永い夢への追想(涼・消失風味)


目の前に改札機がある。通行証は、手元にある一枚の栞。コイツを通せば向こうに行ける。だがコイツを通せば……。
微かに引かれる袖。それは紛れもない抵抗であり、同時に意思表示であった。

俺は、この手を振り払うべきなのか?

躊躇したその刹那、強烈な痛みが脇腹を襲った。しかし、振り向けない。声も上げられない。脂汗とうめき声だけが出る。そして、揺らぎだす意識。……死んだな、こりゃ。
誰かが笑う声がする。聞き覚えのある、無邪気な殺意を孕んだ声。
――言ったでしょう?あの子を傷つけることは許さないって。
俺は、どれだけアイツを傷つけたんだろうか。思い出そうにも、既に頭が働かない。目の前はほとんど見えなくなっている。
報い、か。
意識が暗転する直前、俺はそんなことを思った。






温かい。
この言葉が、意識が再び浮上してきたときに真っ先に思い浮かんだ。次に、ここはどこだ?そして最後に、生きてるのか?
目を開けてみる。突然の眩しさに反射的に目を閉じる。ここは天国か?そんなもんあるかも疑問だが。
「起きた?」
――どうやらまだこの世らしい。聞き慣れた声が耳に入る。そちらに顔を向けるが、その姿はまだ朧気だ。
「長門……」
クソッ、頭がクラクラして起きれない。
「急に動かない方がいい」
長門の肩を借りて身を起こす。見覚えのある長門宅の客間だ。
「どうなってんだ?」
状況がさっぱり掴めない。何も思い出せんし。
「一時的な記憶障害。人体に影響はない」
「そうか、いや、それよりもだ」
どうしてこうなったのかさっぱり分からん。
「あなたの意識に突如介入が行われ、人体には対処不可能の膨大な情報が瞬間的に錯綜した。あなたの精神への影響を考慮し、わたしが一時的にあなたの意識を停止させた」
どうやって?
「手刀」
……次はもっと音便に頼む。それはそうと、介入?
「そう。平行世界より大量の情報が流入した」
平行世界…ね。
「発信元は把握している」
たぶん俺にも分かる。アイツ以外に誰がいるだろう。眼鏡をかけた、内気な文芸少女。あの世界の創造主。
「気になる?」
長門が問いかける。
「……少しだけな」
もうあの世界には戻れない。だからこそいろいろと気になる。けどな、
「戻ろうとは思わないかな」
せっかく長門が戻してくれた世界だ。そいつを否定するのは、今ここにいる長門を否定するに等しい。
「俺はやっぱり、お前がいい」
アイツにもそう言った。
「……そう」
ああ、そうさ。


罪の報いは償うさ。
俺は、長門と生きていく。コイツと重荷を分かち合ってやる。最大限コイツを助けてやる。それじゃ駄目か?
問いかけは冬風に流されて消える。無論独り言だ。答えはない。
ポケットから何かが滑り落ちる。見覚えのある、白い栞。拾おうとしたら、栞は風に飛ばされて高く舞い上がった。それが見えなくなり、やがて、
「ユキ…」
あの日と同じように。空からひらひらと舞い降りるように。世界を白く塗り変えるように。優しく包みこむように。
――悪いな。
言葉と一緒に白い息が漏れた。
よぉ、そっちも雪か?
何となく、そんなことを思ったりした。


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