「おいみょうじ!」 「うおっはい」 ドスのきいた低い声に、あたたかな眠りから引き戻される。一瞬にして意識を覚醒させられたわたしは、とっくに授業が終わっていたことを悟った。 そしてこの声。まさかここまではっきり耳にしていて、聞き間違えなんてわけがない。見たくないと悲鳴を上げる自らの心をあえて無視して、わたしはゆっくりと視線を右に向けた。 (めっ…めっちゃ怒っとりますやーん!) 眉をしかめ、顔を赤らめた大和田くんが、そこにいた。 何故怒っているのだろう、なんて、少し考えれば明白だ。十中八九、先ほどわたしが余計なおせっかいで安眠からゆすり起こしたせいだろう。この前助けてもらったお礼に〜と考えていたが、普段から居眠りを嗜んでいるであろう大和田くんからしたら迷惑以外の何物でもなかったのかもしれない。 ごめんなさい、せめて先手を切って謝ろうと口を開きかけた瞬間、大和田くんが「そのよ、」とゆっくり唇を動かした。 「さっきはありがとな」 「うっうわあああすみませ…………えっ?」 顔を真っ青にして謝罪のことばをまくしたて…ようとしたところで、わたしは動きを止めた。お礼? 大和田くんが、わたしに? なんで? 大和田くんは頬を指でかきながらわたしから視線をそらした。 「さっきよぉ、オレが指されそうだっつって起こしてくれたろ。あんときは寝起きでぼーっとしてたから礼を言い損ねちまった。ありがとな、みょうじ」 「え、え、全然…というか、わたしもほら、教科書忘れた時」 だからお互い様、と言外に示すと、大和田くんはこちらを驚いたように見つめた後、ニカッと笑った。 わたしに、笑いかけた。 「そうか! オメー、意外と良い奴じゃねえか。今まで腐川みてえな根暗かと思ってたけど見直したぜ!」 そ、それは…。わたしは別に腐川ちゃんのように暗いタイプってわけではない(失礼だけど)。ただ大和田くんの前ではしゃぐような場面がなかっただけだ。もちろんそんなことを言えるはずもなく曖昧な笑顔で返す。 大和田くんは上機嫌で席を立つと、石丸くんたちの方へと去っていった。 しかし。今思うと眉をしかめて顔を赤らめてたのも、怒りのためじゃなかったんだなあ。もしかして緊張してたのか…。案外かわいい人だな、と頬をゆるめた。 かわいいと言えば先ほどの笑顔。当たり前だけど、わたしが大和田くんに笑いかけてもらうのなんて初めてだ。しかも満面の笑顔を。笑い声が豪快な人だというのはわかっていたけれど、大和田くんはその笑い声と同様、屈託なく笑う。 大和田くんの笑顔を思い出すと、ちょっとだけ鼓動が速くなる。それくらい破壊力がある笑顔だった。 これからは今までよりも少し、本当に少しずつしか無理だけど、自分からも歩み寄ってみよう、そう思った。 |