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BLコンテスト・グランプリ作品
「見えない臓器の名前は」
- ナノ -
根こそぎの国にいる


全部終わってから、彼の性器に被さる避妊具についた、わたしの血を見た。それをよく覚えてる。

初めてしたときは全然気持ち良くなんてなかった。痛くて苦しくて怖くて、その頃はリゾットのこともあまり良く知らなかった。だけどその時から、嫌いなわけではなかった。リゾットに触れられるとなんだか安心するようなものがその頃からあった。
リゾットはあの時どうしてわたしを抱いたのだろう。いまだにわたしはそれを知らないけど、彼はわたしを今もこうして抱くとき、なにをどう考えているのだろうか。

始まる時はいつも唐突だった。リゾットが一人で仕事をしているアジトの部屋に引っ張り込まれたり、仕事終わりの電話の中で、今からうちに来ないかとか、そちらへ行ってもいいかと言われた。
近くに女の身体をした人間がいたらそりゃあちょうどいいものだ。彼は多忙だし、いつもチームを第一に考えている。溜まったものを出すならば、手近な方がいいだろう。彼のお役に立てるのならば嬉しいことだ。



「ナマエ」

名前を呼ばれる。頭を撫でられて、リゾットはわたしの額に口付けた。圧迫感に息を乱してもがいているわたしは未だに彼を最初に受け入れる時が苦しくて、身体から力を抜くのも上手じゃあなかった。

だけどわたしの身体は少しずつ変わっていた。初めてしたときは全て収まりきらなかったそれが今は根元まで入ってしまい、隙間なく彼を受け入れることができるようになっている。それになによりも、彼との行為がきもちよくてたまらなくなっていた。
興味本位で他の人と何度か試したりもしたけれど、こんな風に蕩けそうになるセックスは彼とのものでしか経験することは未だにない。

そしてリゾットも、無理やりことを進めるような乱暴さは殆ど最初の時だけで、ずっと優しかった。最初のセックスが終わった時、わたしの腕や腰には彼が強く掴んだことでついた痣があった。そういうのと血を一緒に見た時のリゾットが固まってずっと黙ってたのを覚えてる。

慣れるまで待ってくれている彼はリラックスしろと、いつものように耳元で言った。深く呼吸を繰り返して彼の筋肉質な腕に掴まる。実を言うとわたしは、慣れる前に始めてもらうのが好きだった。息苦しい中で奥にぶつけられて、なんにもわからなくなるようなあの酸素が足りない感じが好き。死んじゃいそうで、生きている感じがする。
リゾットはそれを知らないのだ。何度かそういうのがあったけれど、彼は加減を覚えたのかこうしてゆっくりとことを始めるようになった。

だけど今日はわたしの方が耐えられそうになかった。自ら腰を揺らして強請るように彼にそう伝える。それを見たリゾットにはもう我慢する気がないようだった。
腰を強く掴んだかと思うと彼はわたしの身体の中から出てゆき、次の瞬間には彼に身体の奥にまで貫かれていた。首をのけぞらせて声を上げて、息苦しさと激しい快楽に涙が出た。これだけで達してしまうほど、わたしはいつも、これが欲しかった。
ぼうっとした。全身が気持ちよくて、ぐったりして、なんにもわからない。じっと黙ってわたしを見下ろすリゾットの瞳が見えた。



眠たくて怠かった。でもそろそろ帰ろうかと彼の腕から身を起こした。寝ているリゾットを起こさないようにしようと思ったのだけれど、彼の眠りはとても浅かったらしい。

「泊まっていけ」
「ええ?また?」
「明日は仕事ないだろう」
「ないけど、服ないから帰る。化粧落としも」
「おまえが前に忘れてったのがバスルームにある。服は好きに使えばいい」
「あ、そうかあ。あなたの服借りてもいい?」
「勿論」

リゾットはベッドから降りるとクローゼットを開けた。わたしもベッドにぺたりと座ってそれを見守る。彼のクローゼットは、必要最低限のものしか入ってないように見えた。ベッドから降りて一緒に覗いた。
手に取ったグレーのトレーナーを試しに着てみたらサイズが大きすぎて、それだけでもう衣服は事足りそうだった。服を着てからうーんと悩む。セックスの時にリゾットが上から触ったせいでショーツは汚れていたし、一度目は服を着たまましたからワンピースが汗とか他にも、まあ、なんというか、色々と汚れているので、洗濯をしたいと思った。
隣に立っていたリゾットにそう伝えたら彼は自分が洗濯しておくと言ったけれど、流石にそれは憚られたのでわたしが彼の洗濯物も含めて洗ってしまうことにした。

下着が傷んじゃうかなって思った。だけど干しておくなんてできないし纏めて乾燥機までかけてしまった。リゾットの使っている洗剤の匂いは、当たり前に彼の匂いがした。前にバスルームを借りてシャンプーを使った時にも同じように思った。リゾットもわたしの家に来た時、同じように思ったかな。

「ねぇシャワー借りてもいい?」
「オレも行く」
「朝のシャワーじゃなくていいの?」
「ああ」

ソファーで新聞紙を眺めていた彼は立ち上がってこちらへやってきた。わたしが振り向いて、洗濯機の回る音が聞こえてくるバスルームに行こうとすると、後ろからお腹に腕が回った。振り返ったら上からキスをされて、なぜだかわたしたちは廊下で長く口付けた。

「シャワーは?またしたくなったの?」
「いいや」

時々リゾットはこういうことをした。よくわからないような、意味がないようなことを。そしてそれを、わたしは嫌いでもないのだ。
他の男と寝た時、リゾットがたくさんキスをする人なのだと気がついた。名前をたくさん呼ぶことにも。ただセックスする関係なだけってわりには、無駄なことをたくさんするということも。 

シャワーだけのつもりだったけれどお湯を貯めて2人で入った。バスタブのお湯の中、リゾットはわたしを抱いて目を閉じていた。眠っているのかと想って名前を呼んでみると、私の首に額を当ててまた動かなくなったりした。お腹にまわるリゾットの腕は力強い。

「疲れてる?」
「たぶん」
「髪乾かしてあげようか」
「助かる」

バスタブの大半を占める大きな身体で、彼は小さな子どもみたいな態度を見せた。仕事の疲れのほかにも、なんだか彼は悩んでるみたいに思える。

借りた服の袖を何度も折ってめくりあげてリゾットの髪を乾かした。バスルームで立ったままでは背が高い彼に届かなかったから、リビングルームでソファーに座ってもらって。
男の人の髪をこんなに真剣に触ったのは初めてだった。リゾットは眠ってしまったから、わたしも自分の髪を乾かしてから彼を起こしに戻った。
本当に疲れているみたいなのに、肩に触れたらすぐに目を覚ます。身体を起こした彼は手を伸ばしてきて、立ったまま身をかがめるわたしの、まだあたたかな髪を撫でて、お礼を言った。その手つきも声も優しかった。

「……あなたはなんでやさしいの?」
「言わなきゃわからないのか」
「わからない……ごめん」

わたしは察しが悪いし、余計なことは考えたくないと考えていた。だけど今日は普段考えないようなことまでたくさん思考を巡らせている。彼と会うたびに、わたしのそれは酷くなる一方だ。

「おまえは苦しい時に嫌だと言わない」
「そうかな」
「そうだ」
「……リゾット、最初の時のことと、今日のこと気にしてるの?」
「……」
「わたし別に、最初だって嫌だったわけじゃあないのよ。今日のだってしてほしかったの」
「……オレはお前を傷つけてばかりだ」
「どうして?わたしそんなこと言ってない」
「そうだ。お前は何も言わない」

思い悩んでいるのだとわかった。わたしのことで。言葉を選ぶこともできない、わたしなどのせいで。
そんな風に彼を悩ませるほどにわたしは価値があったり複雑な人間ではない。なんてくだらないことをしているんだろう彼は。あまりに無意味だ。わたしたち、そのうちどうせどっちも死んでしまうのだ。わたしたちはそういう人生を送っているのだ。そうじゃあないの?そう思わないとやっていられないのに。
彼がわからない。そして自分の胸の奥の痛みの正体も同様に、わからなかった。

題名:徒野さま