第三章 上


長門の自宅に戻った俺は、一人悶々としていた。
「………………」
時刻はまだ午後六時過ぎ。夕飯には少し早すぎる。宿題?初めからやる気がない。なら、普通の高校生がこの時間帯に行うであろう行為とは一体何だろうか。
「入浴」
お見事だ長門。本来なら賞金を差し上げるところだが、生憎今の俺にそんな余裕はない。
そう、入浴。
今回の事態の中で恐らく、いや確実に最も攻略し難い課題だ。何故と言うか。なら教えてやろう。

「この身体で風呂なんか入れるかっっ!!!」

忘れてはならない。俺は現在、長門の姿で生活しているのだ。そして仮にこの姿で風呂に入った暁には………………。
頭に血が上って俺はその場で呻きながら悶絶する。着替えることだけでいっぱいいっぱいだったのにこの上風呂だとっ?!
無理、無理だ。絶対に。これで入れたらどんな変態だ。
そんな感じで今すぐにでも昇天してしまいそうな様子の俺と対照的に、
「………………」
……何故コイツは平然と茶を啜れるのかね。
俺の姿をした長門は、普段の如くエモーショナレスに構えている。
その瞳を見るに、何故俺が苦悩しているのか疑問を抱いているようだ。理解はできる。長門は最近こそ怒りや悲しみを表現するようになったが、まだ完全に感情を理解できているようには見えない。俺のこの避けられぬ運命に対する、理性による非力な反抗に理解を示せというのは、確かに無理難題な話ではある。
ならば、この苦悩を共に分かち合うべきではないか。なんていったって、コイツも当事者なのだし。
……さて、
「あー、えーと、その……」
誰が朝比奈さんの物まねをしろと言った。腹をくくれ、ええい儘よ。
「…なぁ長門。非常に聞きにくいんだが、その…風呂、とかはどうするんだ」
「肉体の状態は、わたしの情報操作能力で常に清潔な状態に保つことが可能。本来、入浴の必要はない」

………………。

こうして、俺の理性の苦難の戦いは、僅か10秒足らずであっけない結末をもって幕を閉じることとなった。その後の長門の話によれば、トイレも同様らしい。
……何だったんだ、これまでのことは。
半ば放心状態となった俺を見つめていた長門は、しばらくすると立ち上がって、「夕食の用意をする」と言って台所へと入っていった。
しばらくして、ガサガサと何かを漁る音が聞こえてきた。何となくだが予感がしてフラフラな身体に鞭を打って様子を見に行くと、
「……やっぱりな」
条件反射でやれやれと溜息が出る。
今まさに、長門はレトルトカレーの封を開けようとしていた。
「まさかとは思うが、毎日そんなんばっか食ってるわけじゃないよな?」
今まで疑問に思っていたことを聞いてみる。長門家の食卓といったら、コンビニ弁当やレトルトカレーぐらいしか思い当たる節がない。
長門は少し躊躇するように目を伏せ、そして小さく答えた。
「……わりと」
予想通りだ。大方、空腹が満たされりゃ何でもいいって考えだろう。年頃の娘なら栄養バランスを考えろ。
日常のことは必要最低限のことで十分。これが長門の性格なのか仕様なのかは分からんが――――――。

ふと、今日一日の出来事を思い返す。
誰とも関わることなく、たった一人の空間に篭るような毎日。必要最低限の日常生活。
俺は一つの仮説を立てた。
長門の本来の任務は、確かハルヒの観察及び保護のはずだ。コイツはひょっとして、目的遂行のために不必要なものは切り捨てるよう設定されたのかもしれない。そしてそれが、あの何者をも寄せ付けぬ異常なほどの能力の代償なのだとしたら……。
やり場のない怒りが沸々とこみ上げてきたが、ある考えが浮かんだので、すぐに収めた。たまにはハルヒを見習ってみるとしよう。思い立ったが吉日、である。
「なぁ長門。買い物に出かけないか?」
情報統合思念体サマよぉ、もしお前らがその気なら、こっちにだって考えがあるんだぜ?


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