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浮き世も夢と申します


仕事終わりに、珍しく感傷的な雰囲気の彼女の横顔を見た。明確な言葉もなく家に招かれて、そして、乱れる髪や、熱に浮かされた表情を初めて見た。

暗い部屋にテレビの白い光だけが見えていた。オレはベッドのヘッドボードにもたれかかって、その隣では枕に頭を預けて寝そべり、同じ画面に視線を注ぐ彼女がいた。
ブラウン管が流すのは薄暗い映画である。オレは10代の時これが好きだったと、彼女の髪に触れながら思い起こしていた。

「その映画って、何年くらい前のものかな」
「15年かそこらだろ」
「ふーん。わたし生まれてないなあ」

最初は聞き流した。しかし頭の中で流れていったその言葉を手繰り寄せて、ようやくオレは隣の彼女を見下ろした。今にも眠ってしまいそうな、柔らかな空気の中で脱力する彼女がいた。

「……今何つった?」
「んー……?」

眠たげな声の主の肩を掴んで問いただす。もう自分の好きな映画がテレビで流れていることも忘れていた。とにかくその言葉の真意が気になって仕方がなかった。

「どういう意味だ?生まれてねぇだと?」
「んん、当たり前じゃあ無いの。わたし、14なんだから……」
「は?おい、ナマエ」

枕に半分顔を埋めて、長い睫毛を伏せた彼女は深い呼吸を始めた。何度名前を呼んでみても、その夜彼女が目覚めることはなかった。穏やかな眠りの中へと落ちていった彼女に置いてきぼりにされたオレは、なすすべもなく彼女に口付けて、テレビを消して、腕にその体温を抱いて眠った。

朝になるとその体温はどこかへ消えていたが。

「おはよう」

キッチンでミルクを飲んでいた彼女が振り向いて笑った。飲むかと尋ねられたので首を振る。まだぼやける頭で扉からそんなのを眺めた。
すらりと伸びた手足に、淡く膨らんだ胸や尻は決して豊満で無いのに柔らかく色っぽい印象を与える。つやつやとした髪は健康的で、窓からの光を美しく反射していた。
こいつが14歳だと言われてみると確かにそう見えなくも無いのは、いま化粧をしていないで、笑ってるせいだろうか。いつも青ざめている肌は甘く紅潮していた。昨晩も、今も。頬紅を嫌う彼女のそんな顔を初めてみた。
顔の造形そのものは幼い印象があるものの、表情はいつも嫌に静かで、落ち着いていた。でも今は違う。彼女はただの年齢相応な美しい少女に見えた。

「なんで近くに来てくれないの?」

冷蔵庫にもたれる彼女は朗らかな笑みと共に柔らかな声でオレを呼ぶ。こんな彼女を見るのは昨晩が初めてだった。オレに気を許し、彼女は子供のような寝顔を見せていた。
歩み寄ってみると、小柄な身体をまるで追い詰めるかのような体勢になった。だが彼女がミルクの瓶を低い冷蔵庫の上に置いてそっと足を進める。ガキ臭い、ミルクの味がする、色っぽいキスをした。この少女はキスが上手かった。

「おまえ、14歳だと」
「ん?そうだけど、どうして?」
「寝る前に話してたろ」
「そうだっけ?いつ眠ったのかわかんないの」

抱き寄せてまた口付ける。自分の手のひらや腕、全てから感じ取れる彼女のどこか脱力した身体をとても可愛く思う。どうやら本当にこの女は未だ14歳のガキのようだ。チームの奴らは知っているのだろうか。オレは少しも、そんなことは考えたこともなかった。ただ童顔で小柄ってだけで、対等な存在であると信じて疑わずに、今も変わらずにそう思っている。

「や、キスやめないで」

唇を離すと彼女がそう言いながらオレの羽織ってるだけのシャツを掴んで、引っ張りながらそう言う。ささやかな要求に子供じみた態度を見つけ、どこか安心し、そしてやはり煩虜と背徳感を覚えた。しかし既にオレの中では、この女を離してやるつもりはなかった。

「なぁ、お嬢さんよぉ。キスしてちゃあ朝食は食えねぇんだぜ」
「だから、キスをしようって言ってるんだよ。ベッドに誘ってるの」
「余程昨晩がお気に召したようだな」
「うん。あんなに気持ちいいの初めてだった」

彼女とのセックスに、たどたどしさや経験の浅さは感じられなかった。何人の男がこの身体を暴いたことがあるのだろうか。オレがその最後がいいと思った。そして他の奴らへ残らず、老いさせて死を与えてやりたい。彼女を知るのはオレだけでいい。そういう薄暗い感情が渦巻くのと同時に、彼女へ対する晴れやかな、まるで愛情みたいなものがオレを支配していた。

「……朝飯食ったらな」
「ほんとう?やくそくね」
「やくそくだ」

そう言えば、また柔らかに笑う彼女はオレから少し身を離して、キッチンのシンクのある方へとぺたぺたと裸足で歩いた。何故だかこの家は土足禁止のようなのだ。

「食いもんあるのか?腹が空いて仕方ねぇ」
「うーん。コルネットとか、ビスコッティとか……あ、あとヌテラとピーナッツバターがたっぷりあるよ」

オレはこいつが、ピーナッツバターやヌテラをそのままバターナイフで食ってるのをアジトのキッチンで見たことがあった。使われた形跡の無いキッチンを見るに、なかなかの偏食家で間違いなさそうだ。というよりもこの国の人間にしちゃあ食に頓着が無いのかもしれない。

「最後の二つはいらねぇが、カプチーノでもありゃあ完璧だな」
「無いの、この家。わたし飲めないんだ」
「何ならある?」
「ミルクと、紅茶と、あ!あと今日で日付が切れるオレンジジュース」

何気ない調子の彼女に、思わず笑いながら答える。素直にかわいいと思った。背中を預けられるような、仲間としての彼女から常に漂う硝煙の香りは今は無かった。
この本質さえあれば何歳でもいい。この女と寝たことは正解だった。

「オレはついてるな」
「かなりね」

キッチンを眺めながら答える彼女を引っ張り寄せて、結局またキスをした。
好き勝手に食べ散らかす朝食を終えて、賞味期限が今日までのオレンジジュースを流し込んで、ベッドへと戻る。その日1日、オレたちはほとんど寝室から出ることはなかった。

題名:徒野さま