たわむれを | ナノ



ついにこの日がやってきた。携帯の日付表示を何度も確認し、こっそりとため息を吐く。食堂にはまだ誰もいない。しばらくしてクラスメイト全員が食堂に揃ったら、昨日女子で集まって作った生チョコを配る手はずになっていた。冷蔵庫の中には、それ用の全員分の生チョコとは分けて、個別に包装されたお菓子がいくつか入っている。これは女子同士で交換するための友チョコや、…言わずともがな、本命チョコとか、である。
わたしが昨日つくったシュークリームの数は九つ、女子全員ともう一つ。

「おはよー、みょうじちゃん」
「あ、おはよ、桑田くん。早いね」
「そっちこそっしょ」

なんともめずらしいことに、二番乗りはそわそわした様子の桑田くんだった。バレンタインを意識していることが丸わかりである。物欲しげな視線をわたしにも向けてきたが、さりげなく目をそらしてかわしておく。

少しの間桑田くんと二人きりの気まずい空間を過ごすと、やがてぽつぽつとみんなが起きだしてきた。おはようとひとりひとりに声をかける。ほどなくして、全員が椅子に座った。いつも通りの朝食風景だけど、男子も女子も心なしか多少そわそわして見えるのは気のせいではないだろう。
朝比奈ちゃんの音頭に合わせてみんなでいただきますとごちそうさまを言い、いよいよチョコを配る時が来た。

「ほら、かわいそーな男どもに恵みのチョコだよ!」と江ノ島ちゃんが笑顔で生チョコが入ったタッパーを持ってきた。途端に上がる歓声。我先にと飛びかかる桑田くんや葉隠くんをしり目に、本命がいる舞園ちゃんや腐川ちゃんが背中にラッピングしたそれを隠している。バレンタインの日の女の子って、数割増しでかわいく見えるよね。

と、例年ならそれで終わるのだけど、今年のわたしは一味違うのである。慌てて冷蔵庫へ駆け寄り、自分にしては丁寧にラッピングした箱を取り出す。

「あの、お、おわだくん」
「あ?」

生チョコを美味しそうにつまんでいる彼の背中を、ためらいながらも軽く叩く。目を丸くして振り向いた大和田くんに、遠慮がちに箱を差し出した。

「これ、よかったら、シュークリームなんだけど」
「お? ……おお!?オ、オレがもらっていいのかよ!?」
「も、もちろん!」

むしろ大和田くんにあげるために作ったのだ、とまでは、さすがに言えないけど。
顔を赤くしながら、おそるおそると言った手つきで箱を受け取る大和田くん。

「ありがとよ、みょうじ。スッゲー嬉しいぜ」
「そ、そう?なんかそこまで喜んでもらえると、むしろ申し訳なくなってくるな。おいしくなかったらごめんね…」
「馬鹿野郎、みょうじが作った菓子がまずいわけねぇだろ!」
「えっ!?ご、ごめん!?」

大和田くんはわたしに何を期待しているんだろう?確かに念を入れすぎってほど味見はしたけど、それでも大和田くんの口に合うかどうかは不安なところである。

本当なら二人きりのときに渡して、本命だと打ち明けようという覚悟も、あることにはあったのだけど。まず二人きりになれる気がしなかったし、まあ告白なんていつだってできるのだから、今日は渡せただけで満足しておこう。そうやって自分を甘やかすから進展しないんだよなあというのは自分が一番わかっている。でも大和田くんにこんなに喜んでもらえただけで、満たされてしまったのも事実なのだ。
大事そうに小さな箱を抱えた大和田くんの赤らんだ笑顔をまっすぐに見つめて、なんだかすごく幸せなバレンタインだなあ、と思った。




2014 ハッピーバレンタイン

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