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「#お仕置き」のBL小説を読む
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イタチ2匹


マンションの前でナマエと鉢合わせた。オレに気がつくと彼女は訝しげな視線を投げつつ、目の前を通り過ぎてエントランス奥の階段へ消えようとする。しばらくそれをぼやっと眺めていたが、ふと正気に戻ってズカズカと歩きその背中を捕まえて、振り返らせた。キスをしてやろうと身を屈めると頬にビンタを食らい、ムカついたので腕と首を掴み階段の壁に叩き付けてやった。

彼女の持っていたジバンシィのバッグが階段に落っこちる。かなり前にオレが買ってやったものだ。そこからナイフが飛び出て、そっちは階段の下にまで落ちた。こいつオレを切りつけようとしてやがったな。

首を締められてまともに呼吸もできねえくせに睨みながら見上げる双眸はいつだって静かに光った。この距離のオレに力でもスタンドでも勝てないとよく知っているくせに、掠れた声で彼女が威勢よく叫ぶ。


「う゛ッ、離してっ!」

「このオレから逃げられるとでも思ってんのかテメェー」

「逃げてないわ、よ……わたしは、家に帰ってきた、だけ…!」


首を掴むオレの手に綺麗に色が塗られた爪が食い込む。こんな痛み大したことねぇし細っこい首を締め付ける腕力になんの支障も来さない。こいつはそれをわかってるが絶対にやめなかった。苦しそうに表情を歪めながらも、パンプスが脱げた脚が尚も蹴り上げようとしてくるので彼女の太ももの間に自分の脚をねじ込む。スカートが破れている。こいつ…今どこ狙って蹴ろうとしやがった…。


「…アジトで顔合わせたってシカトしやがって。ムカつく女だぜテメェはよぉ」

「うるせ、え、……文句あんな、らッ、繋いでみなさい、よッ」

「だからこうして今首輪つけてんだろォが」


酸欠の苦しみから彼女の眉間に皺が寄り、涙を溜めた眼を細めて睨んでくる。くだらないことをしている自覚はあるが、オレは良い加減にもうこの女を手中に収めてしまいたかった。
そんなことを考えていたら無意識に手のひらに力を込めてしまっていたので、パッと離してやると糸が切れた人形のように彼女の身体が壁を背に階段へとへたり込んだ。必死で息を吸い込み肩で呼吸をする身体の前にしゃがみ、顔を覗き込む。またオレの横っ面を打とうと振り上げられた手首を素早く掴み上げる。喉を手で押さえて涙と唾液でぐずぐずの顔してるくせに相変わらず光る眼。油断も隙もあったもんじゃねぇ。


「さっさと帰ってこいよなァ?」

「…どこによ」

「分かってて聞くんじゃあねぇよ。オレはお前のことくらいしか上手く愛せねえんだって、お前がよぉーく知ってる筈だろォが」


どこが上手いんだよと彼女が小さく吐き捨てる。そんな彼女の乱れて顔に掛かった髪をどかしてやり、未だ荒く呼吸する唇にキスをした。今度は黙って受け入れる。首を締める代わりに手首をつかんでいた方の柔らかな手のひらを掴み、強く握った。手にも首筋も赤い痕が残っているが、こんなものはそのうちにまた消えてしまうだろう。


「ふつうに口説けないの…?そういうところが死ぬほど嫌い…」

「嫌いじゃあねぇだろ。だから逃げてんだよテメェは」

「……わかった風に言わないで」

「わかってんだよ」


睨みつつも嘘みたいに大人しくなった彼女の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。広い階段の隅っこで黙って見つめあってる時間はなんとなく間抜けだったが、こうして静かになると思い起こされる記憶がある。そしてそういう記憶が、目の前のかわいく不満そうな顔をしたナマエという女をより愛おしく感じさせた。


「もー疲れた……。わたし仕事終わりなんだけど」

「はいはいゴメンナァ〜」

「心込もってないんですけど」


酷く酒に酔いベッドへ潜り込んできた時の素直な言葉や、穏やかな寝顔のままオレの名前を呼んだあの声。こいつは覚えてねえだろうし、そこにあるものがどんな種類の感情かはわからない。それでも構わない。とにかくオレは一生かけてでも、どんなにイタチごっこを続けようとも、絶対にそういうものを正気の時のナマエに言わせてやろうと決めていた。

バッグと靴を拾って、スリットのように破けたスカートから裸足の白い脚が覗く彼女を抱き上げてやった。階段下で静かにしているナイフとはおさらばだ。今気が付いたが、丸く整えられた彼女の足の爪は淡い水色で塗られていた。
階段を登りながら部屋の場所を尋ねると、静かにオレの腕に身を委ねてた彼女がそういえば、と口を開く。


「多分まだ帰ってないけど、男の部屋なんだった」

「なんて名前のやつだよ」

「えーーーーっと……………あっ、シモーネだ」


通路を進むうちに現れた表札を見てそう言った彼女に少し笑う。突然脚を止めたので腕に引っ掛けている彼女のバッグが揺れていた。


「んじゃあ、そのこれから帰ってくるシモーネくんにオレたちのセックス見せつけてやろうぜ?」

「それは少し面白そう」


心底くだらなくて悪趣味な遊びの提案をすると、今日初めて笑った彼女によって首に腕が回された。部屋に入り込んで、キスをねだってくるかわいいイタチを床に下ろすと自分からしなだれかかってきた。ひとまず今晩は休戦となるようだ。