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- ナノ -
恋は誰かの死骸のかたち


いつかジョルノと二人で、安いチョコレートを食べながら明け方まで話し込んだことがあった。君は詭弁家だなって笑ったり、ワインをぐいっと煽ったり、ソファーの背もたれに頭を預けてこちらを見つめる彼は、子供みたいに見えたものだ。あの頃わたしたちはまだお互いの身体に性的な意味を持って触れたこともなければ、今みたいに爛れたような間柄でもなかった。
ジョルノはボスで、わたしはその部下となったばかりであったけれど、わたしたちは友人みたいな関係だった。同じ人を失って、きっとあの頃まだまだわたしたちの傷は乾いていなかった。さびしくて、寄り添うみたいに二人の時間は静かに過ごしていた。

だけどこうなってしまった。いつからか、仕事抜きで彼に会うのは、わたしが彼の自宅を訪ねるときだけだった。広い邸宅に、門を潜らずにエントランスホールも抜けずに、違う場所から入る。スタンドを使って、鍵がなくてもわたしは入ることができた。よく知ってる人を真似た。どこにでも入り込むことができたかつての上司。永遠の恩人。

少し驚いたような顔をしているジョルノは、物音を聞いて寝室の奥のバスルームから出てきた所らしかった。彼はいつも頭の後ろで綺麗に編んである髪を肩に落とし、そこからも、前髪からも滴を滴らせていて、まるでちがう男の様に思えた。しかしその瞳はいつも光っていた。明けの明星のように。

彫刻の様な身体はしとどに濡れていて、バスローブを着ているんじゃあなく腰にタオルを巻いただけだった。そしてそんな男が、わたしに歩み寄ってくる。いつしか背中から立派な羽でも生えてきそうな彼が。

「ナマエ」

その唇に静かな声に名前を呼ばれる。目の前の男から視線をそらして、振り返ろうとした。やはり来てしまったのは間違いだったと思い、入ってきた扉へと走って行ってしまおうと思った。
しかし少し身体を傾けただけで腕を掴まれてしまう。彼の声が聞こえてくる。

「君から来てくれたというのに、逃げないで」

すぐそば、背けた顔の少し上のところで彼がそう言う。いつからか、この人を前にすると呼吸も忘れるし、汗もかかない。まるで全てが彼の支配下にあって、許しが無ければ生理的な現象さえ起こらない気がした。声色一つで人を支配できてしまうこの男の底の知れなさは、一体何だろうか。

「ねぇ。すぐに寝室で服を着てくる。だからここで待っていて。お願いだ」

やさしく唇がこめかみに触れた。だけどそれでもわたしの腕を掴む力は痣が残りそうなほどに強い。
彼の指がギリギリと食い込む感触は、もらったキスよりもずっとわたしの身体に記憶として残る気がした。

「……服なんて、意味ないわ」

顔を上げて彼を見上げた。向き直って、身を寄せる。右に頭を傾けて彼に口付けた。背伸びをする前に、彼はわたしと反対側に顔を傾けながら身を屈めてくれた。わたしの腕を掴んでいた彼の手は離れて、代わりに背中に回ると硬くわたしを抱いた。彼の濡れた肌に自分の肌が触れる。首に、彼の髪から滴った水が流れ落ちる。
それから言葉もなく、ふたりで何度も口付けた。触れた彼の背中に、まだ羽はなかった。

決まってこうなるのだ。ふたりでベッドへ雪崩れ込んで、満足のいくまでセックスする。ジョルノはそういう時いつも獣みたいだった。
その下にどんな感情があろうとなかろうと、彼がわたしの身体に興奮し、その再現のない欲を満たすために噛み付いてくる。呼吸を荒げて、ギラギラした目でわたしを、獲物を睨むように見つめる。あの誰の前でも静かな表情の、冷淡な男が。
わたしはきっとそれがどうにも堪らないのだ。



目を覚ましたのは真夜中だった。ひどく気怠かった。全身が重たくて、喉が渇いている。ジョルノは眠っているだろうか。今のうちにベッドから抜け出して服を着て、逃げ出してしまおう。いつものように。そう思い、起き上がろうして、そして自分の体に起きた異変に気がついた。
腕がベッドから離れなかった。まるで縛られて縫い止められているかのようにびくともしない。

もがいている内に隣から、むくりと身体を起こす気配がした。少しベッドが揺れて、暗闇の中で彼の身体がわたしの顔を覗き込むように覆いかぶさった。わたしはまた凍りつき、仰向けのまま彼を見上げることしかできなかった。

彼の手がわたしの上を横断して伸びるのが見える。パチリと音が聞こえ、ベッドサイドから柔らかなオレンジの灯がベッドの上を照らす。まぶしくて顔を背けると、細めた視界に自分の腕が映った。動かないわけである。
今、わたしの顔を上から見下ろしている彼は、自分の力を使ってベッドから伸ばした蔦をわたしの腕にぐるぐると巻きつけてしまっていたのだから。

わたしは顔をもたげて、恐る恐ると唇を開き、そしてようやく喉から声を絞り出した。

「ジョルノ、離して」

彼は静かな目つきで、懇願するわたしを見下ろしているままだった。空気が凍りついている。彼がわたしの頬に触れる手がやけに熱く感じられるのも、きっとそのせいだ。

「待つのは苦手だ」

彼の物言いは冷たく、何かを押さえ込んで隠しているみたいに思えた。
わたしは浅く呼吸をした。酸素が足りないように苦しい。頬にあった彼の手が身体に伸び、わたしの下腹部を撫でる。

「いや、ジョルノ、はなして、やだ」
「だめだ。君がここにいると、約束してくれない限り」
「どうかしてる」
「そうさ。ぼくはずっと、君にどうかしてしまっているんだ。あの頃だってそうだったよ」

あの頃、だなんて言わないでと思った。たぶんおかしくなったのはわたしの方なのだから。

新しい体制となった組織の中、ボスとしてその風格を確かなものにしてゆく彼のそばで、変わらずにいるのはとても難しかった。わたしはいつまでも変わらずにいたかったのだ。傷口に瘡蓋などいらなかった。生傷のままに、失った人たちとずっと一緒にありたかった。ずっと、傷ついて苦しんでいなければならないと思っている。

最初にセックスをした時に、わたしは確か泣いていた。ジョルノは何も言わなかった。それから、もう、わたしたちは仕事以外で多く言葉を交わすことはなかった。

「ナマエ」

また呼ばれる。今こうして、柔らかな手つきで撫でられるだけでその下の内臓が反応する気がした。身体の自由もきかず、節々が痛くて、恐ろしくてしょうがないのに、熱を持って彼を求める。
ひどく優しい愛撫の末に押し入る彼の熱に、情けなく声を上げた。苦しくて首を仰け反らせて鳴く。そんな首に彼の舌が這い、そして背中の下に腕が潜り込んだ。
はあはあと呼吸を乱して涙を滲ませるだけのわたしに、ジョルノが話しかけた。

「どこにも行かないで。お願いだから、ここにいてください、ナマエ。君とまた一緒に朝を迎えたい」

泣いてる子供みたいに情けない声で、彼はわたしを抱きしめてそう言うのだ。必死で呼吸をしながらその言葉について回らぬ頭で考えた。
避妊具も無しに中にぴたりと収まったそれから直接熱が伝わる。今までずっと自ら望んでこの人と身体を交えてきた筈だった。それなのにどうしてか、今までで一番、この望まぬ瞬間こそが、ジョルノに抱かれているのだという実感をわたしに与えた。

浅い抜き差しを繰り返し、奥にぶつかる、というよりも抉られているような感覚がある。熱を持った彼と肌が密着してて、彼は何度もわたしを呼び、まるでそこに愛情があるかのように、愚かなわたしには思えた。

縛り付けられた腕は動かせず、ぎゅうと強く手のひらを握っていた。それを上から、彼の手のひらが包む。

あっという間にわたしは限界を迎えてしまった。それからよく覚えていない。何度もわたしは同じようにオーガズムを迎えたってことはわかる。その間にきっとジョルノは数度達した。その度にわたしの中に吐き出されたものがわたしをゾッとさせて、余計に興奮させた。

今までで一番恐ろしいそのセックスは、今までで一番わたしを快楽へと突き落とし、そして今までで一番、ジョルノの肌に触れる手や、声は、どこまでもやさしかった。


いつも動物みたいに彼とセックスをして、疲れ切って彼のベッドで眠る時。うつらうつらとしていると下腹部をジョルノが撫でていることに気がつく、ということが何度かあった。わたしはずっと、あれの意味がわからなかった。

そして今、彼はわたしの中に無駄なくその子種を吐き出し終えて、目の前でわたしの下腹部を熱い手のひらで撫でる。何かが明白になる。隠れていた彼の欲望が。彼が、人間らしく思える。

「悪いなんて思わない。君はぼくのものだ。傍にいると、そう言ってください。ナマエ……愛しているんだ」

そういう風に聞こえたのははっきりと覚えている。彼のその言葉はどうしようもなく自分勝手で、残酷で、そしてわたしはそれが、どうしようもなく嬉しかった。

題名:徒野さま