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4th. Nowhere girl


「やけにご機嫌じゃあないか」

「なに?」

「鼻歌歌ってた」

完全に無意識だったが、どうやらぼんやりと床を眺めていたわたしは頭の中に浮かべていたメロディーを鼻歌にしていたらしい。
メローネはテーブルに座って膝の上のパソコンを弄ってたけど、顔を上げて窓の近くにいるわたしをじっと見ていた。わたしと眼をしばらく合わせると、彼はまた画面に視線を戻した。

「ビートルズかい」

「そう。いい曲よね」

「オレは特別好きってわけじゃあないな」

『Rubber soul』。そのアルバムの曲を1番目から順に頭の中で流すことが、突然発生する子供の頃からの癖だった。いつどこにいてもやってしまう不思議な習慣だったが、そんなこと誰にも話したことがないし、鼻歌にしてるだなんて指摘されたのは初めてのことだ。その時にわたしが歌ってたメロディーはたぶん、2番目の曲。好きな曲だ。
暫くまた沈黙が訪れた。窓の横の壁にもたれて、中断されていたさっきの曲がまた流れ始める。今度は鼻歌にならないように気をつけた。だけどそれもまた、彼の言葉で一時停止される。

「きみって…人間だったんだな」

なんだか感心するかのような言い方を可笑しく思った。

「わたしって吸血鬼にでも見えるの?」

「ああ見えるよ。普段なに考えてるかわからないし、昼間に会うのは今日が初めてだぜ」

そう言いながら相変わらずカタカタとキーボードを叩いている。次の任務について話があるからとリーダーに呼び出されて、眠い目を擦りながら真昼間からアジトにやってきたというのに、そこにいたのはメローネ一人で肝心のリーダーの姿はなかった。彼にしては珍しく何かで遅れているらしい。そういえば大抵ここに来るのは夜中だったなぁと考える。みんな結構ここに用もなくやってくるのだろうか?部屋にはいつもそこはかとなく生活感は残っていた。そういえばメローネが酒盛りに誘ってくれたことがあったっけ。考えてみればこの人と二人になるのも初めてだなぁ。

「それって…あなたにも全く同じ条件として当てはまるじゃない。なに考えてるかわかんないし、昼間にあなたに会うのはこっちだって初めてよ」

「当て嵌まらないと思うぜ。なに考えてるのかわからないのは、単にきみがオレのことを知らないだけだから。だけどきみはそうじゃあないだろ」

ああそうか、わたしは誰のこともよく知らないな。だからわたしが吸血鬼なのか。
この入ったばかりの日陰のチームはみんなお互いを深い部分で信頼しあっている感じがあるけど、そういうのはわたしにはあまりわからなかった。もちろんわたしは与えられた仕事は精一杯、一人でも一緒に組んだ人とでも命を張ることはできる。味方が窮地に立たされれば助けよう。でも別にそれは相手がこの暗殺チームの仲間だからというわけではない。ここが今のわたしの与えられた場所だからだ。どこにいてもわたしはそうだった。支障はないが、深みに入ることもない。ここが無くなれば、次に行くのだ。
そんなことを考えていたらテーブルの上にいたメローネはいつのまにか胡座をかいていた膝からパソコンを退かし、床に降り立っていた。

「…わたしってくだらない人間だな」

ぼんやりと、また頭の中に曲が戻ってくる。2曲目は終わって、3曲目。わたしはあんまりこの曲が好きじゃあない。自分は何か呟いた。

いつのまにかメローネがわたしの目の前にいた。曲は鳴り止まず、ボリュームのダイヤルを回すように頭の中で少しずつ大きくなる。彼はそういうわたしを見下ろして、顔を近づけた。彼の髪と同じ色のまつげが縁取る左眼がわたしを見つめる。唇を動かして彼はわたしに何かを言ったが、曲のせいで聞こえなかった。
彼はどうしてか、その唇をわたしに重ねた。何度か唇は角度を変えて交わり、しばらくすると舌が入り込んできた。目を閉じてみたら、頭に流れる音楽がより鮮明に聴こえた。こんなことをしている間にもう4曲目だ。わたしの一番嫌いな曲だった。もたれていた壁にさらに身体を押し付けられて、キスは深くなる。メローネの手はわたしのタイトスカートの中に潜りこみ脚の付け根に触れた。その手はいつの間にかグローブを外している。唇が離れ再び彼の瞳がわたしをとらえ、ぼんやりそれを見上げた。彼の指が身体の中に入ってきて、首を仰け反らせると首筋をざらりと舐め上げられた。早くこの曲が終わらないかなぁ。そういう思いとは裏腹に、4曲目だけが何度もリピート再生され、わたしを苦しめた。

メローネの腕がわたしの右脚を持ち上げた。ああ、少し苦しい。狭い穴を通って、身体の奥まで貫かれる感覚に全身を支配される。わたしの呼吸は荒く漏れ、彼は眉を寄せていたが少し笑っていた。あれ、なんでわたし、この男とセックスしてるんだっけ。揺さぶられながら思ったがわからない。彼の背中にすがりつく。わたしはたぶんたくさん声を漏らしているのだろうが、でもそれも聞こえない。4番目の、さみしい曲がうるさかった。それ以外になにも、なにも聞こえなかった。

広い背中に掴まるわたしの手に力がこもり、彼がわたしの腰を掴んでる手にも力が入って少し痛かった。きっとこれは痕になる。そして身体が浮くような、眠りに落ちる時みたいに気持ちいい感覚の後に、激しい脱力感。気がついたら彼と一緒にずりずりと壁を辿って床に崩れ落ちていた。頬の横にあるメローネの髪は柔らかくて、わたしの好きな甘い香りがした。彼の腕は力の抜けたわたしを存外優しく抱きとめている。
息を整えた彼がまた、汗ばんだわたしの首を犬みたいに舐めた。

「きみの血液型、AB型だな。ナマエ」

「……なんでわかるのよ…あなた気持ち悪いな」

「少しはわかったかい?オレが考えてそうなこと」

「…わかりたくないってことがわかったかな」

わたしの投げやりな言葉にメローネは目を細めて微笑んだ。
いつのまにかあの曲は鳴り止み、彼の声が耳に届いていた。わたしの息は未だ乱れている。疲れ果てて他にできることもないので半分しか開かない目で彼を見つめれば、またねっとりとしたキスをされた。リーダーはまだ来ないけど、彼が来る前にこの惨状を一体どう処理しようか。何もかもがべとべとだ。そんな心配でいっぱいなのに、今わたしはどうしてか、『Rubber soul』の13番目の曲が聴きたいと思った。だけど頭には流れてはくれない。家に帰ってまだ同じ気分だったら、久しぶりにCDを掛けよう。
外で車が停まる音が聞こえたが、メローネは長いキスをやめないし、相変わらずわたしの中入ってるそれは熱かった。