夙川 ビサイド ザ リバー(涼・キョン長)


四月一日。春だ、紛れもない春だ。
あちこちで桜が舞い散る中、ただ暖かいからという理由でぶらぶらと散歩でもしてみようかと何の脈絡もなしに家を出、気付けばここはいつぞや朝比奈さんと二人で歩いた河川敷である。ここの桜並木も盛大に花びらを吹雪かせており、屋台やら花見客でけっこうごったがえしていた。
誰も彼も気分はすっかりハレであり、こんな日には気分に呑まれて素直に楽しんでみるかと考え、そういや近くにたこ焼きでも売ってないかなと辺りを見渡すと、
「お?」
ハレの雰囲気の中で、相変わらずケのような顔をしているヤツを見つけた。無視しようにもできないのは、ソイツがよく見知った存在であるからかな。やれやれ。
「…よぉ」
一人ベンチに座り、いつもの無機質無表情でただ黙々とたこ焼きを口に運んでいたのは、言わずと知れた長門有希である。
「………………」
俺に気づいた長門は、チラリと俺を見、軽く頷いて、またたこ焼きを頬張った。
「…隣、いいか?」
多少言い訳するとだ、こんなことを言ったのは少し歩き疲れたからだ。他意はない…はずだ。
「………………」
返事の代わりにまた一口。まぁ、勝手に座っても…問題ないか。
「よっこらせっ…と」
軽く息をつく。と同時に軽く腹が鳴った。
「………………」
「………………」
流石に長門も手を休めて俺を見た。俺は俺で、明後日の方向を見るしかない。羞恥心でどうにかなってしまいそうだっ!!
「……や、その、な。……あは、あはははは……」
誤魔化そうにも言葉が出ない。こういうとき処世術でも学んどくべきだったかと後悔するのだが、遅すぎるよな、毎回毎回。
「………………」
すると長門は何も言わず、自分の食べていたたこ焼きを箱ごと差し出していた。まだ三つ入ってる。いい……のか?
「いい」
本日はじめての会話。続けて、
「まだあるから」
ベンチの下から長門が取り出したのは、袋に入ったたこ焼きの箱だった。十…いや、十五はあるか?
…あぁ、なら大丈夫、か……。
「んじゃ…いただきます」
適当に一つ選んで口に運ぶ。カラッと焼かれた衣の中に、ソースと絡まってほどよく熱い中身がタコの風味と一緒に口いっぱいに広がる。うん、美味い。続けて一つ。で、もう一つ。……あ。
「しまったぁ…」
無心で食べてたら、あっという間に完食である。もうちょっとじっくり味わうとか、少しは食い方を工夫するんだったぜ。
「………………」
と、横から三箱ほど追加でたこ焼きを差し出された。……長門?
「問題ない」
言いつつ長門は、手を休めずにたこ焼きを口に運ぶ。ならいいんだろうけど…さ、
「何か返すよ、毎度悪いしさ」
その通りである。長門には出会って間もない頃から借りを作り過ぎている。とりあえず今までで何度命を救われたっけ?まぁそんな訳で、そろそろ借りを返済しないといけない頃合いだよなと思い至った俺は、深く考えずにそんなことを言った。
「………………」
答えずに無言でパクパクたこ焼きを食す長門だったが、やがて、
「別にいい」
まぁそう答えるよな。予想はしてたさ。
「いや、そうは言うけどさ、いつも助けられてばっかしじゃ申し訳ねぇだろ?だからさ…」
とりあえず粘ってみる。なんてったって長門に借りを返せる数少ない機会だし。
「………………………………」
いつもより長い沈黙に、やっぱり断られるかなと思っていたのだが、
「それでは、一つだけ」
なんとぉー?!
嬉しい誤算に俺は唖然としつつ、少し身を正す。長門のためなら何でもやるさ、俺に出来る範囲ならな。
「わたしに、」
さぁ、何が来る?カレー一年分か、図書館巡りか。

「恋をさせてほしい」

「……はっ…はぁ?!」
予想を遥かに越えて金星までぶっとんだようなその答えに、俺は思わず叫んでいた。何の冗談だ、コレは。
「………………」
当の長門は冗談のかけらも感じさせない表情で俺を見ていた。い、いや、しかしだな……冗談?
あ。
「え…エイプリルフールっ!!」
苦し紛れに放った宣言に、長門は無感情な目を少し見開いた。
「………………て、長門、エイプリルフールは…分かるか?」
長門は無言でゆっくり頷く。
………………。
気まずい沈黙。
「……つまりまぁ、そういうことだ。スマン」
いや、正直ホントに長門には悪いことをしたと思ってる。思ってるのだが、こればかりはどうしようもない。ハルヒに知られたら世界が終わるし――
「………………」
隣から怒りのプレッシャーが伝わってきた。当たり前だわな。自業自得この上ない。
「ス、スマン長門、今度――」

横を向いた瞬間、目の前に長門の顔があった。そして、

唇にかつて感じたことのある感触。

頭が真っ白になった。


やがて重ねた唇を離した長門は、
「ソースがついてた」
それきりそっぽを向いた。察するに、怒りが完全に収まっているわけではないらしい。そりゃそうだよな…うん。
本当に口にソースがついてたかどうかは別として、

――馬鹿だな、俺。

そう、馬鹿も馬鹿。四月の大馬鹿野郎である。まだ長門に罵倒の一つでもされた方がマシだった。今更後悔しても遅すぎるが。
長門の代わりとでもいうように急に強風が吹いて、もろに桜吹雪を顔面に食らった俺はむせて咳き込んだ。甘んじて受けよう。



********************

後書きに変えて

書いててこのキョン今すぐ殺してぇ……と思ってしまった自分がいます(爆)
そんなキョンでも、長門さんは好きでいてくれるのですよ…そろそろキョンが長門に尽くす話を書くか←

- 8 -


[*前] | [次#]




目次へ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -