桑田はクラスで一番仲のいい男の子だ。彼は底抜けに明るい。ちょっと調子に乗りやすくておつむが足りないところが玉に瑕だけど、短気かと思えば案外心が広かったり、いわゆるムードメーカーとして場を和ませたり、なんというか一緒にいて楽な奴だ。 「なあ、苗字明日暇?」 「うん、ひまひま」 「じゃあこの前言ってた映画見に行こうぜ!」 「いいよ!」 それなら何時にどこで待ち合わせで〜、と予定を組み立てていく桑田は笑顔だ。 少しばかり自惚れが過ぎるかも知れないけれど、きっと桑田もわたしと一緒にいて楽だと感じてくれていると思う。こうして休日遊びに誘うのは好みだと公言している舞園よりも先にまずわたしだし、班を組めと言われたら真っ先に声をかけてくれる。もちろん、明るい桑田には他にも友達がたくさんいるし、わたしだって桑田程ではなくても友人はいる。だけど、お互いがお互いをその中の上位に位置付けていることは間違いなかった。 桑田は意外とマメで、今だって先週ちらっと会話に出しただけの映画のことを覚えてくれていた。手際良く最低限の取り決めだけをして、苗木くんたちとキャッチボールをするのだと言う桑田の背中を見送る。明日、楽しみだなあ。 △ ▼ △ あいにく、本日は雨。赤い傘をさし、黒いビニール傘のとなりに並ぶ。普段だったら選ばないこの派手な傘は、実は桑田を意識して決めたもの。さすがに照れくさくて本人には言えないけど。 「あーあ、なんか拍子抜けだったなあ、あの映画。特に主演俳優がパッとしねえっつーか!」 「え、そう? 結構かっこよかったじゃん」 「…なに、お前あーゆーのがタイプなわけ?」 「そういうわけじゃないけど〜」 冷たそうな端正な顔立ちのあの俳優は十神くんを思い起こさせた。だからなのか、少し親近感を感じていた。 桑田はおもしろくなさそうに唇を尖らせている。 「ふーん。まあ俺がやった方が絶対人気でたけどな!」 「はは、なにその自信! ギャグ映画になっちゃうじゃん」 「ハァ〜? ありえねえっつの! 観客動員数増やしまくり確定だって!」 はいはい、と適当に相槌を打ちながらまだ熱弁してる桑田を横目に見つめる。桑田といると退屈することがなくて、少なくともわたしは、性別とか関係なくずっと一緒にいたいと思う。もちろんあっちがどう思ってるかはわからないし、許してくれるなら、だけど…。 つまらない話を交わしていると、あっという間にバス停に着いた。わたしは駅まで帰るが、桑田とはここでお別れになる。雨も小ぶりになってきて、真っ赤な傘をたたみながら「じゃあまた学校でね」と笑いかけると、その様子を真剣な顔でじっと見つめていた桑田がゆっくり口を開いた。 「なあ……苗字」 「ん?」 聞いたことのない声音に少しびっくりして身構える。 桑田は何か言葉を続けようと逡巡して、一瞬悔しそうに眉をしかめた。そして振り切るように頭を振って、 「今日は楽しかったな!」 その言葉に違和感を覚える。今まで何度か一緒に出かけたことがあるけれど、こんなこと言われたことがなかった。でも悪い気はしなくて、うんと勢いよく返事をすると、桑田は困ったような顔をしていた。 今度こそ踵を返して歩き出す。次はわたしから遊びに誘ってみよう、なんて考えながら。 20130926 夏目漱石が『月がきれいですね』、二葉亭四迷が『しんでもいい』と訳した「I love you」。----- 桑田怜恩は『今日は楽しかったな。』と訳しました。 http://shindanmaker.com/321025 |