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Long face


玄関の扉を開ける音じゃあなくて、寝室へ続く廊下を歩く足音でいつも目が覚める。なんというか、彼はふらふらと歩く人だ。ギアッチョやプロシュートみたいにズンズン歩かないし、ホルマジオやソルベのように飄々と歩くこともないし、イルーゾォのように軽快に歩いたりもしない。リゾットやジェラートのように足音を殺すこともない。ペッシみたいに自信なさげということもない。メローネはなんだかいつも猫背で、違うことを考えながらふらふら歩いてるのだ。わたしには及ばぬような、きっと難しいことを。

部屋の扉が開かれても、わたしは半分微睡の中でゆらゆらと揺れていたので目を閉じたままだった。
だけど、服の中に入り込んだ手のひらが胸に触れて息が漏れる。もう片方の手が腰にある下着の紐の下に潜り込んだ。この人の手って器用だ。簡単に下着は脱がされてしまいそう。

袖が長くてサイズの大きな、柔らかな綿の服。その下に身につけてるのはショーツだけだった。昔からわたしはいつもこんな格好で眠ってるのに、彼はいつもこの格好は自分を誘ってるだなんて言う。そんなわけないでしょって、ムカついてぶったこともある。そんなつもりはなくても、あんたを好きな男から見たら誘われちまうって、彼がいやに静かな声で言ったのを忘れられない。

「ナマエ、起きてるだろう」
「ねてる」
「いじわるな奴だな。寝てるあんたを襲わせないでくれよ」
「あっ、ちょっと」

起きてるって当たり前に知ってるくせにそんなことを言われながら胸の頂きを指先でぎゅうと挟まれてしまった。とっくに下着を脱がされて、空いたもう片方の手も胸に触れる。撫でられるだけできもちよかった。

「は、メローネ」
「なぁしよう。良いだろ?」

脚の間に彼が身体を割り込ませた。熱くなったメローネの性器が衣服越しに触れる。いい加減にわたしはまぶたを持ち上げることにした。やけに月あかりが燦々としている夜だ。窓から差し込む朝日とも夕日とも違う光が、わたしの好きな人を照らしていた。
驚いたことに、メローネはいつものマスクをしていなかった。グローブもしていない。彼はびっくりするような格好をしていた。シャツをしっかりと着込んで、その上に仕立てのいいジャケットを着ている。セットのパンツも同じ生地だ。厚過ぎない生地が彼の細身のすらりとした体を美しく引き立てる。どうして?どうしてこんな格好しているんだろう。ちがう人みたいだ。

びっくりして黙るわたしに、片手で頬を撫でた彼が流れるように口付けた。気持ちいい、この人のキスってどうしてこうなのかな。格好はまるで違うけれど、それからなんだか今日は雰囲気も違うけれど、やはりキスはメローネだった。頬にある手に触れるとその手を強く握られて、シーツの上に縫い止められた。その拍子に彼が唇を離す。
だめだ、まだ離れたくない。そう思いながら、彼の首元から伸びるネクタイを掴み、引っ張り寄せた。わたしの方へと引き寄せられた彼にもう一度唇を触れ合わせる。もっとキスしたい。ああ、気持ちいい。

脚の付け根に彼の指が触れるのを、キスしながら感じていた。剥き出しになったそこに彼の指先が這った。ぬるぬると粘液を絡めながら、形を確かめてるみたいだ。
やがて彼の指がすぐに根元まで中に入ってきて息を呑んだ。長い指を呑み込んだ中が勝手に狭くなったことがわかる。

「はやくあんたの中に入りたい」

そう言いながら彼の指が出たり入ったり、へその方を撫でたりした。声を漏らしっぱなしでわたしはメローネを見つめていた。メローネ、やっぱり格好だけじゃあなくて何か違う。うっすらと知らない香りがする。彼のことだ、きっと自分でそれをわかってる。わかってて、その服を着替えもせずにわたしのところに来たのだ。何かを心身に携えたまま。

「メローネ、はやく」
「ああ」

唇に触れるだけの軽いキスをして、彼はベルトを外しているみたいだった。期待に身体中が熱かった。まだ眠たいのに、彼が欲しくて仕方がなかった。いつもと違う性急な感じのセックスにも自分はびっくりして、興奮してしまっている。
目を閉じて、焦るように奥まで入り込まれる感覚にぞくぞくと全身を震わした。はくはくと息をして、苦しさを逃そうともがいた。だけどメローネはわたしが上に逃げたりできないように両肩を掴み、深々と口付けた。二の腕に彼の指が強く食い込む。そのまま出し入れが始まってしまえば、もう他のことを考えることすらできなくなった。

呼吸の難しさや、奥にぶつかるたびに覚える内臓を押し上げらるような苦しさ。それから、唇を少し離した時に目に入ったメローネのどこか切なげな顔、それを見た際のわたしの胸の奥の鈍い痛み。
だけど全部気持ちよかった。きっとメローネも同じだ。痛みや苦しみや快楽は似てるから。

「メロ、ね、あっ、わたし」
「ん、いいぜ」
「や、あ、あっ…………は」

ぎゅうと彼を締め付けた。それが苦しかったのだろう、メローネも少し唸った。だけどその時に達したのはわたしだけであった。
こういう時、いつもメローネはわたしが落ち着くまで待っていてくれた。大丈夫かと尋ねて、キスをしたり、一度やめて休ませてくれることだってよくあった。無理強いをしたりはしない人だ。

でも、今日ばかりは違った。全身を震わすわたしの腰を強い力で掴むと、また激しく出し入れが始まった。驚いて慌ててメローネの腕にしがみついた。だけど、スーツが皺になってしまうかと思ってまた離してしまった。そんなわたしの手を、メローネが片手で包むように強く握った。

「ナマエ、悪いな、本当に、悪いと思ってる」

どうしてか、今にも泣き出しそうな声だった。泣いていたのかもしれないけど、わたしはもう変になってしまっててわからなかった。
もうなんにもわかんないよって、言うことすらできなかった。ただ夢中に彼の手を握り返して、ひどい快楽の波の中で苦しんだ。やだって何度も言ってしまった。彼を傷つけていたらどうしようと思いつつ、どうしてもそんな言葉ばかり出てきてしまった。彼を拒否したりしないのに。どんな匂いをつけてきたっていい。わたしから逃げたっていいのだ。きっとそれは頭がおかしくなるくらいにさみしいだろうけれど。

都合よくわたしのところに来ればいい。嫌になったら、消えればいい。だけどわたしはこの人から逃げたりしない。わかってよメローネ。なにがそんなに、あなたを不安にさせるの。わたしはずっと変わらないよ。



抱きついてくる彼に尋ねた。彼の長い髪や体から、ずっと知らない匂いがしていた。肌を触れ合わせて近くに寄って、やっとわかるくらいの淡い香り。女物の香水の香り。

「今日の仕事、女の人を抱いたの?」

彼が頷くのがわかった。彼の異変に妙に納得がいったわたしは彼の髪を手櫛でとかすようになでて、反対の手でさするように背中も撫でた。

「気持ちよかった?」
「気持ち悪かった」
「ええ?」
「やっぱりあんたじゃないと無理だ」
「せっかくだから楽しめばいいんだよ」
「オレにはできない」

淡々とした声だった。心の凹凸を無理にならしたような、そんな雰囲気を感じさせる声。
どんな過去がこの人にあるのかわたしは知らなかった。きっと一生知らないままであろうけれど、彼と近しくなるにつれて、それの大枠の予想はついた。

「怖かったの?」
「最悪だった。でもああするのが一番簡単だったんだ」
「よくわかるよ。わたしもそうすることがたくさんあるから」
「それはせっかくだから是非楽しんでくれ」
「変なの。あなたもそうできればいいのにね」

彼の頭の横に口付けた。耳の少し上。よしよしと犬にするみたいに撫でながら、着慣れないスーツに身を包む彼を抱きしめていた。今度は皺になるのを気にしなかった。
無理をしたのだろう。何かを思い出したのかもしれない。今夜は全力で彼を受け止めていよう。彼の、一番近くにいよう。だってあとどれだけこうすることが許されるのかわからない。わたしは女だから。

「ナマエ」
「ん?」
「ほんとはあんたが他の男と寝るのも嫌だぜオレは。もちろん相手が女でも」
「ほんと?うれしいな」

彼の手もわたしの頭を撫でた。メローネは頭を撫でるのが下手くそだ。どうにも慣れないらしい。そんな手つきも愛おしい。この人が可愛くて仕方がない。

「ねぇメローネ。わたしはリゾットに大きな恩があるから、この身体はいつも仕事のために使ってしまうんだけれど、それでも、わたしの気持ちはあなただけのものだよ」

メローネは黙ってわたしの言葉を聞いていた。静かに、なにも言わない時間が長く続いた。だけどそれから、当たり前のように、自分もだと呟いた。