校外学習・恋愛編(中A)(涼・キョン長)
長門宅を出たのは午前八時過ぎ。結局元の待ち合わせ時間と大して変わらないが、元はと言えば俺自身の失態が原因なので文句は言えない。まぁ言うつもりもないがな。長門の私服が見れたのにどう文句つけろってんだ、むしろラッキーだ。
…閑話休題。
「…さて、どこに行くかな」
あまり交通費とかで無駄金を消費したくはない。使うならプレゼントとかゲーセンとか、その手のがいいだろう。それなりの対価があるんだし。
…ところで、
「ひょっとしてだが長門よ、お前なりのデートプランとかってあったりするか?」
あったりしたなら一大事だ。卑しくも長門様が考えて下さったプランを、俺の朝食で打ち砕いちまったやもしれん。
大物演出家のプランを些細なミスで台無しにしちまった新米舞台スタッフの心境で俺は長門の言葉を待つ。当の長門は(俺にとってはかなり長く感じられたが)しばしの沈黙のあと、
「特になかった」
全世界が停止したように思われた。
というのは嘘ぴょんで、俺は少し安堵しつつ心で「やれやれ」と呟いた。
初デートがこんなグダグダになるのって前代未聞じゃないか?いや、実際どうかは分からんけどさ。
「…何だったら、適当にそこらへんぶらぶらしてみるか?」
流石にいつまでもノープランなのはアウトだろう。見知った場所でも新たな発見があるかもしれないし。…って、やってることはいつもの不思議探索と変わらん気がする。
「そうする」
よし、じゃあ行くか。
とりあえず俺達は歩き出す。まぁ時間はたっぷりあるさ。のんびり行こうや。
ぶらぶら歩いてたどり着いたのは、いつぞやの映画撮影で朝比奈さんがバニー姿で歩き回るハメになった公園。
普通に歩けばただの森林公園で、祝日だけあって家族連れや散歩するじーさんばーさんとかがけっこういる。ついでに言うとカップルもちらほらな。
天気は良好。風もなく、日差しが暖かい。
平和だ。実に平和だ。
「くぁ」
久しぶりに伸びやかな気分になって、俺は歩きながら文字通り伸びをする。
「………………」
一方の長門は相変わらずの無表情である。まぁこの姿がコイツのデフォルトなのだが、デートの日にこんな顔をされると気が気でならない。正直言うとけっこう不安だ。と、
「あっ」
俺達の目の前でかけっこをしてたちび助が転んだ。おちびの転倒といえば、次に来るのはあれしかない。
「うぇぇ〜ん…」
案の定、これだ。やれやれ。
とりあえずなだめに行くことにする。おい少年、大丈夫か?
「うぅ〜…」
まぁ一発で泣き止むとは思ってなかったけどさ。あ〜あ、膝すりむいてら、そりゃ痛いよな。長門、ティッシュか何かあるか?
「………………」
長門は無言で俺の横にしゃがみ、少年の膝小僧に手を――。
「ストップだ長門」
俺達以外に情報操作は――。
「あ?」
ピタリと止まった長門の手に握られていたのは、濡れた白いハンカチだった。
「………………」
目で「問題ない」と答えた(…ように俺は感じた)長門は、ハンカチを少年の傷口に当てる。血と汚れが取り除かれ、綺麗になった膝小僧が現れた。
「そこ」
次いで長門が指差した先には水道。さっきのハンカチはあそこで濡らしてきたわけか。少年の膝小僧は新たな鮮血で滲んでいる
「とりあえず足洗ったほうがいいな。よし、歩けるな?」
涙を拭きつつ少年は立ち上がる。よし、それでこそ男だ。いつまでも泣いてちゃみっともないからな。
「………………」
気づけば長門は少年の手を握っていた。たぶん自分から握ったんだろうが、少し羨ましいと感じたのは我ながら大人気ない気がする。そこ、笑っていいぞ。
少年の母親は、彼が泣き止む頃に現れた。
さっきまでの泣き顔はどこへやら、笑顔で手を振る少年と何度も頭を下げる若い母親に手を振って軽く答えつつ、俺は長門に詫びた。
「なぜ?」
小首を傾げる長門。そりゃそうか。いきなり詫びたわけだし。
「ほら、ハンカチをさ…情報操作って疑っちまったろ?だからさ…」
しばらく間を置いて、長門は納得したように頷き、
「別にいい」
そして、
「………………」
そのまま俺の手を握った。
「………………」
「………………」
しばらくお互いに無言の状態が続き、
「……嫌だった?」
上目使い。
「嫌じゃない、嫌じゃないぞっ?!むしろバッチ来いだっ!!アハハハハ……」
自分でも驚くくらいのパニクりようである。
「そう」
弱い風が吹く。ああ変に温い風だなぁコンチクショー。
「…じゃ、も少し歩いてみようぜ?」
ようやく頭の回転が戻ってきた。どんだけ天パってたんだか全く。
頷いて、長門は歩き出した。俺も一緒に歩く。しっかり手を繋いで、さ。
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