「おい」 「はぁ? わたしは『おい』なんて名前じゃないんですけど」 「例えばの話だけどよ、オレと日向が崖から落ちそうになってたとするじゃねーか」 「!? エッ何その設定」 「そんでお前がどちらかを助けようとすると、もう一人がその間に落ちちまうとするだろ」 「無視かよ…まあいいや。それで?」 「その場合、苗字ならどっちを助ける?」 いつになく真剣な表情で左右田くんが話しかけてきたから何かと思えば…なんだこの質問。わたしは口元に指をあて、考え込むフリをしながら必死に笑いをかみ殺す。 だって、そもそも左右田くんがわたしに話しかけてくるのがめずらしいのだ。初対面のとき、左右田くんの風貌に大いにビビったわたしはたいそう失礼な態度をとったらしく(ここらへん記憶が曖昧である)、気づいたら目の敵にされているようで、いつも遠巻きに睨まれているのだ。おかげでほとんど話したことが無いが、そんな彼が何をもってこのような問いかけをしてきたか。それを考えれば答えるべき選択肢も自ずと決まってくる。 (左右田くん自身、ほとんどしゃべったこともないような女に唐突にこんなことを聞いて、自分が選ばれるだなんて考えてないはず。日向くんと迷わず言ったわたしを薄情者だなんだと罵るつもりなんだろう。そうはいくか!) わたしは顔を上げると、なんとか出した結論です、と言わんばかりに眉を下げて微笑んでみせた。 「日向くんには申し訳ないけど…わたしなら左右田くんを助けるかなあ」 「えっ」 「うん?」 硬直した左右田くんに、どうかした?と首を傾げる。もちろんフリだ。内心では予想通りのリアクションに笑いそうになるのを必死で堪えている。 左右田くんはたっぷり十秒ほど無言のまま固まると、湯気が出そうなほど顔を真っ赤に染め上げた。 ……ん? 「そ、そそそそうかよ。へえ。まあ別にこの質問に意味なんてねーけどな! なに真面目に答えてんだよ!」 「はぁ…?」 「もうオメーに用はねえぜ、じゃあな!」 左右田くんはくるりと背を向けると、バタバタ足音を立てながら慌ただしく去って行ってしまった。 ぽかんと一人取り残されたのはわたしの方である。 「なんだあれ……」 20130819 |