どの夜も泪も裸足に沁みるけど
じいちゃんの葬式に来た女がいた。式も終わりに近づき棺桶に釘を刺した後のことだ。承太郎さんのちょっとした知り合いだというその女は彼と短く言葉を交わし、一度だけ棺桶の蓋を少し撫でた。死に顔を見ようとはせず、彼女はそれ以外は誰とも喋らずにひっそりと消えていった。
強く覚えているのは彼女のウェーブのかかった赤い髪と、彼女を取り巻く不思議な雰囲気のせいであった。制服を着ていたし同じ学校だ。
アンジェロを倒して数日が経った。驚いたことに、家でぼんやりと過ごしていたオレの元に突然赤い髪の女の子が訪ねてきた。彼女は柔らかなしゃべり口調で、仏壇に線香をあげさせてほしいと玄関先で頭を下げるのだ。まだ母親は仕事から帰ってなかったが、俺は迷うことなく彼女を招き入れて案内した。写真の前で長いこと手を合わせる後ろ姿は非常に熱心で、俺はそれをしばらくぼんやりと見つめた。
「あんた、じいちゃんの知り合いだったのか?」
女が両手を下ろして写真を見つめているところにそう投げかけた。振り向いて、オレをじっと見つめ口元だけで笑みを作った。本当に、無理に作ったという感じの顔だった。あの葬式の日から学校で幾度か見かけたが、彼女は親しげに他の女の子たちと一緒に教室を移動しているときも似たような嘘くさい笑い方をしていた。由花子の体中からあふれ出す他人への拒絶とはまた違った、薄い膜みたいなわかりにくい拒絶を感じた。
一呼吸置き、彼女が唇を開く。
「一度、変な男から助けてくれたの。それからもずっと気にかけてくれて…。どれだけ救われたことか」
目の前の女は警官としてのあの食えない男へ心から感謝しているように見えた。彼女は俺に、じいちゃんがどんな風にいつも声をかけてくれたのか、どんなに優しく正義感に溢れた精神で勤務していたのかを丁寧に話してくれた。その話からは俺の知りえぬ祖父の性格さえも垣間見ることができたし、俺はただひたすらにあの男の孫であることが誇らしかった。
ぼんやり仏壇へ投げていた視線を戻すと彼女が俺の顔をじっと見つめていることに気がつく。物腰が柔らかなのに、彼女は強いまなざしを持っている。
「いつもあなたの話をしてくれたわ。自慢の孫だって」
彼女はまた笑っていたが、それは嘘の無い自然に出てきたような穏やかなものであった。綺麗な子だった。
題名:徒野さま