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「#寸止め」のBL小説を読む
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ウォータールー


泣いているところを見た。プロシュートの腕に抱かれる少女から、小さな嗚咽がひっそりと聞こえた。

アジトの奥の部屋、家具も何もない廃屋のようなっている部屋の隅っこの方で、座ったプロシュートの脚の間に丸まって彼女は居た。彼女は以前に欲しがったので買ってやったワンピースを着ていて、デザインで背中の肌が大きく露出した箇所を避けるように男の無骨な手があった。それが宥めるように撫でたり、子どもを寝かしつけるみたいに軽く叩いて揺れる。
メタリカで姿を消してそれを見ていたが、そっと扉を閉めて部屋から離れた。扉を閉める直前に、プロシュートと視線がまぐわったような気がする。
その後の会議に現れたナマエはまるで泣いていたことが嘘かのように綺麗に化粧をして、いつもみたいに涼やか表情を浮かべていた。

解散の言葉と一緒にメンバーたちが部屋を出てゆく。それに続こうとした彼女の手を密かに掴み引っ張り寄せると、まるで兎の耳がぴょんと天を向くかのように反応を示し、明るく嬉しそうな、芳しい顔を見せた。

「なに?」
「少し話そう」
「いいよ」

他のメンバーは気付くこともなく出て行ったが、プロシュートがちらりと振り返りオレを見ると笑った。片手を上げて出て行った奴を最後に、集会に使う部屋はすぐにしんと静まり返る。一人がけのソファーに座るオレの片脚に、彼女は座った。この重みが好きだ。

「久しぶりに二人だね」
「そうだな」
「わたし、この前の仕事すごく上手に片付けたでしょう?」
「ああ。あれは良くやった」

目を細めて頬をほんのり赤く染め、二人きりになると途端にどろどろと甘い態度になってゆくこの少女の変化がどうしようもなく好きだった。
彼女はオレの首に腕をのばし、ぎゅうと抱きついた。柔らかな胸が衣服越しに触れ、そんな彼女の背中を抱きしめ返しつつ手のひらで柔肌を撫でた。こうして肌を感じながら彼女愛用の香水の香りを嗅ぐと非常に癒される。自分の気分も彼女の態度のようにどろどろになってゆくのを感じた。

「リゾット?」
「ん」
「セックスしたいわ」
「ダメだ」
「どうして?」
「……」

何度も聞かされた質問がまた腕の中の彼女から飛んでくる。彼女が年を重ねるたびに、その理由をうまく答えられなくなってゆく。
彼女は不思議そうに、不満げに眉尻を下げた。

「わたしもうとっくに生理が来た」

そう言って唇を寄せ、彼女から唇の横に口付ける。それはオレが最初に彼女の質問に答えた時の理由であった。まだその頃は言い訳じみたものではなかった。彼女への感情は女に対するものではなかった。
オレの頬を撫でながらすぐそばで彼女は静かに喋る。

「仕事を失敗して誰かに犯されるか、処女のまま死ぬかだよ。どっちもイヤなの」
「……相手を作れ。誠実な奴を」
「わたしをあなたの恋人にしてくれるって、約束したくせに」
「おまえはその時子供だった」
「ずるいわね、約束は撤回させない。わたしもう16よ」
「16も子どもだろう」
「リゾット。わたしたちこんな仕事だよ。マッジョレンネまで待ってる間に、わたしかあなたが死んじゃうかも」

両頬に手が添えられ、唇が触れる。思わずその唇を啄む。たまらず舌をいれると、彼女の熱い小さな舌が迎える。貪り合うようにキスをしながら背中の空いたところから手を突っ込む。直に腰を撫でた。
お互いが興奮して息切れするくらいまでそれは続き、半分我に返ったオレの方から唇を離して、熱に浮かされた彼女と目があった。

「……リゾット、わたし何度でも言う」

艶のある女の声で甘い言葉を囁く。

「愛してるわ」

小さな手がオレの手を握り、顔を近づける。彼女の顎をそっと掴み、親指の腹で下唇に触れて見つめる。すぐそばに彼女の、瞬きのたびに揺れる睫毛があった。
思わず彼女の手を離す。肩を掴み身を離させると、咎める様にナマエがオレを呼んだ。

「リゾット」
「……オレじゃあないやつを愛せ」
「それができたらこうしてない」
「おまえを幸せにできる男がゴマンといる」
「バカね。幸せは男にもらうんじゃあなくて、自分で掴むわ」

そんなことを当たり前のように言う彼女に時間の流れを感じた。もうオレの知らぬ女が目の前にいる。日々得るもので成長し、美しさに拍車を掛け、嫋やかに周囲のものを吸収する。どれだけの男を袖にしてきたのだろうか。そしてこれから、どれだけの男がこの女に縛り付けられるように恋をしてしまうのだろうか。

そして彼女はその上で、オレを愛していると言うのか。

「死ぬまでよ。死ぬまで、あなたとしか恋人にならないと決めてるの、リゾット」

恋人ってのはどういうものか、オレにはもう思い出せない。女を抱く時に求めるのは体温や柔らかい肌、そして発散である。それが全てなのだと、少なくとも組織に入ってからはずっと思っていた。
しかし本当にそうだろうか。故郷で伸びやかに育っていた頃に全身で浴びていた太陽を思い起こしてみると、それと似たようなものをナマエがオレに与える様に思える。いとこの死への深い悲しみやどうしようもなく煮えたぎる憎しみは、そういうものがあったからこそ生まれた気がする。

もう二度とそれらを手にするつもりはなかった。それでも彼女はオレに愛情を示す。大好きだと、愛していると心から囁く。ずっと刷り込みや、ストックホルム症候群みたいなもんだとばかり、そう思っていたが、それにかかっていたのはもしかしたら彼女の方ではないのかもしれない。
自分の愚かさにため息をついた。

「……たまにはオレのところで泣くか?」
「なあにそれ。あなたの前でだけは泣かないわ」

笑った拍子に手の力を緩めてしまい、その隙を見逃さない彼女にまたもや、まんまとキスをされた。まるで猫が甘えて噛み付いてくるかのようなキスを。
それも受け止めて彼女の頭を撫でてしまう自分はもう、どうにかなりそうだった。

……オレの言葉に笑う彼女。額や頬にキスをねだって甘える彼女。泣いたりムッとして怒る彼女。考えが巡り眠れない夜に、気がつくとベッドに潜り込んできて、小さな身体でオレを抱きしめるように眠る彼女。抱きしめた時の彼女の肌や髪、胸の感触を忘れさせない彼女。気の緩んだ寝顔をみせる彼女。
オレの知らないところで、オレではない男の腕の中で泣く彼女。オレの知りえぬ悲しみをたたえる彼女。

プロシュートには弱さを見せるその意味について考える。なぜ彼女はあの男ではなくオレなのだろうか。どちらも昔からの付き合いではないか。あの男は大事なものを自分のものとして大切に扱える男だ。オレよりもよっぽど、彼女にはそれがいいんではないだろうか。
そう、考えてる間も、彼女はどこで覚えたのかもわからない熱烈なキスをくれる。

「……キスってきもちいいね」

唇を離し、そんなことを言いながらぎゅうと首に抱きついてくる。その背中から覗く素肌に触れながら、一体どうすればこの少女に負担をかけないでいられるを考えた。積もり積もったこの溢れんばかりの欲望を、どんなふうに扱うべきか。
少しでも刺激を与えたらとんでもないことになる衝動を慎重に閉まってきたというのに、この少女は躊躇いなくそれを暴き、誘爆を促す。
際限なくぶつけたらそれこそ彼女は死んでしまうんじゃあないか。そしてこの少女はある種それを望んでいる様にも思えたから、余計に悩ましいのだ。

愛しい女を真正面から愛す覚悟がない亡霊のようなオレを、彼女は降り注ぐ太陽の如く熱で炙り出した。