Vert brillant
「あれ?渡せなかったのかい?」
「うん」
二人で歩く帰り道、わたしがバッグから取り出した小さな箱を見て花京院はそう言った。
「承太郎のやつ、ずっと女の子に囲まれてたからなぁ」
そんなこと言ってる花京院こそ、彼の机と下駄箱には女の子の訪問が絶えなかった。なんども前を通ったから知っている。わたしは自分の弱さを憎んだ。キャーキャー騒いで数人で来る子達も、静かに一人で可愛く包装されたチョコレートを持ってくる子も、あの子達はみんな勇気を出したのだ。
「花京院だって、バッグの中いっぱいでしょ」
「まぁね。でも本命の子からは貰えなかったよ」
「まぁねって、むかつくなぁ。まぁねで済まされる女の子達の気にもなってみなよ」
そちらがわの代表と称してわたしは彼に文句を言った。花京院は笑っている。その笑顔はわたしを少しさみしくさせた。
小さな箱にはわたしが試行錯誤しながら巻いた、キラキラの緑色のリボン。彼に本命がいてもべつにいいのだ。この箱さえ渡して仕舞えば、燻らせた気持ちに折り合いをつけてどこか深くに閉まってしまえると思った。しかしそれは愚かな私の甘い考えであった。
「なまえ」
彼がこちらを見る気配を感じたけれど、なんとなく顔を上げられない。なんだか、花京院からいつもと違う空気を感じたのだ。
「いらないなら僕にくれよ。大事に食べるから」
手を掴まれ、思わず見上げるとじっと目が合う。彼は笑顔ではなく真剣な顔をしていた。
偶に彼はこういう顔をする。
「………ダメ」
「はは、やっぱり承太郎用だから?」
いざこういう空気を感じるとなぜか逃げたくなった。どうして彼は時折こんな風になるんだろう。こういう時の花京院はまるで大人の男みたいで、少し怖かった。わたしが突っ立ったまま黙って俯いていると頬に彼の髪と一緒に何かが触れた。柔らかかった。彼の手がわたしの箱を握りしめる指を大きな両手でゆっくりの広げていく。顔がすぐ近くにある。
「僕が尊敬する男に渡らないのなら、これは僕がもらうよ。ちょうどお気に入りの色だし」
花京院はじゃあねと言うとわたしの手から取り上げた箱を持って、あっさりと長い脚で交差点を曲がっていった。彼はいつもそうだ。いつもわたしの何かを抉り取り、飲み込んで、取り返す暇もないうちに消えていくのだ。ちょうど、屋上でキスをされたあの蒸し暑い日のように。
わたしは喋ったこともない人を好きにならないよ。ねぇ花京院。
頬と手のひらの感触だけがいつまでも残った。