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「#寸止め」のBL小説を読む
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Who knows how long I've loved you


朝起きて、陽の射し込む部屋を出てぼんやりとキッチンまで向かうと、男物のシャツを着た知らない女の人がいた。未だ眠たすぎる頭でふらふらと冷蔵庫の中の炭酸水を飲みにきたわたしがおはようと挨拶すると、目をまん丸くした彼女に、間髪入れずに頬をぶたれた。
頬へ与えられた鈍い痛みを感じながら、ぷりぷりと怒ってキッチンから去る後ろ姿を見る。ああ、昨晩彼の部屋から聞こえてきた死ぬ間際の動物みたいな声の主はこの人かと、やはりぼんやり考えた。



コーヒーの入ったマグを二つ持って彼の部屋を訪ねる。少し前にこの寝室に飛び込んでいった女の子は、ついさっきバッグを持ってきれいな服を着て、怒った顔で玄関のドアを開け放って出ていった。
ベッドの上に残った男が1人。彼は上は裸のまんま、指の間に煙草を挟み、ぼうっとした顔をしていた。赤い頬を見るにあの女の人は彼の頬までぶっていったようだった。怒りをあらわにすることを恐れない強気な態度は、彼女の美しさをより際立たせていると思う。好感が持てる女性であるから余計に、ひどい男に捕まっちゃったねと可哀想に思った。

「ぶたれたのか?」
「そうだよ。あなたってひどいなぁ、わたし普通に暮らしてるだけなんだけど」
「悪ぃな。オレもそのつもりだ」

乱れたシーツを被ったベッドの端に座り、同じ方の頬を腫らした2人でコーヒーを飲んだ。プロシュートは前かがみで一服していた。わたしは寝るときの薄着のまんまだったし、彼はたぶん昨晩着てたのであろうスラックスしか履いていなかった。

タバコの匂いだけじゃあなかった。男の人の匂いと、さっきの女の人の香水の匂い。うっすらと汗の匂い。
綺麗な人だった。わたしもあんな麗しい美女になりたいものだ。もう少し努力すればもう少しくらいは近づけるんじゃあないだろうか。だって髪色も、目の色もわたしと同じだった。どうしてか彼が連れてくる女の子たちはみんな。

マグを床に置いて、ゴロリと仰向けに横になった。少し高いベッドだから爪先が床から浮く。まだ眠たいのだわたしは。それなのに頬はヒリヒリする。ひどいなあと思って、彼の背中を見上げた。彼のうなじや背中に、幾つも赤い痕があるのを見つけて思わず笑ってしまう。

「笑える。すげーキスマークあるよ。寝てる間につけられたんじゃない?」
「あ〜……?オメーにもつけてやろーか?」

振り向いた彼が笑っていた。指先に煙草を挟んだままに迫ってきて、思わずベッドから這い出して逃げようとするけれどお腹に回った片腕に捕まってしまう。後ろから、彼はわたしの首にがぶりと噛み付いた。

「痛い!それキスマークじゃあないわ!」
「るせーな黙ってろ」
「やー!」

ガブガブと首やうなじを何度か、ガウンがはだけた為に剥き出しの肩まで何度も噛まれてしまった。痛い痛いと騒いで、しかしお互いに笑ってしまっていた。
ああ、今日こそはどっかで男の子でもひっかけて寝ようと思ってたのになぁ。こんなんじゃあかわいい洋服を着て出かけるのも難しいではないか。

昨晩の性の匂いがするベッドの上で、わたしたちはふざけあって笑っている。この人と子供みたいにじゃれるのがとても好きだった。

「ねぇお腹空いたよ。朝食作ってほしいな」
「その前に風呂だ。オメーも入るか?」
「寝る前に入った」
「いーから来い」

有無を言わさずにわたしを引っ張って、彼はバスルームに向かった。隙を見て逃げようとしてもまた捕まって、結局はパジャマのガウンをひん剥かれるように簡単に脱がされる。しぶしぶと、わたしは朝からシャワーを浴びる羽目になった。

バスルームでまたわたしの肌に歯を立てる彼に笑った。痛いからやめてよって言ったってどうせ聞かないから今度こそ逃げようとしたけど、またまた捕まって、彼の腕に収められる。すると髪を濡らしたくなかったのにシャワーでびしょびしょになった。プロシュートのやつは至極可笑しそうに笑っていやがる。そのじゃれあいは我々がバスタブを出る頃まで続いていた。

ダブルボウルの洗面台の前、髪にオイルを塗りながら、バスローブから伸びる自分の腕にくっきりと歯形があることに気がついた。鏡に映る自分は、バスローブの胸元から見えるだけでもすごい数の噛み跡がある。隣で身なりを整える彼に文句を投げた。

「ねぇ。さっきガウンの上から噛んだでしょう。シルクに歯形がついてたよ」
「小せぇこと気にすんな」
「小さく無いもん。高かったのに」
「新しいのを買ってやる」

彼は不機嫌な態度のわたしの腰を抱いて、額に口付けながら言う。濡れた髪に鼻先を埋めた彼が匂いを嗅いでいる。このオイルの匂いが好きだって前に言ってたな。どうしてかプロシュートの機嫌は良さそうだった。朝から女の子にぶたれたくせに。

「休みだろ。買い物でも行くか?」
「行かないよ。誰かのせいでほっぺた腫れてるんだもん」
「それでもカワイイぜ」

そう言うならばガブガブと好き勝手に噛まないでほしい。わたしの身体はこんな風に時々、噛み跡だらけにされてしまった。
この間、アジトで高い棚にある酒瓶へ手を伸ばして取ろうとした時にニットの裾からお腹が見えたらしく、隣にいたギアッチョがそれを見てめちゃくちゃ怪訝な顔をしていた。自分でも気づかなかった場所、お腹の少し後ろに酷い噛み跡があったらしい。
ギアッチョには、どこのどいつかしらねぇが趣味わりーやつと付き合ってんなぁと、ひどく呆れられてしまった。そうじゃないのに。

バスルームから出てきて、キッチンで冷たい炭酸水をプロシュートと二人で飲んでいた。換気扇の下で煙草を吸う彼は眠たそうにあくびをしてた。わたしはぼんやり、そんな彼に話しかけるでもなく呟く。しかしこういう時に大抵プロシュートは返事をくれた。

「恋人ほしいなぁ」
「どんな男がいいんだよ」
「やさしいひと。たまに一緒にいられればいい」
「ハン。やさしいだけの男ならその辺にゴマンといるだろ」
「いないよぉ。いい感じになった人もみんな、どうしてかすぐに音信不通になるの。片時も離れたくないだとか、そんな風に言うくせに、デートしてたくさんキスして別れて、次の日にはもう電話が通じなくなる。ひどい人ばっかり」

ほんとにそうなのだ。みんな揃いも揃って神隠しあったの?ってくらいに綺麗に消えてしまう。甘い言葉や、嘘に思えない好意を目一杯にくれた人たちがそうなんだから、もうあんまり男の人を信じられない。男の人はやっぱり、みんなひどいのだろうか?わたしはやさしさ以外に何も求めないのにな。
やっぱりわたしが悪いのかな。こんな仕事をしてるだなんて、絶対に悟らせないのに。

プロシュートはわたしのその愚痴には答えなかった。代わりに眠たそうな目のままにコンロの下に内蔵された大きなオーブンにもたれて、淡く静かに笑っていた。彼のそういう顔を見るといつもちょっとぞわりとした。
彼の吐いた煙は換気扇に全ては消えず、ほんのりと、わたしの周りに静かに漂った。

実はわたしは、密かにギアッチョに気があった。元よりギアッチョはわたしなどに興味はないけれど、だけどあんな風にドン引きされてしまったのはけっこうショックだった。二人で住む家に帰ってプロシュートに話したら、彼はゲラゲラ笑ったから殴ってやった。

「おかげで未だにキスしかしたことない。わたしいつまでバージンなの?」
「オレが相手してやるって言ってんだろ」
「馬鹿だなぁ。いっつも変なこと、言わないでよ。お兄ちゃん」

意地の悪い、だけどわたしにやさしい彼を、隣から肩でぶつかるみたいに押した。昔から、教会の孤児院にいるときから、わたしたちはお互いこんな風にちょっと素直じゃない甘え方をする。みんなが兄弟だよって、シスターにそう教えられてきたけど、わたしにやさしいのは彼だけだった。わたしが家族だと思ってるのは昔からこの人だけだ。
甘えるわたしに彼はしょうがないなって感じに笑って、タバコを片手にしたまま乱暴にわたしを抱き寄せた。またケラケラと笑い声がキッチンに響く。キッチンの大きな窓から注ぐ朝日はわたしたちを燦然と照らした。

偽りや隠し事を浮き彫りにしてしまうかのような、晴れた空からのその陽射しは、あまりに眩しかった。朝食を終えるとプロシュートは窓のブラインドを閉めて、今日は家で過ごそうと、またあの淡い笑顔と声色で静かに言った。