夏至の日は海の底へ
ベッドの中で起きてるのか寝ているのかわからないままもう何時間も経った。体は疲れきっているけれど、脳は中途半端に覚醒しているような感覚が続いた。頭の中で聞こえる、まるで雑踏の中みたいなノイズがわたしを苛み、いつのまにかカーテンの向こうでは日が昇りかけてた。うんざりする。朝なんて嫌いだ。そんなことを思うと余計に頭の中の雑音は酷くなった。
ガチャガチャと鍵が差し込まれ、ドアが乱暴に開かれる音で目を開ける。フローリングを蹴るように踏みしめる音を聞きながら寝室のドアを眺めていたらそれも玄関のドアと同じように勢いよくに開かれて、一人の男が入ってきた。
「早起きだなァ、ナマエ」
枕に頭をうずめたままのわたしに皮肉を吐く彼。ギアッチョは粗暴な動作で服を床に脱ぎ捨てて、ボクサーパンツ一枚になるとこれまた乱暴にわたしの被ってる毛布をめくってベッドへ乗り上げた。彼の腕がわたしを力づくで引き寄せて、自分の裸の胸に抱き寄せる。ああようやく眠りにつける。そう思って目を閉じた。
次に目を覚ましたのは昼過ぎだった。わたしは彼の腕の中で眠ったはずだったが、枕から少し頭を持ち上げるとくるくるの髪の毛がわたしの胸元にあった。無意識に自分は彼の頭を抱きしめていたらしい。彼の頭の下にある方の腕は少し痺れていた。わたしの脇腹の下にある筋肉質な腕も痺れてるんだろうな。ああ、お腹がすいた。
カーテンの隙間からは夏の日差しが差し込んでいる。今は光が煩わしくなかった。気分はすっきりしていて、あの頭の中がザワザワとする感じもない。冷房はいい具合に聞いてて、毛布の中は心地よい。意外にも柔らかいなといつも思わせるくせ毛に柔くキスをした。
するともぞもぞと、わたしの背中を抱いてる腕が身動きする。名前を呼んでみたら殆ど目が開いてない眠そうな顔をこちらに見せてくれた。あまりに無防備なその様子をかわいく思う。
「…何時だ今ぁ〜」
「13時半」
「ううう〜〜ん゛ん〜」
寝ぼけている彼はわたしの首に顔をうずめて低く唸った。脚を絡ませて猫のように甘えて身体を擦り付けてくる。首の後ろから背中を撫でてみると、首に噛み付かれて痛みに小さく声が漏れる。この人の噛み癖はどうにかならないだろうか。
「もー痛いよ…ほんとに猫じゃあないの」
「んー…」
身を離した彼が私の肩を掴み、仰向けにさせる。視界には私の部屋の天井と、眠そうな顔のままちょっと笑ってる裸のギアッチョ。完全に気を許しているような、そんな顔に見えるのはわたしの願望かな。
「ひっさびさによく寝たぜー…」
「うんわたしも……んっ、ねぇ待って、わたしお腹すいたァ〜」
大きな猫にべろりと首を舐められる。毛布の中でわたしの脚の間に身体を割り込ませた彼は、下着越しに硬く熱を持ったものを押し付けた。さっきから気づいてはいたけど、彼は食欲を満たす前にこちらの欲をどうにかしたいらしい。どちらも満たしてしまいたいのはこちらも山々だったが、わたしは耐え難い空腹に襲われていた。
「やだ〜…なんか食べたい」
「るせぇな、ゼッテェこっちが先だ」
深く噛み付くようにキスをされて、彼から逃げ出そうとしてた腕も押さえつけられた。
結局そのまま獣みたいな彼にそれはもうぐちゃぐちゃに抱かれ、せっかくスッキリ目覚めた身体は噛まれた歯型や吸い付かれた鬱血痕だらけになってまたぐったりと枕に沈んだ。でも気分は悪くない。かわいそうなお腹は鳴いてるけど。
ギアッチョはベッドに座って、そんなわたしの頭を撫でていた。ガサツな手つきだっていうのにそれはとても心地よい。猫ってより自分は犬っぽい気がするな。乱暴に撫でられるのを喜ぶ、お腹を空かせた犬だ。また微睡みに沈みそうになっていると、わたしのお腹じゃなくて玄関のチャイムが鳴る音が聞こえた。
ギアッチョは名残惜しげにひと撫でするとわたしの髪から手を離し、スラックスだけ履いて寝室を出て行った。玄関がガチャガチャとまた乱暴に開く音。すぐにまた粗暴な音を廊下に響かせて、彼は戻ってきた。
「やっと来たぜ」
「ピザだ!」
飛び起きたわたしはまるで尻尾を振ってる犬みたいであったろう。彼はいつのまにか注文していたらしいピザをベッドまで持ってきてくれて、毛布の上で平べったい箱を開いた。
「ギアッチョ大好き!」
「お前の財布から払ったけどな」
「ふっざけんな!」
待たせたんだからお前が奢るべきだろ!抗議の意を込めて拳を振り上げると手首を掴まれて、笑った彼が嘘だよバカ、と穏やかに言う。そのまま引っ張られてキスをした。
ベッドの上で裸のままお腹いっぱいにピザを食べて、わたしたちはお風呂に入ってまた少し眠った。その眠りにも、雑音が訪れることはなかった。