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神の色揚げ


これはどうしたものだろうか。頬杖をついてぼんやりと考えていたら向かいでピザを食べている男は顔を上げて不思議そうにわたしを見た。

「早くしねぇとピストルズに食われちまうぜ」

「なんだかお腹すいてなかったみたい。みんなにあげるよ」

そう言ってパスタの乗ったお皿をすこし前に押し出すと、ピザを食べていた小さな6人のスタンドたちが一斉に飛びついた。彼らが押し合いへし合い一本ずつパスタを食べていたり、腕を伸ばしてフォークで器用に一巻きを作りペロッと食べたミスタの様を眺めながら、すこし笑ってレモン味の炭酸水を飲む。

「…なんか悩んでるって風だな?」

もうこの男とも長い付き合いになる。彼とは食の趣味が合うので仕事の合間や終わりによく街へ夕食を食べに来た。そんなことを長く続けてはいるが、不思議とおかしな雰囲気になったことは一度たりとも無い。それはわたしたちが大きな存在を二人して信じているからなのだろうか。
手放しに命を任せられる程に信頼の置ける彼に、わたしは一つの悩みを打ち明けてみた。彼は最初かなり驚いたって感じの表情をした後、すぐに引き金を引く時のように真面目な顔つきになった。

「なんにせよ、決めるのはお前だな」

「そうだねぇ…」

「……オレァあいつのこと、結構よく知ってるけどよォー。心配いらねぇよナマエ。むしろオレはすこし嬉しくなってきたぜ」

皿から新しく取ったピザの尖った方をわたしに向けながら、ミスタは笑ってそう言った。この豪傑な精神を持つ男が言うのならそうなのかもしれない。この言葉がなければ、わたしはどこか遠くの国へ逃げ出していたかもしれない。


部屋のドアをノックすると、短くどうぞと返事が帰ってくる。男の人にしては高いのに透き通ったその声は何故が凄みを孕み、いつも端的な言葉しか口にしなかった。

「ああ、きみですか」

腕を組んで部屋の奥の窓のそばに立っていた彼はそう言って、歩み寄るわたしに手を伸ばした。わたしは跪いてそのキメの細かな甲に口づけようとしたのだけれど、その手はわたしの手首を握って掴むなり、自分の腕に引き寄せた。

「何か話したいって顔ですね」

じっと、輝く黄金の瞳がわたしの眼を見下ろした。長い金色のまつげは細い筆先で一本一本描かれたようにはっきりと彼の双眸を縁取る。窓からの朝の光を浴び、いつも以上に彼が美しく荘厳な空気を纏っているように思えた。

「ジョルノ…」

「今朝は甘え上手じゃあないか」

彼の首のあたりに顔を埋めて身を寄せると腰に回っていた腕がつよくわたしの体を抱きしめた。

「言ってごらん。何であろうと、ぼくがどうにでもしてあげるから」

全てを委ねてしまいたくなるような言葉がわたしの心をざわめかせた。
このつよくわたしを抱く腕は、その辺の石ころにすら生命を与えるだなんて恐ろしいことができてしまう。わたしもミスタも、その力に何度も命を救われている。わたしはそんなことができる人間を他に一人だって知らなかった。彼はまごうことなき神であり、そしてそんな神様の気まぐれで、わたしはすこしだけ他の人よりも近いところにいることをいまは許されている。いつだってそういう風に思っていた。

だから唇を開くのにはどうしようもなく勇気が必要だった。

「……あなたはついに、スタンドを使わずに、命を生み出したみたいよ」

眼を閉じて静かに、しかしはっきりとそう伝えた。すぐに肩を掴まれて身体を引き剥がされる。じっと彼がわたしの顔を見つめた。その瞳の奥にある感情がなんなのか、わたしにはすこしも分からなかった。
わたしはぼんやりと彼の返事を待った。はやく、答えを頂戴。いつもみたいに命令して。あなたに今すぐに死ねと言われれば、そうするから。
彼の指先がわたしのスカートの中に入り込む。その手つきに性的なものは感じられず、されるがままに彼の熱い手のひらがわたしの下腹部へそっとあてがわれるのを感じていた。ジョルノはわたしの眼を見つめたままだ。

「ここに?」

うん、と頷くとゆっくりと彼の唇が重ねられた。わたしは眼を閉じて、彼の柔らかくて優しい、しかしどこか支配的なそのキスに酔いしれた。長いキスを終えると唇が離れてとても残念に思う。なんだかずっと眠たいわたしはこれが現実なのかもわからなくなってきていた。

「きみは、どうしたいの?」

「あなたの望むままに」

「きみの気持ちを教えて。ぼくのアンジェラ」

柔く微笑む神聖で美しい顔。アンジェラって、たまに彼はベッドの中でもわたしをそんな愛称で呼んだけれど、こんな風に見つめながら言われたのは初めてのことであった。まだ下腹部に彼の手のひらがある。いま、この命は彼の手の内だ。

「産みたくない………震えるほど恐ろしい。だけど、わたしは、この子を殺すことも怖い」

目元に熱が集まり、眉間にしわを寄せて耐えるが、こぼれ落ちたそれはすぐに頬を伝ってしまった。こんな風に感情に支配されるだなんて、この人の前で惨めに泣くだなんて、初めてのことだ。子供の頃からさんざん多くの命を奪ってきたくせに、わたしは身の内に眠るこんなちっぽけな命をどうすることもできなかった。

下腹部から手のひらが離れた。ジョルノはそういうわたしの首の後ろを優しく撫であげると、額に唇を寄せた。ぼたぼたと溢れる涙を彼が指先や、唇ですくい取る。それはまるで子どもにするようにやさしかった。

「これは、ぼくの血が半分混じった命への、単純な感情だけれど…」

手のひらはわたしのお腹から離れた。彼は出窓にわたしを座らせて、その前に跪く。こんなことをこの人にさせるべきではないというのに。神様は続ける。

「出てきておくれよ。ぼくはきみに会いたい。今すぐにでも」

そう呟きながら、臍の下にキスをした。それからじっとわたしを見上げて、彼はわたしの手のひらを自分の頬に当てる。いつのまにか涙は止まっていた。

「ジョルノ、あなたを愛してるわ」

だから、わたしは何も恐れることなくその言葉を言えた。ジョルノは静かにわたしのその言葉を聞き、すこし眼を閉じてからまた睫毛を持ち上げて、今までで一番柔らかに、穏やかに微笑む。

「…ナマエ。きみのその言葉を、ぼくはずっと待っていたんだ」

立ち上がった彼が屈んで、座る私を強く抱きしめた。わたしも立ち上がり彼の背中に腕を回す。お腹の中の、あなたとわたしの血を持つ、新しい誰かが二人の間にいた。

「ぼくのほうが、ずっと深くきみを愛してるよ。きみも、きみが生み出した=Aそこにいるあなたも。安心して。何であろうと、ぼくがどうにでもしてあげるから。二度も言わせないでくださいよ…」





それから8ヶ月ほど。わたしとジョルノは首の後ろに星の痣を持った男の子に出会うことができた。なんでも器用にこなしてしまうはずのジョルノの腕は笑ってしまうくらい不器用に彼を抱き、ミスタは隣から彼の顔を覗き込んで、笑ってその名前を呼んだ。