブチャラティが言った。すこし離れたところから見ていたぼくは歩み寄りながらその言葉を聞き、驚いて遠くに見える後ろ姿を再び見やった。彼女はバレリーナのような綺麗な姿勢を崩さずに、カジュアルな服装で自分の時間を歩くように街角へ消えてゆく。

「…組織の者なんですか?」
「いや。そうはさせないさ」

その含みのある言葉以外に彼はなにも言わなかったの、でぼくもそれ以上尋ねることはしなかった。それももう遠い記憶である。

墓地にいた彼女はジーンズではなく、黒いワンピースを着ていた。やはり綿素材のラフなデザインだが、質は良さそうだった。彼女はそばに歩み寄るぼくに気がつくと墓標から顔を上げ、こちらの顔をじっと見つめて唇を開く。

「…フーゴさん」
「久しぶりですね」

ぼくの名前と顔を覚えていたことに少し驚く。言葉を交わすのは初めてのことであった。彼女は既に墓石の上にささやかな花束を置いていた。ぼくもそれに倣って、手にしていた違う色の花を並べる。こうしていくつも色があると綺麗だ。

「きみはブチャラティの恋人だったの?」
「……まさか」

また墓標へと視線を戻して、彼女は自嘲気味に笑う。その笑みがどのような意味なのかわからない。
ぼくたちは黙って同じ墓を眺めた。かつての上司の墓はいつ訪れても花が並べてあったが今日は彼女のとぼくのものだけ。ぼくがここへ訪れた時に感じるのは贖罪と、寂しさと、後悔と、感謝と、あと、なんだろうか。言葉には当てはめ難い、当てはめたく無いものがそこにはある。彼女にもその内のどれかがあるのだろうか。もしくは全てが。

しばらくしてから、墓地を出て一緒に歩いた。彼女はさまざまな土地を転々としていたが、今はまたネアポリスに住んでいるらしい。

「兄なのよ」

その言葉を聞いて思わず隣を歩く彼女の横顔を見た。生まれつきなのだろうか、それとも色を抜いたり染めたりしているのだろうか、彼女の髪はあの烏の濡れた羽のような見事な黒髪ではなくもっと薄く淡い色だった。しかし言われて見ると、すこしじとりとした他人を慎重に見据えるようなその目つきは見覚えがある。

「そんな風には少しも見えなかったよ」
「昔から似てないからね」

似てないことが理由ではないと断言できた。ブチャラティと彼女が二人で喋っている時、そこには少し距離があった。そしてその距離の間に漂うのは血を分けた兄妹のものではなく、明らかに男女の生々しい匂いであった。

なんとなくぼくは彼女をここで逃してしまうのは惜しいと思い、どうしたものかと考えあぐねていたところ、彼女の方がお腹が空いたと言い出した。だからぼくらは墓地からほど近いレストランに向かうことができた。ぼくは少し前に知ったこの店の味が好きだ。彼女と入ることになるとは夢にも思わなかったが。

かつて彼女は別れた両親の母親の方に引き取られ、以来兄とは何年も会うことはなかったと話した。そしてぼくがパッショーネに入るのと同じ時期に生き別れた兄妹は再開して、微妙な距離を保ちつつ同じ街で生活していた。ぼくが垣間見たのはそういう彼らであった。幼い頃に別れた性別の違う兄妹というのは互いをどのように感じるのだろうか。ぼくにはそもそも親しい兄弟ってのがいないから少しも分からなかったが、彼らの間にそれでも完全に別つことができなかった何かがあったってことはわかる。恐らく、一般倫理には背いた何か。

ぼくの知ってるブチャラティの話と、彼女の知ってる兄の話を交わらせ、ぼくらはゆっくりと食事をした。彼女はブチャラティについて話す前に、いつも一口ワインを飲んだ。

「あの人はやさしい。だから父親のもとに残ったの」
「きみは?」

尋ねるとまたさっき見せた微笑を浮かべた。

「……わかってたの。父親が、わたしたちを失えばダメになってしまうことを。それなのにわたしは自分の為だけに母親を選んだ。家族みんなを、同時に裏切ったのよ」

彼女の微笑みから、声から、彼女の過去に深く根ざした悔恨が感じ取れた。ぼくの全神経が彼女に注がれる。
ぼくは彼女を苛むその感情を震えるほどによく知っていた。そしてそういう気持ちを携えて引き摺り回して尚、自分の時間を生きる彼女を美しく思った。こんなものをずっと持っていたのか?この年月を、一人であんなふうに背筋を伸ばしてゆったりとした足取りで歩きながら、隠して引き摺って、腹の内に燻らせて。
そう考えた瞬間ぼくはテーブルの上で彼女のワイングラスを持つ手を強く掴んだ。驚いて見開かれた瞳をじっと見つめる。ぼくの衝動的な行動のせいでグラスが床に落ちて割れ、ウェイターが駆け寄る。ああよく見ると目つきだけではなく、目元の造形がほんのりと似ている。そう思った。

「……痛いわ、フーゴさん」
「そう、痛いんだ。ぼくもとても痛かった。きみには誰よりも、わかるだろう」
「……」

ぼくが彼女から様々なものを感じ取ったように、ぼくの手のひらの力で彼女はなにかに気がついたみたいだった。

ブローノ・ブチャラティという男の生涯に彼女もぼくもほんの少ししか関わることはなかった。ぼくたちは彼の魂の真髄には永遠に辿り着かないだろう。それでもぼくたちは生きていく必要がある。ぼくはそういうものを、彼女へ伝えたかった。そしてできれば彼女のこれからを、ぼくは見届けたいと思った。

題名:徒野さま