第二章 上


…一日がこんなにも長いと感じた日はなかった。
長門の情報操作のおかげで授業中に教師に指されることはなかったが、休み時間でさえ誰も接触してくることはなかった。
俺が応援席を間違えて真っ赤な集団のど真ん中に一人取り残された某サッカーチームのサポーターのような気分をひたすら味わっていた間、俺の姿をした長門がハルヒにシャーペンで小突かれてたり、谷口や国木田とつるんで弁当を食したりと、普段の俺の役割を(恐らく)こなしていたであろう姿を想像すると、改めて普段の日常のありがたみを思い知らされる。と同時に、長門がこんな寂しく、空虚な学校生活を日々過ごしているのかと思うと、何とも言えない虚しさを感じた。


終業のチャイムの後、俺は真っ直ぐ文芸部室に向かった。条件反射でドアをノックしようとして、そういや長門が文芸部部長だったことを思い出し、鞄から鍵を探し出してドアを開けると―――

誰もいない、閑散とした光景が広がる。

思えば部室に一番に到着するなんて滅多にないな。大体俺が来るころには、長門は窓際で本を読んでるし、メイド姿の朝比奈さんはお茶を用意して待ってくださるし、古泉は一人で将棋やらオセロやらを楽しんでるし。
長門を見習い、俺は窓際の席に座る。暖かく、穏やかな春の陽が差し込める。なんとも心地よい瞬間だった。
アイツもそう感じることがあるのだろうかとぼんやりと考えていると、今まで堪えていた睡魔が大挙して押し寄せてきた。
今なら、別に悪くないはずだ。俺はおとなしく睡魔に呑まれることにし、視界をフェードアウトさせた。


誰かがヒソヒソと話す声で意識が復活した。目を開けると、――――――。
…どうリアクションをすればいいのやら。
目の前でハルヒが間抜け面をしていた。……というか、顔が異常に近い。
「おや、起こしてしまったみたいですね」
声のする方に顔を向けると、古泉の野郎は俺(の姿をした長門)と詰め将棋をしていた。古泉よ、こっちはいいから対局に集中しろ。飛車取られてるぞ。
「ち…ちょっとキョン!有希が起きちゃったじゃないのっ!だから言ったじゃない、もっと静かにしなさいって!」
ハルヒ、俺に当たるのは筋違いだ。ソイツは長門であって俺ではないからな。長門が騒がしくするとは思えんし、そもそも俺の聞いたヒソヒソ声は、よくよく考えてみればお前の声じゃねぇか。
「………………」
もちろん長門は無反応である。せめて一言返せとは思うが。
ぶつぶつ言いながら団長席に戻ったハルヒと入れ替わったのは、我らがエンジェル朝比奈さんである。もちろん今日も麗しいメイド姿である。
「お茶です…あの、キョン君、ですよね?」
この時俺は初めて長門の姿で良かったと思った。ああ、お顔が近うございます。
「信じられないかもですが、間違いなく俺です」
何とか無表情を保って小声で返す。
「はわぁ…古泉君から聞いてたんだけど、ホントに長門さんになっちゃったんですね…」
戸惑ったような驚いたような不思議な表情を作り出す朝比奈さんに、俺はただ苦笑いするほかはなかった。そんな俺に朝比奈さんはふふっと笑いかけると、
「キョン君の寝顔、かわいかったですよ」
そう言って古泉と長門の席に向かった。おかわりのお茶でも注ぎに行ったのか。ところで朝比奈さん、寝顔の件はむしろ、顔立ちの整った長門を褒めてやるべきではないでしょうか。
何とも複雑な気分になったが、特製のお茶を飲むとそんな思いも吹き飛んだ。ああ、正に至福の時。
…なんて事を考えていたら、ハルヒが目を輝かせて迫ってきた。なんだなんだ。

「有希っ!今の顔をもう一度してみてっ!!」


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