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これは嫉妬ではない。

「あのさ、鳴、付き合う女の子は選びなよ」

放課後、日誌のフリースペースを埋めるのに躍起になってるつむじを見ながら言葉をこぼす。鳴は自分から黒板消すの手伝ってくれと言ったくせに、まだいるのかとでも言いたげな視線を寄越してきた。

「なに?突然。…あっ、わかった、名前俺が田中さん可愛いって言ってんの盗み聞きしたな!?」
「べっつに〜」

その通りだけど。盗み聞きじゃないし。たまたま聞こえてきただけだし。
田中さんは隣のクラスの小柄でかわいい女の子。だけど、去年同じクラスだったわたしは、彼女の性格はあまりよろしくないと断言する。…保護者ヅラして幼馴染にこんなこと言うわたしに言えた義理じゃないけど。

「鳴はね、調子乗りやすいから、変な女の子につかまりそう」
「なにそれ!?俺モテるよ!?」
「関係ないじゃん!むしろモテるからこそだよ!見た目だけで彼女選んじゃダメだよ!」
「ハ〜!?俺がそんな男に見える!?」
「見えるから言ってる」

あーもう名前がうるさいから日誌終わんない!鳴がわざとらしく仰け反って声を上げた。
みんな部活に行ったり友達と寄り道したり忙しいから、テスト前でもない放課後の教室には暇人のわたしと、少しばかりの遅刻が許される立場で、なおかつ日直の鳴しかいなかった。

「じゃあなに、名前は俺がどんなカノジョ作れば満足なの」
「そりゃまあ、小柄で華奢でかわいくて、」
「名前だって見た目ばっかじゃん!」

「うるさいなー」そりゃ、だって、鳴の隣に並ぶ女の子は、それ相応にかわいくなければならないだろう。

「優しくて、鳴が辛い時に気付いてくれて、鳴の支えになってくれて、鳴が忙しくてもあんまりわがまま言わなくて、むしろ鳴を甘やかしてくれて、でも鳴が調子乗ったら窘めてくれる人で」

鳴は仰け反った体勢のまま、天井を仰ぎ続けている。日誌はまだ埋まっていない。

「鳴をちゃんと好きでいてくれる子」
「…それさー」

ゆっくり体を起こした鳴は、目元を体の割りに大きな右手で覆っていた。

「ん?」
「んー…」
「なに、理想だよあくまで、別にわたし鳴にだから誰々にしとけなんて言わないし」
「んー…、それさあ」
「…うん」
「名前がそういう子が、いいって思ってるんでしょ、ならさあ」
「うん」
「俺は名前がいい」
「…えっ」

何を言われたかわからなかった。右手の離れた鳴の顔は、夕日に照らされているから、というのを差し引いても赤らんでいて。

「俺は名前がいいんだよね」

「…え、なになに、冗談」
「まー、名前が俺を好きでいてくれたら、っていう条件付きだけど?」
「ちょっと待って、わたし別にそんなつもりで言ってないって」
「でも、名前俺のこと好きでしょ」

そういう好きじゃない。咄嗟にそう言えればよかったのに、わたしは思わず口をつぐんでしまった。だって、本当は、そういう好きだ。態度に出したことはなかったけど。なかったのに、なんで。
何も言えないでいるわたしを見て、鳴はとろけそうな笑顔を浮かべた。いつもの自信満々なそれとは違う笑顔。なにそれ。心の中で悪態を吐く。なにそれ、そんなの反則だ。ますます何も言えなくなってしまう。

「俺は、名前のこと好きだよ。俺の理想のカノジョはいつだって名前だし」

小さくて細くてかわいくてって条件にはあんまり当てはまんないかもだけどね、と笑い声をあげた鳴の肩を真っ赤になりながら軽く叩くのが、わたしにできた精いっぱいだった。




20140226

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