第二章 下


「有希っ!今の顔をもう一度してみてっ!!」

長門の姿をした俺がどんな表情をしていたのかは分からなかったのだが、どうやらハルヒの眼鏡に適う代物だったらしい。それはいいとして、いきなり表情を再現しろと言われても無理がある。第一、どんな表情か分からんのだ。
「あのぅ、長門さん、どんな顔をしてたんですか?」
朝比奈さんの間違いなく無意識的なその質問は、藁をも掴まんとする今の俺にとっては実にありがたい助け舟だった。
「どんなって、もうすっごくカワイイ顔してたわよ!」
………………。
素で長門の如く沈黙した。アバウトすぎる上にそんなのお前のさじ加減じゃねぇか。朝比奈さん、後生ですからそこで納得せずにハルヒに質問を求めてください。
今度こそ溺れかけた俺を救ったのは、
「アルカイック・スマイル」
淡々とした、俺の声だった。
「なるほど、古拙な微笑ですか。今の長門さんの表情を表すのに、正に的確な言葉ですね」
古泉が賛同する。てか、お前も見てたのならフォローくらい入れろよ。
「へーぇ、キョンにしては珍しくいい表現じゃないの」
ハルヒが俺を褒めるという珍しい光景を見た。…といっても、褒められたのは俺ではなく長門なのだが。
「さぁ有希っ!」
再びハルヒが俺に向き直る。これは再現しなければ決して帰れないパターンなわけだが、断言しよう、無理だ。飛鳥の仏像みたいな、あんな微細な表情は意識的には作れない。
どうしたものかと固まっていると、
「参りましたね、僕の負けです」
不意に古泉が両手を挙げ、長門が席を立つ。そして再び救助船が来た。
「もう下校時間、…だ。早急に帰宅することを推奨する」
確かに気づけば外は薄暗くなっていた。まさかそんなに寝ていたとは…いや、それよりもまず、俺(実態は長門だが)の発言をハルヒが聞くわけが……。
「そうね。そういえばハカセくんの勉強に付き合う約束してたのよね。すっかり忘れてたわ」
……今度長門に本でも買ってやろう。
半ば驚愕しながらそんなことを考えていると、ハルヒはいそいそと帰宅準備を済ませ、「じゃあ、今日はこれで解散っ!」と宣言するや否や世界記録保持者顔負けのダッシュで部室を出て行った。
足音が遠くに消え去ったことを確認して、俺たちは一斉に溜息をついた――長門以外全員。
「やれやれ。一時はどうなることかと思ったぜ…すまない、長門」と、俺
「問題ない。事態は想定内」長門が返す。俺から見たら想定外な出来事ばかりだったがな。
「何はともあれ、涼宮さんには気づかれていないようですね。とりあえずは一安心です」これは古泉。また一つ、団長様に知られてはいけないことが本格的に増えちまったわけだ。
「あのぅ…、これからどうするんですか?」こっちは朝比奈さんだ。ああ、小首を傾げる姿が何とも愛らしい。
「しばらく涼宮ハルヒの様子を観察し、彼女の意識の変化を待つ。今回の事態は涼宮ハルヒの意思による改変の結果。再修正は容易だけれど、待つしかない」
「ちょっと待て」
長門の言葉に、今まで失念していたある疑問が浮かんだ。もし、もしも、
「ハルヒがこのままでいいと思っちまったら、どうなるんだ?」
「選択肢は二つ。一つは、リスクは高いが、涼宮ハルヒの意識に働きかけて事態を強制終了させること。もう一つは、現状維持」
つまり、最悪の場合ずっとこのままってことか?
「そう」
長門の言葉に、部室は沈黙に包まれた。
「できるだけ早く事態を解決したほうがいいでしょう。いつまでもこのままでは、今後の我々の活動にも支障をきたします」
古泉の言う通りだ。今この状況を把握しているのは俺たち4人だけ。このまま行けば、周囲の人間が気づくはずだ。俺も正直、長くは隠し通せる自信がない。というか、心身ともに保たん。
「で、でもあの、あたしたちはどうすればいいんですかぁ?」
「僕たちは今後、涼宮さんがそれと気づかないように、事態を修正する方向へうまく誘導することにしましょう。少し時間がかかるかもしれませんが、全力を尽くします」
今のところ、頼みの綱は古泉と朝比奈さんしかいない。この二人に、俺と長門の今後がかかっているのだ。それにしてもハルヒのアホめ、いつまでも俺たちを引きずり回してくれやがる。
二人に頭を下げ、本日は解散と相なったわけだが――――――。


「そういえば、長門さんはキョン君の家に帰るんですか?」

下校中のこの朝比奈さんの無意識発言で、俺は重大な事実を完全に失念していたことに気づいた。


――――――俺の一日は、まだまだ終わらないようだ。


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