排水口にもピンクの星
真昼間だってのに2階から銃声が聞こえた。今このアジトには戻ってきたばかりの俺と、もう一人の仲間しかいないはずだが。さっき外にあの女の使ってるバイクがあったから、なんとなく心当たりはありつつも身構えて二階への階段を登った。
音が周囲に聞こえたらどーすんだ。幸いここの近辺には銃声一つが聞こえる範囲に一般の住居はないが。まだアジトの場所を変える時期じゃねえってのに面倒を起こさないで欲しいもんだぜ。
階段を登り終わると二階の一室のドアが開け放たれているのが見えた。そこはあの女がたまに使ってる部屋だ。部屋を覗くと、拳銃を握りしめた彼女がベッドの上にぺたりと座っていた。
「ああ、おかえりぃ」
シーツの上には他にも人間がいた。正確にはちょうど今脳天を撃ち抜かれた直後の死体。それに馬乗りになったまま、こちらへ視線を投げる全裸の女。瞬きで長いまつげが動く。
「またやってんのかよ?」
「…」
キメが細かい肌も柔らかそうな乳房も剥き出しにしたまま、俺に見られてるってのに当事者の女は我関せずと言った様子でぼんやりしている。恐らく死んだ男の性器はまだ彼女の中にあるのだろう。
「……なんか、気持ちよくないなって思ったら…殺しちゃった。はぁー…」
本当に煩わしそうに彼女はそう言った。こいつがトラブルを起こして迷惑被るのはこっちだというのに。前にも一度似たような状況に出くわしたことがあったがあの時はリゾットのやつがいたから死体の処理だとかがスムーズに運んだ。あいつの手際が良かったのは、今思えばこの女の悪癖を元々知っていたからなんだろうな。今回は俺一人かよ。
暗殺チームでは珍しいことじゃあねえが、この女も御多分に洩れずどっか飛んでやがる。普段は柔和な雰囲気を纏ってるくせに任務中やこういうところでとんでもねぇところを垣間見せる。しかし静かに音もなく現れる彼女の狂気みてぇなものに、実際俺たちは一目置いている部分もあった。ギアッチョみてぇに派手にキレたりはしないが奴の爆発力と同様に、俺たちにはできないような部分に手が届くそれは時に頼りになった。
彼女が腰を持ち上げると水音をたてて男の萎えた性器が出てきた。男の体とベッドから降りて、床から拾ったシャツをゆっくりと羽織る。サイズから見て死んでる男が着ていたもののようだ。その位置から少し歩いて、しゃがんだ彼女が同じく男の持ち物らしきスラックスのポケットを漁って小さな箱を取り出す。
「火もってない?」
「…」
俺がジャケットの胸元に手を突っ込むと、ドア枠に凭れているこちらへゆったりと歩み寄ってくるすらりとした体。当然羽織っただけのシャツからは胸も臍もその下だって丸出しだ。外見はかなりいい女だが、どうもこいつは抱えているものが重たすぎる。そこに魅力があるのかもしれないが。
煙草を一本咥えたまま顔にかかった髪を耳に掛ける仕草はどうにも色っぽかった。取り出したマッチで火をつけてやりながら、彼女は腰とケツが妙にセクシーだってホルマジオのやつが言ってたっけなと思い出した。うまく火が灯ると長い睫毛を持ち上げて視線で礼を言うナマエ。俺も自分の分に火をつける。
「不感症の女抱いたことある?」
「ねぇな。俺の相手はみんな強請ってくるぜ」
「参考にならないなぁ。これは身体の治療が必要なのかしらね?それとも心の病?」
開いてるドアに凭れて煙草を指先で挟みながら、ナマエは首を傾けて視線をくるくる回るシーリングファンへ向ける。本気で困って悩んでる女の子って顔をしてるくせに、部屋のベッドには血まみれの死体とコンドームと拳銃。本当にこいつはちぐはぐで脈絡が無い。しかし不思議と俺はこの妙な状況を自分が楽しんでいることに気がついていた。
「俺が抱いてやろうか?」
「うーん…?わたし可愛い顔の男が好みなんだけど」
そういえばベッドで血を飛び散らせて死んでる哀れな男はまだ10代後半くらいの、女のような顔をした少年だった。そして彼女の年頃もその男と同じくらいであることを今更思い出す。殺しの腕も精神のあり方もおよそ年齢不相応だ。
「物は試しだぜ。俺が撃ち殺されることはねぇしな」
「本当に?女は老化が遅いからね、わたしの銃のほうが早いよ」
「老化させるだけが俺の武器じゃあねえんだよ」
火のついた煙草を折り曲げた人差し指と中指の間に挟みながら彼女は笑みを彼女が浮かべる。その顔はなんともかわいく思えた。この部屋でセックスするのはゴメンなので、俺が使ってる部屋がいいな。そんなことを考えながら二人でゆったり一服した。
題名:徒野さま