望むこの一瞬(涼・キョン長)
のんびりとくつろぐシャミセンの腹を長門が撫でている。その傍らで俺は長門から借りた本を読んでいる。
こんな平和な光景が繰り広げられているのは俺の部屋だ。事情を簡単に説明しよう。
いつぞやの幽霊騒動でシャミセンの体内にウイルス型情報生命体が“保管”されているのはご存知の通りだ。そしてそのウイルスがシャミセンに何らかの変化をもたらしていないかどうかを毎月長門がチェックしてくれており、今日はたまたまその日だったというわけだ。
いわゆる定期検診というやつであるが、その中身はご覧の通り長門がシャミセンと戯れてるようにしか見えない。宇宙の定期検診というのは案外こんなものなのかもしれん。当のシャミセンはこの時間を至福の時にしているらしいし、長門も長門で毎回検診日を楽しみにしているようで、そしてそんな長門の姿を見て俺自身嬉しくないわけがない。
せっかくコイツが読書以外の楽しみを見つけたんだ、いいことじゃないか。何だったら毎日来てくれたっていい。
「………………」
長門に撫でられてよほど気持ちよかったのか、シャミセンがゴロゴロと喉を鳴らす。俺が撫でてもそんなこと一回もなかったんだけどな。急に猫々しくなりやがって、こんにゃろめ。
「………………」
長門は長門で、少し目を細めてシャミセンを見ている。それが何故か、妹と遊んでるときの朝比奈さんの姿と重なる。たぶん慈愛の心ってこういうこというんだろうな。
んなこと考えてたら、少し喉が渇いた。
「長門、何か飲むか?麦茶とかジュースとか」
考えるような間。ややあって、
「何でもいい」
あいよ。まぁ大丈夫か、コイツに好き嫌いがあるとかとか聞いたことないしな。
パック入り麦茶とコップが二つ、ついでに母の居ぬ間に茶菓子を少々拝借して部屋に戻ると、
「………………」
「………………」
長門もシャミセンも寝ている。これには俺も「………………」とならざるを得ない。
シャミセンだけなら分かる。あんなリラックスしてたんだからな。しかし長門よ、まさかお前もか。こっちもこっちでリラックスムードだったことは間違いなさそうだが……。
「………………」
いつぞやの雪山の時とは違う、穏やかで安心しきったような定期的な寝息。そしてその寝顔は元が整ってるだけになかなか魅力的で例えばその色白の肌とか藤色の髪とか柔そうな唇とか――って、イカンイカン。何考えてんだ、変態か俺は。
……しかしまぁ、
こうして見れば、可愛いだけのただの女子高生なんだけどな。
思わずに、そして見ずにはいられなかった。
どうやら知らないうちに寝ていたらしい。
重たい瞼を少しずつ開けると、外は既に夕暮れだった。
「起きた?」
声のするほうに顔を向けると、長門が俺を見下ろして――って?!
「おわぁっ?!」
膝枕されていたと気づくのに時間はさほどかからなかった。そういややけに寝心地がよかったというか柔らかかったというか……じゃねぇだろっ!!
「わ…す、スマン長門――」
「いい」
淡々と答える長門だが、若干残念そうに見えるのは……気のせいだと信じたい。
「有希ちゃーん、ごはんだよー」
ノックなしに入ってきたのはいつの間にか帰ってきていた我が妹だ。
「あー、キョンくんおはよー」
もうじき夜だけどな…って、
「長門もここで食ってくのか?」
「うん、お母さんが食べてってーって」
母よ、アンタもいつの間に帰ってきた。そして俺が寝てる間に長門に会ったんですかそうですか。
あらぬ誤解を招かなければいいが…それより妹よ、今日の夕飯は何ぞや?
「お赤飯!!」
……あらぬ誤解招いてた。
それから何やら無意味に生暖かい視線を感じながら夕食を済ませ、これまた無意味に生暖かい視線を感じながら長門を家まで送ることにした。夜だからということで母からの命令で自転車に二人乗りだ。この母、明らかに誤解してやがる。
「迷惑だった?」
後ろに座る長門が尋ねてきた。ひょっとしていらん心配させてたか。
「何言ってんだ。毎月シャミセンを診てくれてんだ、迷惑なわけないだろ。むしろありがたいくらいさ。…今日はちょっと恥ずかしかったが」
男子の心理としては、女子と一緒にいるときに親に遭遇するときほど気まずく、そして恥ずかしい時間はない。
「まぁお袋も妹も、シャミセンだって歓迎ムードだったし。なんだったら今度普通に遊びに来いよ。みんな喜ぶからさ」
「……あなたは?」
微かに期待しているような、そんな声だった。
本音を言おう。毎回長門がシャミセンと戯れる光景を見るのが、いつの間にか俺の楽しみになっていた。あの穏やかで和ましい時間を、今やかけがえのない日常のように感じている。
「……あぁ、俺もさ。お前を待ってる」
今考えると少しこっ恥ずかしいことを言った気がする。それでもこの時は、
「……そう」
嬉しそうに、俺にだけ分かる微笑を浮かべた長門を見られたので全く気にしていなかった。
それからだ。長門が我が家に通うペースが月1から週2に急増して、家族同然に迎えられるようになったのは。しかし母よ、そろそろ俺たちに無駄に気を使ったり、長門に無意味な宿泊を薦めたりするのはそろそろ自重して頂きたい。俺も大概だが、長門も迷惑して――。
「していない」
………………マジ?
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後書きに変えて
ほのぼのキョンと長門が書きたかったはずなのに…あれー何か微妙な気が(汗)
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