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すてきな憂鬱


ぐったりと床に伏せる白い背中。床へ投げ出された柔らかな髪に、白いつやつやした脚や腕。レースの下着一枚しか彼女の身体を隠すものはない。
明け方に仕事を終えて彼女の元を訪ねてきた。ドアを開けると衣服が脱ぎ散らかされていたから、それが続く先を辿り、ソファーの裏を覗き込んだらそんな光景があった。そういうのを心底愛おしく思う。

ブーツで踏みしめたフローリングにしゃがみ、倒れ伏した彼女に近寄る。腹に腕を回して彼女の身体を起こすと、ぐったりとおれの胸にその背中がよりかかり、心地よい重みを感じた。カーテンの隙間から差し込む朝日が剥き出しの鎖骨や胸をあたたかに眩しく照らす。触れるとき、どこか背徳感を覚えるほどの霊妙たる美しさがある身体だ。覗き込むと目を閉じたままの顔が見えた。乱れた髪が顔にかかっているから指先でピアスの通っていない耳にかける。長いまつげは伏せられていた。

「ただいま」

髪と同じ色の睫毛は下を向いたままだが、ナマエの手が腹にあるおれの腕を力なく掴んだ。小さくおかえり、と漏らすそこにキスをして力強く抱きしめると、潤んだ笑い声が聞こえた。

「笑ってんの?」
「ミスタが抱きしめるから」
「じゃーいくらでも笑わせてやる」

ぎゅうっと力一杯に抱きしめてやると今度は口を開けて彼女がけらけらと笑う。腕に収めたすべすべの身体を抱き上げると、睫毛は持ち上がっておれを見つめていた。

「なんで床で寝てんだよ」
「疲れたんだもん」
「おれも疲れたからベッド行こうぜ」
「やだ、もっと疲れることになりそう」

彼女が手でおれの肩を押して弱々しい抵抗を見せる。そんなことをしてるくせに表情は緩やかに笑っていた。少し酔ってるのだろうか、頬がほんのりと赤く染まっている。おれも笑って、彼女を抱き上げて立ち上がった。

「おらぁ!」
「きゃー!」

ベッドにおっことされた彼女がかわいく叫ぶ。おれがこうやってふざけると、彼女はいつも小さな子供みたいに無邪気に笑うのだ。それが好きだった。
こうしていつも通りに笑ってくれた彼女を見下ろして、ニットを脱ぎ捨ててその身体へ覆いかぶさると、すぐにキスをして柔らかな唇や熱い舌を味わいながら深めた。

「ミスタ帽子、脱いで」
「ん、脱がして」

小さな両手が伸びて帽子の中に入り込み、おれの耳を触る。そのまま髪を撫であげると頭から帽子が落ちた。ぱらぱらと一緒に出てきた銃弾が彼女の頭の横にいくつか落ちた。そんなの気に留めずに首の後ろにまで伸びた手がおれの頭を引き寄せて、抱き締められる。彼女の首に顔が埋まって、嗅ぎ慣れた、好きな香水の香りがおれの精神を癒した。

こういうとき、こいつの他にはもう何もいらないのだと、心から思える。そして彼女もそれに近いことを思っているのではないのだろうかとさえ。そんなのはくだらない、おれの希望的観測だろうか。

「今日、ずっとこのままでいて」
「エーッ……おれは別のことしてぇんだけどォ」
「お話ししてたいの。一日中ミスタと……それか一緒に夢をみようよ」

そう言われて、思わずシーツと彼女の背中の間に腕を入れて抱きしめ返す。おれだってそうだ。昨日見た夕日だとか、ジョルノと大笑いした話だとか、出先のベネチアで食ったイカスミパスタだとか、そういうのを話したい。彼女がおれと会ってない間に見たり聞いたりしたことも、おれのことを少しでも考えたのかってことも、何故さっき床の上で泣いていたのかも。
全部聞かせて欲しかった。

頭を持ち上げてナマエとじっと目を合わせる。

「じゃあ同時にやろうぜ、お前がやりたいことと、おれがヤりてーこと」
「やだっ、できるわけないじゃない!」

笑う彼女が戯れにおれの腕から逃れようとするので、さらに強く捕まえてて抱きしめた。柔肌に鼻先をうずめると髪を撫でられる。この女の子を好きだと全身が叫んだ。





「後ろからがいい」
「ん?いいけど」

珍しい要望に応え、今まさに押し入るために抱えていた彼女の汗ばんだ脚を離す。彼女は後ろ手をついて身体を起こすと、自分で身体をひっくり返す。部屋に入ってきたばっかりの時みたいに白い背中を目にしてしまうと、唇を押し当てて、歯を立てずにはいられなかった。

「いたッ、んう、痛いよミスタ」
「ごめん」

背中に覆いかぶさり、指先で髪を退けると首を舐めた。甘い声を漏らす彼女の腰から尻を掴んで今度こそゆっくりと押し入る。彼女の白い身体は少し震え、おれの全てを受け入れるまで、その喉は小さく子犬みたいに鳴いたりした。

「ミスタ、奥、あたる」
「だな。苦しい?」
「う、苦し、けど、きもちい、あ、あ……」

ゆったりと動き始めると小さな手がぎゅうとシーツを握りしめるのが見えた。それの上からおれの無骨な、分厚い手が簡単に覆って、強く握る。小さな貝殻みたいな爪のある指先がおれのかさついた手からはみ出ていた。

いつも彼女の中は狭かった。気を抜くとどうにかなりそうなくらいに、必ずおれたちの身体はぴたりと隙間なく密着するのだ。まるでそう決まって生まれてきて、互いを見つけたみてぇじゃあねえかと言ったら、彼女には笑われるだろか。だがこんなアホなことを考えるのはこの子といる時だけだ。これからも、そんな風に考えることができる相手は彼女だけだといいと思う。

「はぁ、お話しして、ミスタ」

彼女が荒々しい呼吸の中で吐き出すみたいにそう言った。その声にすがるかのような響きがあった。

「……そーだな、ベネチアは変わりなかったよ」
「うん」
「おれは嫌いじゃあねえんだ。あそこの食いもんとか、匂いとか、あそこにある記憶とか」
「ん……わたしも、あなたと行きたい、な……あっ、んん」

おれの過去の記憶を彼女は知らない。彼女の記憶については、彼女の少ない言葉でしか知らない。彼女は自分の生まれ育ったベネチアの家が嫌いだったと言っていた。だがそれを静かに語る時の彼女は、どこか少し、懐かしそうにもの見えるのだ。好きな気持ちにいろんな種類があるように、嫌いにもいろんな種類がある。おれはそう思う。

彼女は自分の過去へ大量の石コロを投げつけてやりたいくらいに憎いのに、しかし、その足元には投げる石が足りないことがあるようなのだ。
そんな時もある。今の彼女の声が涙で濁っているってことがそれを物語る。おれはどんな時のおまえも愛してる。言葉にしたら陳腐に思えたので、心で呟いた。

「あっ、あ……ッ」
「いきそう?」
「うう、あうっ、まだ、やだ」
「……なら顔見せてくれよ。イヤ?」

こくこくと頷く彼女はもう腕に力が入らず、殆ど上半身が縋り付くようにシーツに沈んでいた。そういう彼女のうなじや背中を見つめて、触れるのも好きだが、それでもやはり顔を見たかった。

目の前でぐしゃぐしゃに泣いてしまったって、例えそれが醜かったとしたって、おれはおまえをより一層愛おしく思うだけだというのに、それを彼女は少しもわかってくれない。たぶんこれからもずっと。

「怒らねーでくれよな」

ずるりと抜くと彼女がその刺激で高い声を上げた。力の入らない肩を掴んで乱暴にこちらを向かせ、背中に手を突っ込むと引き上げる。柔らかな身体を膝の上に抱き寄せた。びっくりしておれを見つめる彼女と目があった。瞳は濡れて、鼻先は淡く色づき、あまりに弱々しい表情をしていた。こんな顔で泣いていたとは。そう思うと胸のあたりがぎゅうっとした。

「み、ミスタっ、みないで」

肩を押し除けてどうにか逃れようとする彼女の力など問題にならなかった。向かい合い、困惑した顔をよく見ようとすると、往生際の悪い彼女はおれの肩に捕まり、首に額を押し当てて隠れた。そんなかわいい彼女のこめかみに口付ける。

「や、やだ」
「綺麗だぜ。おまえは泣いてても、笑ってても」

強引に掴んで持ち上げた腰を沈めて、またおれは彼女の体内に入り込む。彼女の潤んだ苦しげな悲鳴には熱っぽい色が滲んでいた。

熱に浮かされる彼女を何度も穿ち、流れる涙を首に感じた。どれくらいの間一人で泣いていたんだろうか。そこにどんなものがあるというのか。おれに教えてくれよ、ナマエ。おまえにだって、特別に慕う部下が大勢いるじゃあねぇか。おまえはあの人みてぇだよ。おれたちに全てを与え、何も言わずに運命に消えたあの男みてぇだ。
だから教えて欲しい。おまえはあんな風には、決してならないと証明してほしい。

「好きだ、好きだよ」

おれが伝えられることはあまりに少ない。与えられるものなど無いのかもしれない。
夢中で柔い身体を揺さぶっていたところ、おれの首から顔を離した彼女に、また弱い力で胸を押された。今度はそれに逆らわずに離れて、ゆったりと自分の背中をベッドに沈める。おれの胸に両手をついた彼女が、ぼうっとした顔で、相変わらず涙で頬を濡らして見下ろしていた。
窓からの朝日が、重力に逆らわずに落ちる彼女の髪の隙間から、おれの顔に差し込む。

「あいしてるわ」

その言葉に酔いしれながら、スローペースで揺れる彼女の腰を撫でる。焦ったいのに悪くなかった。この感覚はおれだけのものだ。誰にも渡したくないと目を細めて思った。

頬にいくつかの滴が落ちた。

「あ、あ、みすた、抱きしめて……」

かわいい涙声の望むままに彼女の身体を掻き抱く。何度もおれを呼ぶ声も、涙も、甘えた態度も、おれには決して見せない部分も、全部が惜しみなく愛おしかった。

おれを惜しみなく愛してくれとは言わない。心の中を全て見せてくれとも言わない。しかしそばにいて、たまに甘えて欲しい。少し言葉にして、困りごとを話して欲しい。彼女が生きておれを必要としてくれさえすれば、おれにとってはそれが、何よりの証明になるのだ。

(大好きな映画より、台詞をちょっと借りました)