×
「#溺愛」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
Love in a cottage


「お兄ちゃん!」

裏庭を通り抜けようと歩いているプロシュートを見つけて、思わず駆け寄った。少し表情を柔らかくした彼はわたしの頭を撫でて、それからちょっと頬をつねった。

「また喧嘩して年上の奴らを殴ったらしいな」
「だって、意地悪してくるんだもん」
「おまえいつか此処に居られなくなるぜ」
「やだぁ。だけど、あたしがやったんじゃあないのよ」
「またそれか」
「あたしだって怖いの」

頬をつねった指先が、代わりに優しく撫でてくれた。噛んできた犬が舐めてくるみたいに。
わたしの反対の頬は赤くなっていた。少し年上の、彼よりは下の男の子達にやられた。どうしてみんなそんな風にするんだろう。シスターは子供たちみんな兄弟だって言ってるけれど、わたしにはどうにもそんな風には思えない。わたしにとっては、優しく対等でいてくれるこの人だけが家族に思えた。

「シスターに買い出しを頼まれたんだ。おまえも行くか?」
「うん。あ、でもあたし、神父様のお手伝いにいかないといけないんだった。お部屋の掃除をするんだって」
「……」

無言でわたしを見下ろす彼は冷たい顔をして、何かを考えているようだった。いつもだったら行くのは止めろだとか、代わりに自分が行くだとか、そんなことを言うのだ。今日も止められるかもしれないって思った。プロシュートは神父様をあまり良く思っていないと日々感じてはいたけれど、それの理由をいつも彼は教えてくれなかった。

「どうしたの?」
「……いや、行って来い。神父様に迷惑かけるなよ」

だけど予想と違う返答だった。彼はいつからか神父様を毛嫌いするようになって、わたしにはあんまり近づくなとばかり話していたのに、そんな言い方をするなんて。

ぎゅっと握ったわたしの手を離して、珍しく微笑んだ不思議なプロシュートは市場へ買い出しに向かった。すっかり背が伸びて、男の子の中でも頭ひとつ飛び抜けた彼は、小さい頃のようには笑わなくなってしまった。彼はいつもよく笑っていたのに。はしゃいで、わたしをよく抱きしめてくれた。最近はそういうのもない。
年上の彼は、もうすぐ孤児院を出て行く年齢だからだろうか?そう考えると胸がぎゅうと痛んだ。わたしはまた家族を失うのかな。







ゆっくりとまぶたをもちあげてみると、ベッド横のレースカーテンがうっすらと見えた。部屋の中は暗く、朝はまだ遠いことがわかる。
わたしは眠りが深い方だった。昔から一緒にいる男のおかげだと思う。彼がわたしに眠り方を教えてくれたような気がするのだ。子供の頃から、今でもたまに、胸に抱いてもらって眠るとぐっすりと深い眠りに落ちて、朝まで目が覚めなかった。
しかし今晩目が覚めてしまったこれもまた、枕の横に投げ出していたわたしの手首を掴んでる男のせいであった。

首をもたげて、掠れた寝起きの声で呼んでみる。
じっとわたしを見つめる見慣れた顔があった。どうしたんだろう。あんまりこの人はわたしの部屋に入らないのに。
髪はいつもみたいにきちんと結ばれているし、昨日わたしがクリーニングから纏めて取ってきた中にあったシャツを着ている。うっすらと香水の香りと、それから硝煙の香りがした。そんな彼は真剣な目つきで、まるで殺しをする時みたいにわたしを見下ろしていた。

「誕生日おめでとう」

そんな目つきで、そんな言葉をもらう。そういえばそうだったと思い出す。自分の年齢や日付に頓着の無いわたしは、彼に言われていつも自分の誕生日を思い出した。

ぎしりとベッドが音を立てると彼の顔が近づいた。いつもみたいに頬にキスをしてくれるのかなと思ったけれど、ちょっと頭の角度を変えて唇が触れたのは、わたしの唇だった。ちゅ、と音が鳴って暗い部屋に響く。少しだけ唾液を交えるような、どこか性的なキスだった。

「どうしたの?」
「嫌だったか?」
「ううん。でもいつもと違うね」

わたしの言葉に答えずに、彼は手首を離してからわたしの頬を撫でてくれた。優しくて懐かしい手つきだった。だけどその手のひらは首へと降りて、鎖骨を撫で、そのまま下に降りた。服の上から胸を撫でられるとドキリとする。自然に息が上がった。
薄いネグリジェをまくり上げてしまった彼が、口を開いてわたしの乳首をそこに含んでしまうのを見た。肩が揺れて思わず彼にしがみつく。昨日はパリッと綺麗にアイロンがかけられていたシャツを、ぎゅうと握りしめてしまった。

こんなことは初めてだった。子供の頃から、お風呂に入る時とかによく裸を見られることはあったし、そのままふざけて抱きしめられたり、身体を噛まれることだってあった。別にそんなの気にするような仲でもなかったのだ。いや、それがおかしいのかな?何が変で何が当たり前なのか、昔からわたしにはあまりわからなかった。
だけどこうして触れられて、全身を撫でられて、胸を舐めたり噛んだりされてしまうと、どんどんおかしな気分になった。身体が熱くなって、好きな人とキスをしたときに感じたようなものを覚える。いや、もっと、それよりも何か大きな感覚だ。

そして、また彼と口付けあった。そのまま下着もつけずに眠っていたわたしの脚の付け根に、太ももを撫でていた彼の指先が触れた。思わず唇を離して彼を見つめる。彼の指はわたしの中から出てきた粘液に気付いてしまった。

「自分で触ったことは?」
「……何度か」
「なにを考えながらした?」
「その時好きだった、あ、ひとの、こと」

答えている間に彼の指が表面を撫でていた。ぬるりと絡まるそれを確かめるようにしてから、そっと中に挿し込んだ。自分で触るのとは訳が違った。彼の指は出たり入ったりを緩やかに繰り返しながら、どうにも中を柔らかくしようとしているみたいだった。

「はあ、あ、なんか」
「一人でもこんな風なのか?」
「あ、あ、こんなに、きもちくない」

指を増やしたのかもしれない、さっきよりも息苦しい。目を閉じて彼のジャケットをシワになるくらいに握りしめてしまうと、「大丈夫だ」と耳元で宥めるように言われた。
プロシュートはそこにも舌を這わせた。わたしは訳がわからないままにただ声を上げて、息を荒げて、快楽の中にどんどん突き落とされていった。苦しい、きもちいい、苦しい、そんなふうに身体の中でぐるぐると感覚が巡った。

ベルトを外す音が聞こえた。下を見ると、彼が身につけているのはわたしがいつだか彼にあげた、彼の好きなブランドのきれいなベルトだった。
彼の、熱を持った性器を見た。初めて見る状態の男のそれがあんまりグロテスクなのでびっくりしてしまった。ああ、でも、初めてじゃあ、なかった。ずっと昔に、いやだ、思い出したくない。あれはすごく怖かった。あそこからわたしの人生が別れてしまった気がする。この人の人生も。考えてみたらあの時と同じ状況だ。
だけど今目の前にいる男が怖くないのは、わたしを組み敷くのが他でもないこの人だからなのかな。

「ねぇ、まるでこれってセックスだわ」

彼はわたしの言葉に答えずに、わたしの脚の間に割り込んで、付け根に熱を触れさせる。自分の心臓がうるさかった。どうなってしまうんだろうっていう、恐怖と期待が入り混じったかのような感情で、わたしは彼の腕を掴んでいた。
ゆっくりと、少しずつ彼はわたしの中に入ってきた。その間にプロシュートが何度もキスをくれる。ひどい異物感だ。これが本当に、気持ちよくなるのだろうか?プロシュートの連れてきていた女の子たちもみんなこうしたのだろうか。

みんな、声を荒げて彼が適当に名乗ったであろう名前を呼んでいた。あの子たちはみんな彼に夢中だった。わたしだって、形が少し違うかもしれないけれどこの人がずっとずっと好きだ。それなのにうまく肉体で受け入れられないのは、わたしの身体が出来損ないだからなのかな。それとも彼が本当の兄のように愛おしいから?

誰か教えてくれたらいいのに。自分のことが一番わからない。

「痛い」
「ゆっくりだ、深く呼吸しろ」
「うん……」

途中でうまく入らなくなったりして、苦労したようだけれど、プロシュートにやさしく頭を撫でられたりキスをされて、漸く全てが収まったみたいだった。
プロシュートはわたしの手を掴んで、下腹部へと導いた。へその少し下にわたしの手のひらが触れて、それに彼の大きな手が重なる。低く、どこか恍惚とした表情をした彼は、言葉を紡ぐ。

「オレがお前の中にいるぜ」

その言葉が脳裏に染み込み、全身を巡る気がした。わたしたちの手のひらの下に彼がいるのだ。わたしたちの身体は男と女で、いまぴったりと繋がっている。子どもを作る行為をしている。そう実感するとどうしてか手のひらの下の、奥のあたりがじんじんと熱を持って、甘く疼くような気がした。

皮肉なものだと思った。

異物感があんなに酷かったというのに、どうしてか、少しずつ一体感すら覚えている。彼はここに入って然るべきで、わたしは彼を受け入れて然るべき身体の作りであるのだと、肉体からも精神からも思い知った。今までどうしてわたしたちは一度たりともこうしてこなかったのか、疑問を覚えるほどに。

「慣れたか?」
「うん。動いて」

唇を重ねた彼がゆったりと、わたしの中から出入りし始めた。やっぱり変な感じがした。奥に当てられると少し痛いのにおかしな声が出るし、彼が胸に舌を絡めたり手のひらで脇腹をなぞるとぞくぞくした。わたしは酷く興奮していた。初めて人を殺したあの日みたいに、とても動物的な衝動の中にいた。
嵐みたいなそんな中で、自分を失わずにいられるのは、他でもないこの人のおかげだ。

終わってしまってもなお、彼はわたしの中から出てゆこうとしなかった。身体の奥であたたかな体液があるというのに。

「子供を、作りたいの?」

未だ乱れている呼吸をどうにか整えながら、彼に尋ねた。するとプロシュートは彼の腕の中にいるわたしをじっと見つめて、それからキスをした。
ゆったりとしてて、長くて、慈しむようなやつ。ああわたしはずっとこんなキスを知らずにこの人と暮らしてきたのか。
そうぼんやり思っているとキスはおわってしまった。プロシュートは喋る。笑っていた。

「そうしたら二人で、この家で育てるか?」
「ええ?そんなの変だよ。わたしたちが?こんな仕事をしてて?」
「そうかもな。だがおまえとなら悪くない。オレは昔からそう思ってた」

昔って、いつの話を彼はしているのだろう。ずっと彼はわたしにとって家族だった。いつもいろんなことを教えてくれた。いつも、わたしに漠然とした安心をくれた。

ある日、教会の孤児院で神父に犯されそうになったわたしは、当時目覚めつつあったスタンドの力で初めて人の命を奪ってしまった。血に染まったわたしと神父を見つけたのは、他でもないプロシュートだった。その時の彼はすごく落ち着いていて、血で汚れるのも構わずにわたしを抱きしめた。

そんなわたしのために、彼はこんな場所まで一緒に来てくれた。
頼りになる、紛うこと無き兄であった。お互い身寄りもなく、血縁者などいないけれど、きっとそういう愛情に血など関係ない。今でもずっとそう思っている。……そう思いたいから、すがりつくように。

お互い浅い呼吸のまま、汗ばんだ肌を触れ合わせてぎゅうと首に抱きついた。わたしは彼に、感謝と罪悪の気持ちでいっぱいだった。この人が望むのならば、悪魔との契約みたいに全てを捧げたっていい。それなのにわたしはこの人に、いつだって何もあげられない。

「プロシュート?」
「ん?」
「あのね、わたしのカラダね、子供ができないんだよ」

ドキドキして、苦しく思う。誰にも話していなかったことを、この人だけに伝えてしまった。わたしの身体は子を宿す機能がないっていう秘密。
生まれついてのことなのだから、どうしようもないことだ。それでもただ悲しい。この人の気持ちを思えばこそ、どうしようもなく。
どこまでも申し訳なくて身体をこわばらせるわたしを、目の前の彼が硬く抱いた。あの日みたいにとても強く。落ち着いた様子の彼は、きっとさみしい覚悟の中にいるのだ。

「ごめんね」
「馬鹿な、何を謝る」
「ごめんなさい……」
「おまえをそんな顔にさせたかったわけじゃあねぇ」
「……大好きなの。お兄ちゃん」

全てはわたしのせいで、彼はこんなところに、わたしなんかと一緒にいる。だからわたしの前からこの人が消えたって我慢する。いつか一緒に暮らせなくなったっていい。もうこんなふうに、お兄ちゃんって呼べなくなったって。わたしたちは血の繋がりもない赤の他人なのだから。

いつか彼に似た赤ちゃんを見たいとずっと思っていた。わたしがこの腕に抱くことはできなくてもいい。だれかがその子を愛情を持って抱きしめて、幸せってものを、安心ってものを、生まれた時からめいっぱいに与えてあげてほしい。そして、大好きなこの人にちゃんと血の繋がった愛おしい人間を、与えてあげてほしい。
プロシュートにはそれが叶うのだ。彼が素敵で普通の女の子を一人、幸せにしてあげればいいだけだ。
わたしには叶えられない。叶えられないのに、わたしには彼の幸福を祈る神もない。

わたしたちはまたセックスをした。二度目はさっきよりも深く繋がっている気がして、どうしてだろう、と思ったら余計に胸が苦しくなった。それがどういう種類のものなのか、よくわからなかった。
不意に、わたしの手をプロシュートが強く痛いほどに握り、唇へ触れるだけのキスをした。

「オレはただずっと、おまえと二人で居る理由が欲しいだけだ」

低くそう言われてしまえば、目頭がひどく熱くなった。じっと見つめた先の彼は静かにやさしく笑っていた。

わたしが20歳の誕生日を迎えた夜のことだった。