たわむれを | ナノ



時刻は9時半。一限、数学の授業中である。わたしは平常心を装って黒板をにらんでいるものの、その実手はじっとりと汗ばんでいた。机の上にはルーズリーフとペンケースが並んでいるだけ。簡単に言えば、教科書を忘れたのです。

(やばいどうしよう今日当たるじゃん!)

先ほどの練習問題で、二つ前の席の舞園ちゃんがかけられていた。このままだと、今みんなが解いている問題はわたしがかけられることになるだろう。でも当然わからない。黒板に先生が書き写していく等式を必死で見つめるも、どういう問題なのかがさっぱりわからず、そうでなくてもパニックを起こしかけている状態では解けるものも解けないわけで。
普通、迷いなく隣の席のひとに見せてもらえないか頼むべきなんだけど……。
ちらり、視線を右隣に移すと、シャーペンをガリガリと動かす大和田くん。頬杖をついているせいでこちらからは表情がうかがえない。意外なことに、彼はちゃんと与えられた問題を解いているようだった。朝から放課後までずっと寝てるようなタイプだと思ってたんだけど…。諦めて視線をそらす。寝てたらこっそり拝借してしまおうかと思ってたんだけど、まさか問題を解いてる途中のひと(それも席替えしてからすら一回もしゃべったことのない大和田くん)に借りるわけにもいかないし、わかりませんと答えるしかないだろう。この先生、わかりませんって言うとその場で解かせるからいやなんだけど…背に腹は代えられない。

そうしているうちにも時間は過ぎ、「じゃあ苗木、次の問題」と前の席の苗木くんがあてられる。少し自信なさげに、でもきちんと正解であった苗木くんがほっと胸をなでおろすのを見て心の中で祝福していると、いよいよわたしの番だった。

「じゃあ次、みょうじ」
「はい、」

わかりません、そう答えようとしたらなにかが聞こえた気がして口を閉ざす。
…………空耳?

「…2だ」
「えっ」

また聞こえた、今度ははっきり隣から。驚いて思わず大和田くんの方を見ると、眉間にしわを寄せた大和田くんが、ゆっくりと口を動かした。それが「に」を形作ってるのだと理解して、なにが、と一瞬思った後、答えを教えてくれたのだと気づいてどっと汗をかいた。

「…みょうじ、どうした」
「あっ! え、と、2です」

先生にせかされて慌てて答える。せっかく教えてもらったのに、ここで答えなかったらただでさえ不機嫌そうな大和田くんの顔はさらに歪むに違いない。
わたしの答えを聞いた先生は首を傾げた。

「不正解だ」
「……えっ」

えっ?

呆然と目を見開くわたしをよそに、先生は解説を始める。クラスの意識はもう先生に集中していた。

「……」
「……」
「……すまねえ」

え。ゆっくり視線をうつすと、相変わらず怖い顔をした大和田くんがむすっと唇を突き出していた。余計な恥かかしちまった、と言うその頬は少し赤い。もしかして、恥ずかしがっている、の、だろうか。あの大和田くんが。
彼の表情はしかめられたままだけど、先ほどのように恐ろしいとは思わなかった。

「いや、助かりました、ありがとう」
「おう」

ちょっとだけどもりつつ何故か敬語でお礼を言うと、大和田くんは少し口角を持ち上げてはにかんだ。
なんだか、第一印象だけで避けるには、もったいない人なのかもしれない。



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