倒れるところに土はある(涼・キョン長)


その日は春の麗らかな日差しに包まれたまさにピクニック日和とも呼べるような日であり、むろんそんな日をハルヒが見過ごすはずはなく、市内探索は予定を変更して近くの山へのピクニックとなった。そのため俺は更なる財布の出費は免れたものの、辞退した朝比奈さんと手ぶらの長門を除く全員の荷物持ちの役割を担わされるハメになった。まぁいいさ、大した量じゃないしな。だがそれよりも気になるのは、
「うん、思った通り、ツチノコとかがうじゃうじゃいてくれそうな場所ねっ」
なんて言いながら先頭に立ってズンズン歩くハルヒである。このピクニックがただでは終わらないであろうことは、この猪突猛進の団長の姿勢からもよく分かった。
「楽しそうですね」
それを知ってか知らずか、古泉は相変わらずの微笑を浮かべている。ホントお気楽なヤツだよお前は。
「いえ、予想以上に涼宮さんの状態がプラスで安定してますので、僕としてもホッとしてるのですよ。今回彼女は、純粋にピクニックを楽しみたいのでしょう。あなたの懸念してる事態は、恐らく起こりませんよ」
分かったからこっちにウインクなんかするな、気色悪い。
そうですか、と肩をすくめる古泉を尻目に、早くも息を切らして山を登る朝比奈さんと、それを後ろからサポートする長門と、二人を通り越した先に見えるハルヒの背中を視線に捉えながら俺は荷物を持ち直して山を登った。


…さて。
ちっとも嬉しくないが、このピクニックがただでは終わらないという俺の予感は見事的中した。もっとも、ハルヒは事を起こさないという古泉の推測も当たってたけどな。
つまりだ、今回の出来事はどうやら偶発的なものだったらしい。今の俺にはそれが偶発的だろうが必然的だろうが全く関係ないが。
ともかく、話の続きをすることにしよう。


それが起こったのは、山の中腹まで登ったときのことだ。
さすがに疲れを感じつつ、それでも俺達は山を登り続けた。
「す、涼宮さぁん…待ってくださぁい…」
かなり息を切らしつつ、朝比奈さんが弱々しい声を出した。歩調がかなり危なっかしい。
「なぁにみくるちゃん、もう疲れたの?こんなとこで弱音吐いちゃ――」
汗一つかいてないハルヒが振り返って説教垂れようとした、その時である。
「ゎひゃっ?!!」
「みくるちゃんっ?!!」
「朝比奈さんっ?!!」
朝比奈さんが足を滑らせた。下は崖……って、ヤバいっ!!!
助けようと前に出た瞬間、
「ひゃっ?!!」
朝比奈さんが山の斜面側に吹っ飛んだ。ホッとしたのもつかの間、
「あ、」
「有希っ?!!」
「長門さんっ?!!」
「長門っ?!!」
今度は長門がバランスを崩した。朝比奈さんを助けて、自分が危機的状況に……って、
「手ぇ伸ばせっ!!」
前に出てたのが幸いした。身を乗り出して長門の腕を掴み、よしこれで――

ガラッ。

「……マジ?」
足場が崩れた。
「キョンっ?!!」
ハルヒの声が真上を通る。
「うおおおおおおおおおっ!!!」
絶叫する俺と、こんな状況でも無表情の長門の二人は、なす術もなく墜ちていった。


「……ッツ」
どうやら気絶してたらしい。痛みと微かな重みで目覚めると、
「………………」
目の前に、吸い込まれそうなほどに黒い瞳が見えた。
「なが――ッウッ……」
慌てて身を起こそうとして、激痛に襲われた。
「動かないで」
淡々とした言葉とともに、身体が押さえ付けられる感覚。すぐに右腕に痛みを感じた。
「骨折」
言うなり長門は俺の右腕に手をかざす。たちまち痛みは癒えた。動かしてみても、何ともない。
「相変わらず凄いな…ところで長門よ」
「何?」
「…そろそろ下りてはくれないか?」
長門の下敷きになってるこの状況は、本音を言えば全く悪い気分はしないのだが、いつまでもその状況を甘んじてるというのは男として、いや人としてどうだろうか。
「……理解した」
するすると長門は俺から下り、身を起こした。あっけない割に何となく残念そうなのは気のせいだろうか。かく言う俺も、急に腹の辺りが涼しくなってどことなく寂しい心地がするが。
改めて身を起こす。周りには鬱蒼と繁る木しかない。圏外なので電話も使えない。
次に身体を確認。あちこち擦り傷だらけだが、それ以外に大した怪我はない(ちなみにあちこち汚れてはいるが、長門は無傷である)。あったとしても、さっきの骨折みたいに長門が治してくれたんだろうが。全く、コイツにはつくづく頭が上がらないね。
「ありがとな、長門」
「こちらこそ」
こちらこそ?
「助けてくれた」
あぁ、あれか。当然だろ。
「何故?」
ん?
「あなたはわたしの情報操作能力は知ってるはず。たとえ転落しても、無傷で戻ることは可能だった。あなたが危険を冒してわたしを助ける理由はないはず」
――ははぁ、なるほど。
一見すればムッとするような台詞だが、長らく同じ時間を過ごしてきた仲間だ。何を言わんとしてるのかはすぐ分かった。

――コイツなりに、責任を感じてるんだな。

「理由なんざねぇよ」

長門が少し目を見開く。

「大切なヤツを助けることに、理由なんかいるか?」

長門の目を見て言ってやる。
「お前はどうだ?役目とか、お前の親玉の意思とかは関係ない。大切だと思ってくれたから、俺を助けてくれるんじゃないのか?」
長門は黙っていた。その沈黙の意味は敢えて聞かない。YesだろうかNoだろうが、それが長門本人の意思ならどっちでもいい。出来ればYesの方が嬉しいが。


二人で発見した獣道を登っている途中で電波が通じ、ハルヒ達と連絡が取れた。合流地点までしばらく歩くことになるが、救助隊を呼ばれるより遥かにマシだ。
「ふぅ…」
少し立ち止まって一息つく。随分歩いたはずだが、先はまだ長いらしい。
「疲れた?」
少し前を行く長門が尋ねる。わざわざ戻ってきてくれるとは嬉しいにも程がある。
「少しだけな、大丈夫だ」
言いつつ俺は汗を拭う。ここで止まるわけにはいかないからな。
歩きだそうとすると、軽い引力を背中に感じた。
いつの間にか後ろにいた長門が、シャツの裾を引っ張っているらしい。
「どうした?」
「捻った」
捻った?何を?
「足」
……あー、スマンが長門、俺にはお前が足を捻ったようには――。
「………………」
有無を言わさぬ訴えるような視線を受け、俺は慌てて言葉を飲み込んだ。それから、
「ほら、乗れるか?」
自分から腰を下ろしていた。長門が俺の背に完全に身を委ねたのを確認して、俺は腰を上げた。
とたんに疲労感は吹っ飛び、身体は恐ろしく軽くなった。
――そういうことか。
「ありがとな」
「………………」
反応はないが、俺は満足だった。何故かって?

長門が自分の意思で、俺の疲労を除いてくれたんだからな。

自惚れかもしれないが、けどよくよく考えてみりゃ骨折なんかと違って、そんなことする必要なんかなかったんだから。だってそうだろ?ただ疲れたってだけなら、少し休めば問題ないんだからさ。
「…よし、じゃあ行くか」
長門を背負ったまま、俺は歩き出そうとする。
「………………」
微かにだが、背中から戸惑うような気配を感じた。
「足捻ったんだろ?無理すんな」
「………………」
返事はない。代わりに、しがみつく腕に少し力が入った。

それから更にしばらく登ったところで、ようやく足場が安定した。かなり歩いたはずだが、長門のおかげか、疲れは全くない。
「もう少し先か…」
やれやれと安堵感を抱いていると、微かな寝息が聞こえてきた。
どうやら長門は眠っているらしい。全く気付かなかったぜ――ん?
「待てよ?」
情報操作って睡眠中でも使えるのか?それとも長門が敢えて止めずにいたのか?

――どっちでもいいか。

長門が俺のためにしてくれてることには変わりない。つか、女子にいろいろとしてもらってるとか情けないにもほどがあるだろ、俺。
長い長い恩返しの人生が待ってそうだなと苦笑してると、ようやく聞き慣れた声が聞こえてきた。
長門を起こさないように、俺は手を振ってハルヒ達に応えた。



――Fin


********************

後書きに変えて

なげぇ…なげぇよ(汗)
そのくせ内容が支離滅裂(爆)すみませんハプニングが書きたかったんです^^;
もっとベタベタな二人を書きたいですがいかんせんうまくいかない…ごめんよ長門←←

- 3 -


[*前] | [次#]




目次へ
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -