眠れない怪物がいた
べろべろに酔っ払ったミスタがわたしの家を訪ねてきたのは日付が変わってから数時間後のことだった。ドアを開けたら突然体格のいい男がしなだれかかってきて、6人の小さなスタンドたちが飛びついて来たのだ。
「うっ、転ぶ!危ないじゃん!」
「なァ〜〜ただいまナマエ〜〜今夜も可愛いな〜〜」
「酒くせぇ!自分ちに帰れ!」
抗議の声をあげても気にせず酒臭いキスをしてくる彼をぶん殴って玄関から追い出す。そしてドアを勢いよく締め、アパートの通路の欄干に奴が派手に倒れたのを音で確認する。よし、寝ようかな、とすっきりした気分でベッドルームへ向かうつもりであった。
しかし突然耳元で小さな声が聞こえ、ギョッとして自分の肩のあたりを見下ろすと、声の主はまだわたしの部屋の前で転がってるであろう男のスタンド、セックス・ピストルズのNo.5であった。いつのまにかわたしの髪の毛にしがみついていたらしい。彼はミスタをいじめないでくれよぉ〜っだなんて本当に悲しそうにシクシク泣くものだから、結局わたしは再び玄関のドアを開けることとなった。
「やっぱ優しいなナマエはよォ〜ベッド行こうぜ〜」
「わたしは行くけどあんたは床で寝るんだよ」
「よォし!間をとってソファーに行こうぜ!!なっ!!!」
極めて明るく謎理論を提唱する彼の腕力に抗えないままわたしはリビングのソファーに連れてこられた。これはわたしが苦労して買った死ぬほどふかふかで座り心地が完璧のでっかいソファーである。彼がこのソファーへゲロでも吐こうものなら、わたしは彼を殺すだろう。
「よしナマエ!!ここで二人でイイことするぞォー!」
「おいテメェ!なにしてやがる!」
「ナァナァいいだろォ〜」
雪崩れ込んだソファーでわたしの服を脱がしにかかる彼へ二度目のパンチを食らわせる。奴は低い声を漏らすと真っ赤になった頬を抑え、また後ろへ倒れた。しまった。このソファーに鼻血でもつけられた暁にはやはりわたしはこの酔っ払いを殺さなければならなくなる。
「あーーーーーーー…なんか突然頭がスッキリ…………あれ?なんでナマエがいんの?え、なに?なんで半裸なの!?え!おれまさか誘惑されちゃってるのォ!?えぇー!!??仕方ねぇ期待に応えなウグッ」
真顔で反対側の頬をビンタすると、カシミヤのニットを脱ごうとしていた彼はまた低い声で唸った。
ようやく正気を取り戻したらしい。いつもの帽子がずれたミスタはぼんやりと惚けた顔のまま、キッチンから飲み物をとってくるわたしの動作を眺めていた。
「オラ飲め」
「はい…」
しおらしくなった彼はソファーの腕掛けに保たれ、わたしが蓋を開けて差し出した緑色のビンに口をつける。ゴクゴクとすぐに飲み干して空になったビンを持ちつつ、まだぼんやりとして冷えた炭酸水で潤った唇を開いた。
「…おれもしかしておまえになんかした?」
「キスして尻と胸揉んで服脱がそうとしてた」
「………」
体を起こしてソファーにきちんと座りなおすグイード・ミスタは実に見ものであった。組んだ脚をソファーに投げ出しながら彼を眺めるわたしを直視できないようで、冷や汗を垂らして床を見つめたまま固まっている。彼と同じように酔って部屋の中で暴れまわっていたスタンドの彼らも大人しくなって恐る恐る集まってきた。幸い個々の力があまりないスタンドなので、さして気に入ってないマグカップを割られたり変えようと思ってたカーテンを破るに留まった。まあいい。彼らはかわいいのだ。そしてわたしの肩でNo.5だけがずっと怯えている。大丈夫よ、と小さく呟いてキスをしてあげれば嬉しそうに笑ってわたしにすり寄った。
「あのぉホント…すいませんでした…」
「なんでいつもうちに来るのよ。きみ女の子に困ってないでしょ」
呆れてそう言えば頭をかかえたままちらりとわたしを見やる黒い瞳。バツが悪そうに眉をひそめている彼を、ソファーの背もたれに頭を凭れさせつつ見つめ続ける。普段はあんなに豪胆な男だというのに。ミスタは何か言いたげな雰囲気を醸し出しつつ、体を起こしてゆっくりとわたしの脚を触った。いやらしく撫でたりはせず、なにかこれから話すことの真剣さを伝えるように温かな手がわたしの脛を少し強めに掴んでいるのだ。前のめりになった彼は少しこちらへ顔を近づける。
「あのよォーーー…信用ならねぇことは承知の上だぜ?おれは自分がやったことをちゃんと申し訳ねぇと思ってるんだぜ?でもおれはなんていうかよォー…こういう風に酔って訳わかんなくなった時に来る家なんざ、ここくらいなもんなんだよォー」
黙って彼を見つめた。まだお酒は入っているから、わたしが殴ったのを差し引いても顔は赤いし目つきは少しふにゃりとしてる。しかしなんだか可愛く思えた。
手を伸ばしてみたら彼は迷わずそれを固くて大きな手で包み、自分の頬へと導いた。彼の意外にも少し柔らかな肌の感触とともに突然この部屋の静けさを実感する。リラックスできる曲ををかけていたのだが、いつの間にかアルバムは最後までトラックを流しきってしまったようだ。
「なぁ、キスしてもいい?」
「………ソファーで寝て、あなたの酔いが覚めたらね」
身体を起こし、頬に触れていた手の平で彼の唇を覆い、自分の甲にキスをした。ピストルズがミスタへ飛びつき、ウギャーだとかヤッタナーミスターだとか騒いでいた。No.5もわたしの髪の下でクスクスと笑っている。
立ち上がり、放心している彼や騒ぐピストルズをお気に入りのソファーに置いて、寝室へとゆったりとした気分で歩いた。もしも明日アルコールが抜けた彼があの顔で同じことを言ってくれたのなら、わたしから唇にキスをしてあげよう。わたしは銃を構える彼の真剣な目つきが好きなのだ。
題名:徒野さま