無菌室の恋びと
窓もない地下だった。狭くて暗くて、どこかカビ臭くて息苦しくて、こんな場所を好む奴は多分いないだろうなと思った。オレはたまにここのコンクリートの床で、ベイビィ・フェイスと一緒に毛布にくるまって眠った。
「……わたしでスタンドをつくるの?」
そんな地下室の中。両手と両足を縛り付けられて冷たい床に転がっているというのに、彼女はぼうっとした顔を向けて、静かな声色でそう言った。
「いいや」
短く答えた。彼女のそばに膝をついて、その顔をじっと見下ろす。よく見えるように顎を掴んでみると、瞳の色が透き通って見えた。これをくり抜いたらきれいだろうな。
「あんたは映画に出てくる人間みたいな顔だな」
「メローネ、映画なんて見るの?」
「子どもの時に少し見たことがある」
頬を触ってみると、親指が柔らかな頬の肉に少し沈んだ。眠っているところをベイビィで襲って拉致してきたんだ。当たり前にその肌にはなにも塗られておらず、彼女の素顔がよく見えた。
オレは昔から人間が美人だとかそうじゃないとかの区別があんまりわからなかった。顔のパーツやその位置が整っているかいないかってのはわかる。しかしその魅力について問われるとよくわからない。顔つきから性格を測るのは得意だが、オレにとって女に重要なのは最高のベイビィを産めるかどうかってところで、そしてそのためには発育の良さが重要となってくる。だかしかし、こうしてオレの足元に転がる女の身体はほっそりとしており、胸や尻が特別大きくもない。
オレはこの女の何にこんなにも興味を示しているのだろうか。何が彼女をこんなに観察させるのか。すこしもわからなかった。
だから、その服を脱がせることにした。ハサミを使ってしまえば白い肌を暴くのは簡単だった。彼女はその間もずっと、泣き叫ぶでも暴れるでもなく、黙ってオレの動向を見つめていた。下着をつけてない胸が暴かれようとも、腰に引っかかる細いレースを切られても。
まず細い肩。そこからするりとのびる腕は今背中の方できつく縛られている。二の腕は触ると柔らかかった。細い指先は爪がきれいに整えられて、色が塗られているし、これが剥げたり乱れている様子をオレは一度も見たことがない。
胸は薄いが乳房は良い形をしていた。やはりここも柔らかく、淡い乳頭に触ると彼女が少し息を吐いた。
胸の下の脇腹を触ると彼女は肩を揺らした。あばら骨の形を確かめようとしたのに、彼女の口から小さく声が漏れる。それがなんとなくかわいいと思う。
ナイフで入れた切れ目みたいなへそを指先で撫でて、骨盤にも同じことをする。華奢でいるのに腰は少しでっぱり、胸から腹のくびれ、そこからのなだらかな曲線を作ることを手伝っている。
彼女の足を縛るロープを解いて太腿を撫でた。横を向いていた腰を掴んで仰向けにさせる。
脚の付け根、彼女の性器に触れるとぬるりしとした感触があった。指先にそれをまとわりつけ、入り口やら、上の方の突起やらを撫でた。いよいよ彼女の呼吸が本格的に乱れ始める。指を一本沈めてみると、短く彼女が声を漏らした。中は狭かった。
いろんな形をした女がいるが、彼女はやはりそこもきれいだった。肌は柔く白く、粘膜は明るい色だった。指を引き抜いたり根元まで入れてみると、襞が絡みついてくる。震える脚を触りながらそれを続けた。
背後で腕を強く結ばれたままでは呼吸が難しそうだった。しかしこれを解きたくはないと、なんとなく思う。自由にした途端に彼女は何処かへ消えてしまいそうな気がした。
それからまたなんとなく、唇に軽くキスを落とした。すると彼女がぱちぱちと瞬きをしてびっくりした顔を見せる。その顔を見るのは初めてで悪くない。しかしすぐに消えてしまったので、彼女の膝の裏に手を入れると開き、その付け根へ唇を寄せた。その行動だけで彼女の驚き、焦る顔を見る方ができた。何故こんなことでそんなに動揺するんだろう。
舌で舐めあげると彼女は小さく嫌だと漏らした。初めて聞いた否定の言葉があまりに弱々しく可愛く思ったので、逃げる腰を掴むと液の溢れる膣の入り口に舌を浅く差し込んだ。指よりも深くに届かないというのに、彼女は先ほどよりも声を抑えきれないようだった。
「や、メローネ、やだ、だめなの、だめ」
「どうして?」
「しゃ、しゃべるのも、だめ」
「あんた、結構わがままだな」
舌を出したり入れたり繰り返し、指先で突起を何度か撫でると彼女が高い悲鳴を漏らした。腰や太ももが震えて、全身にそれが広がっているみたいだった。唇を離して見下ろしてみると、彼女は涙で滲む瞳を虚ろに宙に向けていた。達したらしい。
「め、メローネ」
子供みたいな声がオレを呼ぶ。彼女がどうしてほしいのかわからず、声を聞こうと身を寄せた。するとささやかに唇を寄せてくるので、ああ、キスをして欲しかったらしいと解る。
唇を重ねながら、もう自分の抑えがきかなくなってきていることをようやく自覚した。取り出した性器はかつてないほど熱を持ち、自分の呼吸は荒かった。何故こんな風になるんだろうか。初めての状態だった。
少し身体を起こし、散々に触れた場所に先を押しあてる。彼女は息を飲んで、下を見ないようにしているように見えた。オレの顔をじっと見つめて目を細めている。どうしてそんなにも不安気なのか。見下ろしながら脚を抱えて、腰を進めた。
首を仰け反らせて、呼吸を荒げる彼女は横を向いてしまった。中は熱くとても狭かった。腕を背中の下で縛られたせいで胸を突き出し、そこから首や腹に伸びる白い肌が美しいってことはわかる。
彼女はたまに仕事終わりにオレを食事に誘った。オレは早くセーフハウスに戻ってベイビィの教育をしたいのに、どうしてもと言って手を握ってレストランに連れて行った。それに甘んじてるオレも自分が不思議だった。
こいつはチームのみんなにそうなんだろうと思っていたが、ギアッチョにその話をしたら怪訝な顔を向けられた。彼女とほとんど喋ったことがないと、彼は言う。
おかしいのだ。オレはよく喋る彼女しか知らなかった。
ぴたりと彼女のなかに入り込むと背筋がゾクゾクした。片手で顎を掴んでこちらを向かせる。涙が覆う瞳がオレを見上げていた。小さな唇はやけに苦しそうに息を漏らす。こんな状態の彼女の顔を見るのは初めてだ。
「あんたの中、すごく温かいな」
「……変わらないでしょう、他の人と」
「意識したのは初めてだ」
ほんとうに、妙に彼女の粘膜や肌を熱く感じるのだ。
レストランで膝を突き合わせ、この間読んだ本だとか買った服のことを話す彼女の顔を見てるのが嫌いではなかった。彼女もオレのベイビィの育成の話だとか、どういう女を母体にすれば良いベイビィが生まれるのかだとかそんな話をしていたが、彼女は笑って聞いていた。
オレたちは互いの話に興味がないくせにどちらもよく喋った。そういえば、考えてみたらオレもあまり他のやつらとこんな話はしないのだ。
「なぁ、苦しそうだ」
「んあ、あ、あっ、ひ」
「痛いのか?」
尋ねたものの、苦し気な顔に興奮して、彼女の身体を揺さぶるのを止められなかった。ひどく汗をかく。彼女の肌も同じだった。
「痛くな、い、う、んん、メローネ、キスして」
「……ああ」
唇や舌を交わらせるのも酷く心地よい。薬をやったときのように全てが興奮材料になるかのような、そういう感覚がオレを蝕んでいた。
オレはどうにかしちまったんだろうか。この女はオレに何をしたのか。その真意を知りたいのに、こうして身体を交わらせれば余計にわからなくなってくるような気がする。彼女の背中に腕を回して、縛られた腕ごと抱きしめた。手のひらに彼女の肌と、縄の感触がある。ずっとこうしていたいと思うのは何故だろうか。名前を呼びたくなる。彼女にも呼んで欲しかった。
「ナマエ……。あんた、もしかして処女だったのかい」
彼女の中から抜いた自分の性器にぬるりとまとわりつく鮮やかな血を見ながらそう尋ねた。彼女は熱に浮かされたような顔のままに頷く。今は自分の下半身から目を逸らさずに見つめていた。
「なら、やっぱり痛かったんだな?」
「少し。でも気持ちよかったよ」
「今も痛むのか?」
「平気だって。腕、しびれてるけど」
「ああ、外そう」
「眠たいよメローネ。さむいし。ここってどこ?」
「オレのセーフハウスの地下だ。上に行くか?」
「うん。ベッドで眠りたい」
「悪いがベッドが無いんだ。ソファーでもいいかい」
「あなたらしいね」
どうしてかくすくすと笑っていた。くったりと力の入らない身体を抱き上げてから、縄を解くのが先だったかと気がついた。しかし彼女は相変わらず後ろ手を縛られたままだというのに、オレの胸元に頬を寄せて目を閉じた。
「なぁ……。怒らないのかあんたは。オレはあんたに酷いことをしたよな?……最初ってのは女には大事なんだろう」
「怒んないよ。スタンドだって出してないでしょう。あなたをぶん殴ることだってできたよ」
「何故だ?」
「わたしメローネのことが好きなの」
「好き……?どういう風に?」
「たぶん、男の人として求めてる」
そう言われて、自分が彼女を異性として求めていたことに気がつく。オレはおそらく、彼女との時間が欲しい。うっすらとそう思った。
オレがいつも適当に眠ってる大きなソファーに彼女を寝かせて、いい加減に縄を解いた。毛布を探してきて被せようとすると、彼女に弱々しく腕を引っ張られた。その手首から肘にかけて、縄の酷い痕が残っていた。それは恐らく、美しくはなかった。
そんな手に引かれるままに彼女と一緒に狭苦しくソファーに横になる。そうすると、彼女は目を閉じてすぐに眠ってしまった。メローネ、と小さくひとつ呟いてから。
セロトニンでも出ているんだろうか。彼女の寝顔を見ていて沸き起こるこの高揚は一体どこから来るのか。
オレは不安でずっと、彼女を腕に抱いたまま眠らずにいた。目を覚ました、ロープを解かれている彼女は、オレ元から消えなかった。
題名:徒野さま