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おそろいの貝殻でねむる


車で乗りつけたのはボロいモーテルだった。仕事を終えて明日の飛行機までの時間を潰すためにやってきた。いかにもカタギらしく無いのも、訳ありっぽく見えるのも避けたかったオレたちはガラにもなく二人で寄り添って、いかにもセックスのためだけに来た浅薄なカップルかのように振る舞ってチェックインした。

そのモーテルは田舎によくある典型的な形状で、二階建ての客室の入り口が真ん中のプールを囲むように立ち並び、オレたちが充てがわれたのは角にある二階の一室であった。
受け取ったルームキーで部屋の鍵を開けている間、ナマエは手摺りに触れながら一階の、客室に囲まれるようにある広場を見下ろしていた。楕円形のプールで小さな子供が父親と浮き輪で遊んでる。子供のはしゃぐ声と、水しぶきの音が聞こえた。
ちらりと見た彼女の横顔の静けさは、何度か目にしたことがある種類のものだった。

「明日の便は何時だ?」
「10時。少し休めるね」
「骨が折れる仕事だったな」
「うん。もうくたくただよ」

荷物を放り出した彼女は部屋の真ん中に鎮座するダブルベッドに座り、窮屈そうにブーツを脱ぎ始める。オレにパンツが見えてることなんて少しも構わないらしい。オレは窓の近くの一人がけのソファーに座って、煙草に火をつけた。

男物を細身の身体に合わせてオーダーしたスーツのようなマスキュリンな服装を好む彼女だったが、こういう潜入じみた仕事の時は違った。今夜の彼女は丈の短いタイトなワンピースに、ヒールの高いブーツなんかを履いて柔らかに髪を巻き、非常にフェミニンな印象を纏っていた。

対してオレは普段よりもラフな格好である。落ち着かない服装で仕事に臨むのは余計に疲れるもんだ。さっさと趣味のわりぃこんなもんを脱いで少しでも眠りたい。彼女がシャワーを浴びたらオレも使おう、とぼんやり考えながら煙を吐き出すと、子供のように小さく喚く声が聞こえてきた。

「や〜。プロシュート、背中のボタン外して」
「あ?ガキじゃあるまいし……自分でどうにかしろ」
「ガキだもん。お願い」

裸足でカーペットを踏みしめながら、背中にどうにか手を伸して眉を潜めているナマエがこちらへとやってきた。オレの目にある灰皿の乗ったローテーブルに座ると、こちらへ背中を向けた。一つ目のボタンだけが外されて、その下にいくつも、きっちりと役目を全うしているボタンが並んでいた。
煙草を口に咥え、身体を起こして辟易した気分でそれに手を伸ばす。

「こんなもんどうやって着たんだ」
「アジトで着替えたの。リゾットがやってくれた」
「あいつにんなこと頼むのオメーくらいだな」
「リゾットにもおんなじこと言われたよ」

一つずつ、貝でできたボタンを外してゆくたびに、白い美しい背中が覗いた。4つ目を開けた時にホックで止められた下着が現れて、その下を開ける時に彼女の下着に触れた。リゾットがこれとおんなじことをさせられたと考えたら笑えてくるし、なんとなく気に入らないような思いもあった。

「面倒な服を選びやがって」
「でもかわいいでしょう」
「嫌いじゃねえのか?」
「え?こういう服も着るよ。女に生まれたんだもん、楽しまないと」

考えてみると彼女のプライベートの服装なんて知らなかった。
全て外し終えると、ナマエはグラッツェと晴れやかに礼を述べながら立ち上がった。そしてなんの抵抗もなく目の前でワンピースの袖から腕を抜き、ストンと床に落とした。下着の中にぴたりと収まっている柔らかそうな胸や、面積の小さな布にあまり隠されない腰や尻が眼前に晒された。
そして下着のまま平然と向かいのソファーに座るこの女は、手を伸ばしてオレの煙草を一本テーブルのケースから盗んで唇に挟んだ。慣れた手つきでそこへ火が灯される。すらりとした脚が霞んだガラスの天板に乗せられて、一層白い足の裏がふたつ、見えた。

「ここ外見はボロいけど、中は結構きれいだね」
「ベッドは一つしかねーけどな」
「そうだね。プロシュート床で寝てね」
「テメーふざけんなよ」

静かに笑って彼女がまた唇に、同じ色の口紅がついたフィルターを運ぶ。

「うそだよ。わたし寝ないから、プロシュートが使って」
「交代で寝ると言いてぇのか?追われてるわけでもねぇぜ」
「ううん。本当に寝ないの。体質なのかもだけど、わたしあんまり眠れないんだ。ここに座ってるよ」

目を伏せて煙を深く吸い込む彼女をじっと見つめた。眠らなくていいのではなく、眠れない。

実のところベッドは彼女に譲ってやるつもりでいた。

長い睫毛は伏せられて、外からのネオンのライトが彼女の頬にそれの影を落とす。こんなちんけなボロいモーテルにいてもこの女はいつもと変わらずに美しかった。

「シャワー使っていい?」
「さっさと浴びてさっさと服着ろ」
「はーい」

軽い返事とともに彼女がバスルームに入っていった。扉が閉まり、少しするとキュッとノズルを捻る音とシャワーの水音が遠くに聞こえてくる。深く煙を吸い込んで、吐き出し、身体の力を抜いた。目を閉じると眠っちまいそうだから部屋を喧しくしたくてテレビをつける。つまんねぇトークショーがやっていた。ゲストの女優がバスルームにいる彼女に似ていると思いながら、ぼんやりと眺める。だがこの女優の方が、白い歯を見せて笑う顔が嘘くさかった。

番組が終わる頃にシャワーの音は途絶え、続いてドライヤーの音が聞こえ始めた。
バスローブをゆるっと身につけて出てきた彼女は頬や手足、胸元を赤く上気させながら、そばにある冷蔵庫から冷えた瓶を取り出して半分くらい飲み干すと、ベッドに手足を伸ばして横になった。

「あーあ、つかれたな」
「疲れてんのに眠れねぇのかよ」
「そう、ヘトヘトな日もだめなの。年々ひどくなってく……いっそ眠らなくていい身体がほしいよ」

そんなのを聞きながら、オレはソファーから立ち上がった。靴底でボロい絨毯の感触を覚えつつ、ナマエが寝転ぶベッドへと向かう。それを感じ取った彼女は閉じていた目を開き、ベッドに膝をついて彼女を見下ろすオレと視線を交わらせた。そのまま見つめ合い、動かない身体の上に覆いかぶさる。

「抱いてやろうか」

頭の横に手をついてそう尋ねた。彼女は怯むことも焦ることも、もちろん照れることもなくこちらをじっと見上げていた。化粧をしていないと幼い、と思いながら掌で前髪を退かせる。

「オレと何度もすりゃあ、いい具合にぐったりして眠れるかもしれねぇぜ」

ふざけ半分でもなく本気で提案していた。そして彼女もそれをわかっているようだった。
胸元がはだけた安物のバスローブから、湯の熱に染まった肌と金のネックレスが覗く。シャワーのときにも外さないこれは、彼女が毎日身につけているものだった。そういうのにどんな想いがあるのかオレは少しも知らない。彼女を知らない。あの女優よりもうまく笑う彼女の腹のうちを。

「いやだよ」
「……」
「セックスなんて嫌い」

存外弱々しい声色でそんなことを言った。だからオレは細い身体の上からのっそりと退き、仰向けのままの彼女の隣にあぐらをかいて座った。頬杖をついて、天井をぼうっと、人形みたいな顔で見上げる彼女を見下ろした。
目鼻立ちが端正だ。顔立ちは幼げなつくりであるのに表情はいつも凛としている。歳は知らないがチームではかなり若い方だろう。その年齢を隠すのも、表に出して利用するのもうまい。初心であどけない女学生を演じることもあれば、見事に娼婦も演じきった。

彼女はオレたちの中では珍しく社交的で開けっぴろげなタイプだったが、しかし根っこの部分が誰よりも閉じていた。この女の本質はいつも巧妙に隠されてうまく見えない。常に何かを演じている。そういう娘であった。ならば今はどんなものを演じて、今こうしてオレという男と同じベッドにいるんだろうか。
黙りこくっていた彼女が唇を動かす。

「……拒んだらやめてくれた人なんて初めて」
「一体どんなクズと寝てんだよ」
「クズはわたしの方だよ」

その言葉について暫し考えて、彼女の額に口付けた。彼女は手を伸ばし、オレの手を掴んで握った。

「寝ようよプロシュート」
「気が変わったのか?」
「ちがう。なんかわたし、今すごく眠たくなってきたの」
「……あんまりオレを信用すんなよ」
「してないから平気」

思わず眉を少し持ち上げて彼女に呆れた態度を示すが、そんなのを気にせず彼女はオレをぼんやりと眠たげな目で見つめた。今にも閉じてしまいそうなそれをどうにも可愛く思い、足元に畳んであるブランケットを引っ張ると彼女のバスローブだけの身体にかけて、隣にオレも横になる。
ほら、と小さく呟きながら片腕を広げると、大人しく彼女はオレの腕に頭を乗せた。すぐそばに来たつるんとした額にまた口付ける。

「寒くないか?」
「うん……」
「ふ、おやすみ」

自然に漏れ出るように穏やかに笑ったのなんていつぶりだったか。
信用してない、なんて答えたくせに彼女の最後の声を聞いたのは、彼女がすでに微睡の中にいた頃だった。彼女はオレの腕に頭を乗せ、身を寄せてシャツをしわになるくらい強く握り、脚も衣服越しに触れさせていた。

聞こえてきた穏やかな寝息を聞きつつ、この娘の眠れない長い夜について考えた。そこにこのオレがいつか介入することはできるだろうか。この閉じた少女の神髄に。
いつのまにか眠れなくなっていたオレの思考回路はそんな方へと向かっていた。ちょうど良い。シャワーのお預けも食らったことだしな。

伏せられた睫毛は彼女の髪と同じ色で、何も塗られていなかった。

目を覚ました時には彼女が目の前にいた。隣にではなく、腕の中でもなく、彼女がオレの顔を覗き込んでいた。なぜだか穏やかに微笑み、睡眠をたっぷりとれたらしいナマエはオレの額にキスを落とし、おはようと囁いた。それから、早くシャワー浴びて準備しろだなんて言いながら彼女は子供を宥めるようにオレの頭を撫でた。

題名:徒野さま